第62話 その女
「播戸!その女はなんだ!」
高セキュリティー区画を抜けて食堂に差し掛かったころ、怒気を含んだ声が播戸の足を止めた。
「ボス。いや、権田。俺はカオスサーガを抜ける。死にたくなければそこをどけ」
その言葉を聞いてみるみる権田の顔が赤く茹で上がっていく。クソ。もう回復しやがったのか権田のやろう。
「今ならまだ許してやる!その女はなんだ?そいつは根岸じゃないのか?」
「しらばっくれるな権田!お前、奈々に手を出そうとしたそうだな!」
熱い!急に播戸の身体が薄く炎に覆われた。そして、突然の名前呼び。こいつはヤバい奴。あっけに取られて権田が黙り込む。
「そもそも根岸がここに忍び込んだのも奈々を奪う為だと考えれば納得できる!」
「播戸!お前は何を言ってるんだ?正気か?」
「播戸、あいつ私のお尻触った」
播戸の纏う炎が一気に膨れ上がった。
「権田。お前の命は今日までだ」
権田の顔が完全に赤く染まった。【金剛】完了。そっと播戸から距離をとる。巻き添えはご免だ。
「何を言っても無駄なようだな。先にお前から殺してやる!」
ドンッ!
踏み込みの音だけが残り、次の瞬間には播戸の身体がくの字に折れ曲がった。やはり権田は移動系のスキルを持っている。
「ぐはぁ」
「くっ」
播戸が蹲ると同時に権田も腕を抑えながら飛び退いた。さっきまで赤かった拳が黒く焼け焦げている。【金剛】でも防げない炎。やはり播戸の加護は厄介だ。だが、権田を倒すにはまだ足りない。
「播戸、あいつ私の胸を触った」
播戸の身体から炎が消えた。
「2回触った」
播戸の纏う空気が変わった。
「正確に言うと、揉まれた」
ボンッ!
播戸を青い炎が包み込んだ。今までとは熱量の桁が違う。まさに覚醒。浅ましい心をもちながら激しい嫉妬によって目覚めた伝説の戦士。
「権田。お前は触れてはならないものに触れてしまった。死すら生ぬるい!」
ドンッ!
速い!先程と同じシーンが演者を入れ替えて再現される。これが覚醒した播戸の力なのか。
「ゲハッ」
青白い炎を纏った拳が【金剛】を突き破る。
「グフッ」
播戸に殴られる度に権田の身体が黒く炭化していく。
「ウゲァ」
不味い。このままでは権田が持たない。
「もうやめて!」
精一杯の声を張り上げると、播戸の動きが止まった。
「これ以上やると、播戸が人殺しになっちゃう」
播戸の纏う炎が消え、権田が崩れ落ちた。まだ辛うじて生きているようだ。
「私は大丈夫だから」
「奈々!」
播戸が駆け寄り、黛の身体を抱きしめた。
「すまなかった!俺がずっとそばにいればこんなことにはならなかったのに」
こいつ、軽く尻を触ってやがる。幸せの絶頂か。セリフと行動のアンマッチが酷い。こんな奴に付き纏われて黛も災難だったな。速やかに退場を願おう。
「奈々、もういいぞ」
「遅い。20回ぐらい殺しそうになった」
播戸が黛の身体を離した。そしてゆっくり振り返ろうと。
「なーいない」
大鎌に刈られた播戸の首はゆっくりゆっくり回転しながら地面に落ちた。最後に播戸が目にしたのはどちらの黛の姿だったのか俺は知らない。
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