第72話 黒
昼間は王都を歩き回り、夜は宿で酒盛りをして騒ぐ。このような生活をして4日目。隙だらけの筈だが一向に何も起こらない。
「パイセン。もう王都は観光する場所ないっすねー」
もうすっかり馴染みになった不眠の蛙亭の食堂でワインを煽る。王都でワインは高級品らしく、夕食時でもあまり頼んでいる客はいない。
「貴族街に入れればまだ観るところはあるんだがな」
スパイとしてフィロメオの亡命を手引きしたヴァレミア、いやダルマーノの記憶を思い出す。奴は20年近く帝国に潜入していたので、記憶の鮮度は微妙だ。
「貴族街には入れないんすよね?」
「正式にはな」
王都アルスニアも帝都と同じように貴族街とそれ以外に分かれている。一般人が正式に貴族街に入るには誰かしら貴族の紹介が必要だ。
「作戦変更した方がいいんすかねー?」
「今日は夜の王都を散歩してみよう」
「おお!ついに夜の歓楽街へ行ってみようってことですね!!」
「エッ、私ハドウシタライインデスカ?私ガ居ルト気不味クナリマセンカ?ハッ!マサカ、私モ一緒ニ!?」
「ただスラム街を散歩するだけだ。騒ぐな」
「「チェッ」」
何故揃う。
#
ラビオとは別の組織が支配しているスラムを歩いていると、娼館の客引きや得体のしれない売人が何度も声を掛けてきた。手で払うと、悪態をつきながらも直ぐに別の客を見つけて去っていく。夜のスラムとはいえ流石は王都。それなりに人出はある。
「パイセン。さっきの売人が売っていた薬物ってどんなやつでしょうね?」
「さあな。コニーの実よりヤバい薬はないから興味ないな」
ここまで来るとスラムの最奥だ。今日も何もなしか。
「コニーちゃんの実、ラビオに流せば大儲け出来そうですね」
「もうやっている」
「えっ!」
「冗談──」
急に身体が重くなり、地面に膝をつく。見るとコニーも同じように地面に踞っている。何処から仕掛けてきた?
「パイセン!どうしたんですか!?」
「敵……」
駄目だ。身体がまともに動かない。これはなんだ?首、刻印から力が吸い出されるような感覚。
ドゴッ
和久津の身体が飛ばされて壁に打ち付けられた。さっきまで和久津が立っていたところに、黒い何かが蠢いている。
【土生成】【土操作】【念動】【加速】【加重】
「死ね」
弾丸が黒い襲撃者に当たることはなく、スラムの壁が軽く崩れた。いつもよりスキルが弱い。これも──
「イヤッ!」
コニーの身体が黒に覆われる。
「コニーッ」
黒い襲撃者は壁を蹴って闇夜に舞い上がり、姿は直ぐに見えなくなった。
少々悔しいが、ここは黛に任せよう。
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