姫と護衛の鐘の鳴る夜

ゆずりは

姫と護衛の鐘の鳴る夜

 夜11時。

 決まった時間に姫様は寝室に入る。その扉の前、夜の間の護衛を任されて、3ヶ月が経とうとしていた。

 寝室の扉は二重になっている。廊下側の扉、その外での夜から朝まで、一人だけの護衛である。護衛隊の中でも信頼されたものだけの名誉ある役割ともいえた。

「おやすみなさいませ、姫様」

「おやすみなさい」

深くお辞儀をすると、その横を通って姫様が寝室に入っていった。


 夜12時。

 鐘が遠くに聞こえた。

 すると、微かに何かが漏れ聞こえてくる。音の元をたどると、廊下の先ではなく、姫様の寝室の方、後ろからの音であった。

 振り返って扉の取っ手に手をかけた。

(姫様に何か?いや、でも寝室に入るなど…)と逡巡したものの(何かあっては)と廊下側の扉を開けた。

 内側の扉から部屋の中の微かな光が漏れていた。寝室の内側の扉がカーテンを挟み込んでできた光だった。

(開いていたから音が聞こえたのか)と思いながら、やはり聞き間違いではなかった声のような音が少し大きくなって聞こえてくる。

「…………………ッハ…ァ、ア」

「姫様?」

内側の扉をゆっくり開けると、広い部屋にあるベッドから聞こえてくる。

「姫様、失礼致します」

ベッドへ近づいていくと、息の乱れて苦しそうにする姫様であった。

「姫様!」

思わず駆け寄って背中を支えるように起こしても目が閉じたままである。祈るような手を胸の前できつく押さえていた。

(医者を!)

「……………………ダメ、ッア、こ、…い」

(いや…)

ベッドに足をかけ、姫様を自分に寄りかかるようにする。抱きしめるように背中を支えて起こした手で背中を撫でた。

「姫様、大丈夫です。私しかおりません」

自分の肩に身体にかかるはずの姫様の体重は、軽かった。

(この体でどれ程のものを背負っているのか)

「大丈夫です」

 一度大きく息が止まったかと思うと、それまでの息の乱れも声も無くなった。静かに始まった息にホッと胸を撫で下ろした。

(姫様はいつもあぁなのか)

気を失うようにして寝た姫をベットに寝かせる。

 部屋を出て、これまでと変わらずに朝まで扉の前で護衛をしたが、頭の中では姫様の、途切れ途切れの声を思い出していた。

(「…失敗、ダメ、、また、ダメ、怖い、」か)


 朝7時。

 その時間通りに起きた姫様は朝食を取っていた。その側で控えている。

 給仕の者がいなくなったタイミングで声をかけた。

「姫様、恐れながら、昨晩は…」

というと、わざわざ手を止めて振り返った。

「昨晩?何のことかしら?」

そう言った顔を見返してしまった。

(覚えてない?いや、隠しているだけ?)

 その真相を知りたくとも、まじまじと見ることなど滅多になく、むしろ失礼にあたると、視線を外し胸に手をあてたお辞儀で誤魔化した。

「いえ、よく眠ることができたかと、心配になりまして」

(もし、本当に病気などであれば、医者にも、護衛にも報告しなくては)

「きちんと11時には寝室に入ってすぐ寝たわよ?」

小さく笑うように答える声に顔をあげる。

(これは、本当に覚えていない…?)

「失礼致しました。今夜も護衛させて頂きます」

(今夜、確かめよう)

「分かったわ」

そう言うと、姫様は前に向き直って朝食を再開した。


 夜12時。

 廊下の扉で、いつもの鐘の音を聞いた。耳を澄ませも今夜は何も聞こえて来ない。

(昨日はたまたま?)そう思いながらも、廊下の扉を少し開けて耳を澄ませる。昨日程はっきり聞こえないが、何かの音がしている。

 ゆっくり進むと静かに内側の扉に手をかけて、少しだけ開いた。

「……………ッハ、ッ、」

(昨日と同じ…!)

 そのまま勢いよく中に入ると一直線にベッドに近づいた。

「姫様!」

目を閉じたまま、苦しそうにしている。

「姫様、息をして下さい。お願いです」

姫様の身体を抱き起こすと途切れ途切れの声が耳に届いた。

「ごめ、な、さ、…ッ、ダ、め、で…」

「大丈夫です。ゆっくり」

昨日より苦しそうで、ゆっくりと声に出しつつも治まる気配がなく焦ってくる。

(息をどうにかしないと…)

「姫様、申し訳ありません…!」

早口で謝罪を述べたその口で姫の口を塞いだ。

(息を、)

背中に回した手は姫の華奢な背中を撫でる。肩で息をしていた身体から力が抜けたようだった。

 口を離したその距離で、一瞬目が合ったように思った。

「!」

しかし一瞬のことで、昨日と同じように気絶するように静かな寝息に変わった。

(もし、姫様が覚えていて、襲われたと申されたら、それまでだな)

「それなら、きちんと伝えてから。もう二度と会えないなら」

と呟いた声は夜に消え、最後かもしれない朝を迎えた。


 朝7時。

「姫様、おはようございます」

いつも通りの朝食の場所に向かうと既に控えていた、護衛が声をかけてきた。

「…おはよう」

一瞬驚きながらも挨拶を返す。

「いかがされましたか?」

「いえ、何でもないわ」

(何か一瞬、この人の顔が浮かんだようだったけど。背中?)

背中を振り返ろうとしてやめて、席に着いた。いつも通りの朝食。給仕が下がると二人きりになった。

「姫様、今夜もお護り致します」

びっくりして、その声に振り返る。いつも通りなのに。一瞬寂しそうな顔をした気がしたけど、すぐに手を胸に当てたお辞儀で顔が見えなくなった。

「分かったわ」

視線を外して、朝食に戻る。

(どうしてかしら、唇が熱いような?いえ、気のせいね)

口に運んだカップの紅茶を飲んだ。


 その姿を愛おしそうに眺める護衛がいた。

(もう少しだけ、もう少しだけ、お側で護らせて下さい)

 祈るように胸に手を当てて目を閉じた。



 おわり

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