第五章 償いの行方

(1)



 結婚披露宴からずっと、リカルドは心配と不安で落ち着けなかった。

 なんでもないと、何もなかったとメグは言うが、明らかにメグの様子はおかしい。

 いつもぼんやりと考え込んでいるし、何を考えていたのか聞いても決して教えてくれない。


 抱きしめると、体を強張らせる。

 キスをしても、なかなか唇を開いてくれない。

 ベッドの中で抱き寄せると、最初は抵抗される。

 強引に抱いてしまえば、すぐに抵抗はなくなり、いつものように体を任せてくれるのだが。


 目と目が合うのを、恐れているように見えた。

 なんとか穏便な理由を付けて、二人の距離をあけようとしているように思えた。

 強引にメグを抱き寄せれば、あっけなくその距離は消えうせるのだが、メグは距離を作ろうとするのを止めようとはしない。


 半年間の契約結婚の期限まで、あと一ヶ月しかない。

 離婚に向けて、メグが二人の間に距離を作ろうとしているように思えて仕方がなかった。

 このままメグを失ってしまうのではないかと、常にしっかりと捕まえておかないと失ってしまいそうで、リカルドの心は焦燥感で一杯だった。


(出張なんて、やはり出るんじゃなかった)


 予定の会議を終え、リカルドはネクタイを緩めた。


(メグに会いたい)


 ずっと側にいて、じっと彼女の目を見つめ、手を握っていたい。

 それに、朝、家を出たときからずっと、嫌な胸騒ぎがとまらないのだ。


 短い昼休みの後もまた会議だが、午後の会議はリカルドでなくても間に合う内容だった。

 明日の打ち合わせには出なければならないが、朝早くまた出てくればいいのだ。

 強行スケジュールになるが、今日の午後だけでも家に帰ろうと、リカルドは秘書にスケジュール調整を命じた。


 メグに電話を入れようと携帯をとりあげると、呼び出し音が鳴り始めた。

 一瞬、メグからかと心が躍ったが、相手は従兄妹のルドミラだった。


「何のようだ」


 つい適当に電話にでてしまうと、ルドミラは当然のごとく噛み付いてきた。


「ちょっと! なんて言い草よ! 電話がほしいって言ったのは、リカルドの方でしょ! もう切るわよ」

「待った!」


 リカルドは電話を持ち直した。

 すっかり忘れていた。ルドミラとはずっと連絡を取りたいと思っていたのだ。


「待った。悪かった。頼むから切るなよ」

「私も忙しいのよ。一体、何の用?」


 旅行会社を経営するルドミラは、いつも世界中を飛び回っている。

 リカルドは国内でしかつながらない携帯の番号しか知らされていないので、ルドミラが帰国するのを待つしかなかったのだ。


「聞きたいことがある。あの披露宴の時、メグと何を話したんだ」

「あなたの悪口よ」


 くすくす笑いながら答えるルドミラに、リカルドはむっとした。


「冗談はなしだ。真面目に答えてくれ」

「どうしたっていうのよ」

「披露宴以来、メグの様子が変なんだ。理由がわからなくて困っている」

「………」


 電話の向こうで、ルドミラが黙り込んだ。

 リカルドはじりじりしながらも、ルドミラが答えてくれるのを待った。


「変って、どんな風に?」

「避けられている」


 ルドミラがどこか呆れたようなため息をつくのが聞こえた。


「ルドミラ! わけを知っているのなら」

「知らないわよ。でも、あなたが気付かずにまた馬鹿をやってるんじゃないかと思ったの」

「馬鹿だって?」


 思わず声を荒げたリカルドだったが、電話の向こうのルドミラは、負けじと迫力ある声で応じてきた。


「馬鹿よ馬鹿馬鹿! あんたね、メグに夢中で、まるで周囲が見えてないでしょ」

「……どういう意味だ」

「あんたの昔の性悪女達が、メグに嫌がらせしてんの、知ってんの?」


 勿論、知らなかった。

 考えもしなかったことで、リカルドは驚いて硬直した。


「メグはとっても不安そうだったわ。自分もいつか捨てられるんじゃないかって」

「馬鹿な!」

「だから、馬鹿はあんたよ、リカルド。そう思ってるなら、ちゃんとメグには事情を話しておくべきよ」

「事情?」

「あなたが女性不信に陥った理由よ」


 すっと、血の気が下がったのが、自分でもわかった。


「悪いけど、十年前の事をメグに話したわ。それが一番、あなたの旧悪を説明するのにいいと思ったのよ。彼女、とっても驚いていたわ」

「当たり前だ」


 つぶやいて、リカルドは唇を噛んだ。


「え? 何?」

「俺が一度破産したと、教えたのか」

「ええ。ぼろぼろになったって教えちゃったわよ。でも、それだけひどい女にひっかかったって、フォローしといたわ」


 それは全くフォローになってない。

 そうルドミラを怒鳴りたかったが、リカルドは我慢した。

 十年前の誤解を、まだ誰にも説明していないのはリカルド自身だ。

 そして、メグが因縁の女性だということも、親戚には黙っておいた。

 なにもかも隠そうとした、リカルド自身に非があるのだから。


 ルドミラには礼を言って電話を切ると、すぐにメグへと電話をした。

 彼女に何を言えばいいのか、何て説明すればいいのか、まだ何も心の整理がついていないが、とにかくメグの声が聞きたかった。

 だが、メグは留守だった。


「お父上に会いに行かれると言われて、つい先程、出かけられました」

「なんだって?」


 執事の説明に、リカルドは驚きの声を上げた。


「どうしてだ。一人でか?」

「シュタイン伯爵様とご一緒です。心配なさらないようにと、奥様からご伝言です」


 電話を切ると、すぐに秘書へ行く先の変更を告げた。

 ラリーの居場所は、メグの過去を調査させたときに一緒に調べたのでわかっている。

 かなり遠い。明日朝の会議には間に合わないので、それについての対応策をとりながら、リカルドは空港へと向かう車に乗り込んだ。


 腕時計を睨んで、うめき声をあげる。

 リカルドの今いる出張先からの方が、家からよりもラリーには近い。

 もしかしたら、ぎりぎりでメグを捕まえられるかもしれないが、非常に微妙だ。


 メグが十年前の真相を知るのなら、他の誰でもなく、自分が彼女に説明したい。

 嘘を教えたいわけじゃない。言い訳をしたいわけでもない。

 だが、自分がどうしてあんな選択をしてしまったのか、その後、どれほど後悔したのか、まだ誰にも話したことのない本心を彼女に話したかった。


 だが、着陸した空港に、シュタイン伯爵家のジェット機がすでに来ているのを見て、リカルドのわずかな希望は打ち砕かれた。

 ラリーの家に向かいながら、これから待ち受けている修羅場を思い、体中に冷たい汗をかいた。

 自分の旧悪が暴かれる恐怖は勿論のこと、それを知ってメグがどう思うのか。そんなことはわかりきっている。

 メグをとうとう失ってしまうのだと思うと、気が狂いそうだった。


 荒れ果てたラリーの屋敷には、車が一台すでにとまっていた。

 玄関の鍵はかかっておらず、はやる心を抑えられないリカルドは、そのまま屋敷の中に突進した。


 この手の古い屋敷には慣れている。

 リビングと目を付けた扉に突進すると、礼儀など無視をして、扉を開けた。


「メグ」


 ダニエルの腕に抱かれていたメグが、顔を上げる。

 瞳を涙で濡らし、呆然と見上げてくるメグに、リカルドはすべてが遅かったのだと知った。

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