第23話 いい

「いいのか?」


「いい」


「後悔するなよ」


「しない」


俺達は日比谷公園から移動して新橋駅近くのホテルにいる。


俺は安いレンタルルームでもよかったが、流石にそこは気を遣った。


じっと俺を見つめたままの黛に触れる。


「んっ」


黛が小さく息を吐いた。俺は集中する。


「いくぞ」


「うん」


「くっ」


身体から力が吸い取られ、視界が低くなる。


「……すごい」


「変わったか?」


「服、着たままなんだね」


「裸になると思ったか?」


「うん」


「着たままの方が良かっただろ?」


俺は黒いワンピースに触れる。


「別に。見られても平気」


「ふん」


俺は姿見の前に立ち、全身を観察する。


黒髪のツインテール、黒のワンピース、華奢な手足。どこからどう見てもこの姿は黛奈々だ。


「声まで変わるのか」


自分の口から出る高い声に妙な気分になる。


「私がいる」


俺を見て黛が言った。本人からのお墨付きも出た。見た目だけなら完璧ということだ。


そう、俺がスキルオーブから得たスキルは【変身】だ。鑑定結果によると、一度触れた生き物に変身出来るスキルだ。


「戻れるの?」


「さあな」


「ダメ。戻って」


俺は元の自分を意識した。


「くっ」


身体から力が抜け、視点が高くなる。いつもの慣れた高さだ。


「よかった」


黛が少し嬉しそうな顔をしている。


自分の身体を見ると、ちゃんと服も戻っている。


「戻っているか?」


「うん。大丈夫」


自分の声が自分の声だ。


「わかっていると思うが、口外するなよ」


エクスプローラー協会の鑑定サービスには守秘義務が課せられる。一部で共有されることはあるかもしれないが、おおっぴらに俺がこのスキルを持っていることが公開されることはない。漏れるとすれば、黛からだ。


「誰にも言わない。そのかわり……」


「なんだ?」


「フレンド登録して」


「容易い」


スマホを取り出して「冒険しよう!」アプリでフレンド登録を済ます。よく見ると黛の瞳に喜色が浮かんでいた。


「死神も笑うのか」


「笑ってない」


嬉しそうにスマホの画面を眺める黛に妙な気分になった。


「せっかくだ。飯に行くか?」


「行く」


黛はさらに瞳を輝かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る