第46話 闖入者
「ヘリリーナ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「気分が優れないのでしたら、こちらを。胃の働きを良くする薬です」
長い付き合いの女官が私を気遣い、小瓶を渡してきた。これから行われる会食は私が主役なのだ。出席するしかない。
「ありがとう。いただくわ」
明日、私は西大陸へ旅立つ。お父様は床に伏し、後継者争いは激しくなる一方だ。それでも私は西大陸へ行く。
私の夫になるのは西大陸で最も悪名高く、最も力のある男だ。強欲の神様の加護を持ち、大王とまで呼ばれる。逆らう者は全て根絶やしにし、目に付くものは全て奪う。
私は生贄のようなものだ。西の大王を鎮める為の。私が犠牲になれば、この国は仮初の時を稼ぐことが出来る筈だった。
なのに!
2人の皇子は得体の知れない異世界人を重用し、お父様に忠誠を誓っていた貴族達を取り込み、国は真っ二つに割れようとしている。異世界人が持ち込んだ様々な技術に貴族達は目の色を変え、中央大陸に覇を唱えるべく、2人の皇子を盛り立てる。
腹違いの弟、フィロメオが居てくれればと何度思ったことだろう。フィロメオは2人の兄とは違う。まだ幼いけれど聡明で思慮深い。目先の利益に惑わされて舵取りを間違うような子ではない。
ああ。憂鬱な会食が始まる。扉の向こうでは2人の皇子がまた牽制しあっているのだろう。これが家族での最後の食事かもしれないのに。
後ろ向きな私の意思とは関係なく、女官は扉を開けた。
いつまでも俯いていられない。私が主役なのだ。そっと顔を上げて中を見渡すと、驚きの光景が飛び込んできた。
「お父様!!」
もう何ヶ月も寝たきりだったお父様がテーブルについていた。
「どうしたヘリリーナ。そんな大声を出して、はしたないぞ」
「だって!!急にどうなさったんですか?」
「その辺は食事をしながら話そう。席につきなさい」
言われるがままに席につくと、2人の皇子の顔が目についた。2人とも気不味そうな顔をしている。その背後には異世界人の姿もある。護衛のつもりだろうか。
「さて、揃ったようだな」
隣に座る腹違いの妹、フィルミーナの表情は明るい。お父様の隣に座る2人のお母様もだ。
「ヘリリーナの門出を祝う前に皆に報告がある」
お父様の言葉に空気が張り詰める。
「私の命を受け、異世界への旅に出ていたフィロメオが先日戻った」
「そんな馬鹿な!!」
第1皇子、ランハルトが声を上げた。
「父上。出鱈目はよして下さい。フィロメオはアルスター王国へ亡命したと報告した筈です」
第2皇子、ビルハルトは冷静を装いながらもその表情には焦りがみられる。
「フィロメオは亡命なぞしておらん。私の病気を治す手掛かりを得る為に異世界へ行っておっただけだ。その成果が今の私だ」
「くっ」
「しかし……」
「お前達2人が争っている間にフィロメオはしっかりと結果を出した。これで誰が帝位を継ぐのかも決まったというものだ。異世界で成長したフィロメオの姿を見るがいい。フィロメオ!!」
女官が扉を開けると下着姿のひどく太った男がひょこひょこと入ってきた。
「よくぞ戻ってきた!フィロメオ!!」
一体、なんの冗談だろう?いくら成長したといってもまるっきり別人。お父様は何をするつもりなの?
「父上!誰ですか!?この男は」
「馬鹿馬鹿しい。一体何を企んでおられるのです?」
皇子達の言葉に背後の異世界人達が反応し、雰囲気が変わった。
「フィルミーナ、この男は誰だ?」
「私の弟、フィロメオですわ!」
「血を分けた兄弟がこう言っておるのだ。これはフィロメオだ」
太った男は皿をとり、テーブルの料理を物色し始めた。周りのことなんて、まるで目に入ってない様子だ。
皇子達が立ち上がり、それを庇うように異世界人達が前に出た。
「父上は病で気が触れられた」
「残念だが、父上に国を任せることは出来ない。やれ!」
ビルハルトの合図で異世界人が剣を抜いた。そして。
「□□□!!」
太った男が料理を食べ、歓声を上げた。多分"美味い"と言ったのでしょう。
「□□□!□□□!□□□!!」
"美味い!"を連呼しながら男は料理を食べ続ける。2人の皇子も異世界人達もその姿を見て、呆気に取られている。
「オエエエエェ」
急にランハルトが嘔吐して床に倒れ込んだ。太った男はお構いなく食べ続ける。
「オエエエエェ」
ビルハルトが床に沈んだ。
「「オエエエエェ」」
異世界人達も床に沈んだ。
一体、私は何を見ているのだろう。現実味のない時間は太った男がテーブル上の全ての料理を食べ終えるまで続いた。
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