第8話 わたしの質量





「未来さん、もし人生に質量があったとしたら、一体どれくらいになると思いますか」

「人生、ですか」

 何だったか、これも思い出せないけれど、人生をお金にするっていうのも、何かクラスメイトか誰か話してたっけ。ま、私の人生なんて、特に何もなかったしな。よくても、百万? ぐらいでしょ。重さだと・・・どうなのかな。

「ちなみに、魂の重さって知っていますか」

「え、魂に重さなんてあるんですか」

「ええ、そうですよ。人間でも実験された方が実際にいましてね」

 意外すぎる。そもそも魂って物質だったことにも驚きだし、その上重さまで・・・。どれぐらいだろう。体重ぐらい? あ、でも何か体重だと重いかな。体の6、7割が水分で、体脂肪が・・・・って、そもそもこういう考え方が違うか。ええと、だいたいじゃあ、100キロとか?

「未來さんはそんなに体重あるんですか?」

 いやいやいや、あるわけないし! いくら最近お腹周りとか二の腕やばいって言っても、そんなにはさすがにない。大丈夫。

「じゃあ、まあ、7キロとかかな。10キロだと重いし、5キロだと軽い気がするし」

 10キロのお米は重いけど、全然筋肉ない私でも5キロなら持てるしね。

「21g」

 ———また、反射的に聞き返してしまった。

「キログラムでいうと、わずか約0,021キロ。それが魂の重さです」

「———そんなに軽いんですか?」

「軽いか、どうかは人それぞれですが———人間の命という質量は、21グラムほどの重量しかありませんよ」

 二十一グラムって、服とかよりも軽い。もしかしたら、私の体毛全部剃り落としたら、それぐらいになるかもしれない。驚いたというよりも、悲哀とかそういった言葉の方が適切なのかもしれない。何というか、切なさやそういった感情に近かったのだ。

 確かに、私の人生は思い出してみても、大したことが浮かんでこない。それでも、そんなスマホよりも軽かったなんて・・・・。

「驚きました?」

 言葉がない。上っ面の返事を口元から返す。目の多くの方が熱くなってきた気がした。涙はもう出やしないはずなのに。

「落ち込まなくても結構ですよ」

 ———落ち込んでる———落ち込んでいるのか、私は・・・・?

「所詮、人間なんてそんなものです」

「そうなんですかね」

「変わらないですよ。いつも」

 変わらない。確かにそうだ。どんなに願ってもアイドルにもなれないし、お金持ちにもなれない。私なんかが頑張ったって、マライアキャリーにはなれないし、マリリンモンローにも、オードリーヘップバーンにもなれない。

「未来さんはいつからコッペパンが好きなんですか?」

 現実から戻された。

「いや、ま、はい。うちはお金がなかったんで、単純にそれしか食べ物がなかっただけです」

「そうですか」

 そこまで聞いておいたのに、反応は淡白そのものだった。釣り堀の淡水魚でも、まだ味は濃いと思う。なんでそこまで聞いておいてそんな薄い反応で居られるのか、その方が不思議だ。

「コッペパンだけだったんですか」

「コッペパンだけだったんです」

「家に、コッペパンしかなかったんですか」

「あ、コッペパンでできた家とかじゃないですよ!?」

「そんな事は分かってます」

 無駄なフォローだった。自分で言っといてなんだが、コッペパンで出来た家ってなんだ。そんな家数日と持たないだろうし、建てるときも大変だろう。イースト菌がどれほど必要なのか。カビだらけで色々辛そうだ。

「ご両親は」

「共働きですよ。ほとんど家にはいなかったですね。やっぱり家計が苦しかったんだと思いますし」

「そうですか。しかし、よく飽きなかったですね」

 いや、飽きてはいる。別に好きじゃないんだから。それでも、味覚とは別次元で、お腹が減るんだ。体からのメッセージにはどうしても逆らえなかっただけだ。

 私には、結構そういうところがある。他の人の空気とか、社会の閉塞感みたいなのはよくわかるし、感じて反発してみたりもするけれど、自分のそうしたメッセージみたいなのには黙って従ってしまう嫌いがあるのだ。

 思えば、そうした私の中のSOS的なものを素直に感じているからこそ、そうした気持ちの割ものを避けようとしていたのかもしれない。

「あの、一つお聞きしてもいいですか」

「なんですか」

「そういえば、閻魔さんって、なんでそんなに人間に詳しいんですか」

「それはですね。私も、元もとは人間だったんですよ。昔の話です」


「病気だったんですか? それとも老衰・・・?」

「私はね、自殺したんです」

 冷たい空気が充満し、芳醇な窒素の、一つ一つその分子が動きを止め他のにも関わらず鋭さを増して突き刺さるような、そんな気がした。




「死にたい」

 そんな言葉を、何度口にしたであろうか。心の奥底の代弁者である唇は、その間に存在する声帯を揺さぶって、在りもしない考えを、言葉にしてしまう。彼は一見なにも考えていないようで見えて実に感情的で合理的だ。恐怖やショックなどがあれば青ざめる。熱ければ腫れ上がる。実に素直だ。だからこそ、言霊という言の葉が存在するのであろう。

 故に、他人が嫌いで仕方がないのだと納得せざるを得なかった。

 何が嫌いだったのか。要因など挙げ出してしまえばきりがない。しかし。、それでもその感情を生成しているのは多分、あの言葉。

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