楽園都市わっぷみっぷ

だって、ああ

幸せなら踊ろう。

 徐々に暗転し始める空。皆落ち着かない様子であたりを見渡している。徐々に喧騒に包まれていくこの街は、『商業都市わっぷみっぷ』である。

 今日初めてこの街に来た旅の商人ヨシダは困惑していた。商業都市だと聞いていたが、ヨシダが来た昼頃はゴーストタウンと言われれば納得してしまうほど人っ子一人いなかった。それが一転、日が傾き始めると見計ったようにゾロゾロと中央広場に人が集まり始めた。広場の中心を不自然に避けて。ヨシダは端の方でニヒルな笑みを浮かべて腕を組んでいるモヒカン男を捕まえる。モヒカンの男に話しかけたくはなかったが、自信満々な笑みを見ているとこちらまで自信が湧いてくるようで、彼なら何でも知っているのではと希望的観測を抱いてしまう。

「すみません、そこの方。この集まりは何でしょうか?」

「おや、あんた『わっぷみっぷ』は初めてか?」

「はい、今日初めてこの街に来たんです」

 モヒカン男はニヒルな笑みを浮かべたまま、納得したとばかりに大仰に頷く。

「なるほどな、そういうことか。もうすぐ祭りが始まるんだ」

「祭り、ですか」

「ああ、そうだ。一年に一度の、『どららがむ祭り』だ!」

「どらら...なんて?」

「『どららがむ祭り』だ。これがたまらねんだ」

「一体どんな祭りなんですか?」

「世界平和を願う祭りだ」

「それは具体的に一!?」

 具体的に何をする祭りですか。----そう尋ねようとした瞬間、地が揺れる。

「じ、地震!?」

 動揺するヨシダを嘲笑うように、相変わらずモヒカン男はニヒルな笑みを浮かべている。

「いいや、違うぜ。この揺れはー」

 ----瞬間、一際大きく揺れる。

「「「『どららがむ祭りだ!』」」」

 火山が噴火するような男たちの歓声が響く。町娘達の黄色い声を浴びながら、中央広場の中心から、西洋人風の地蔵が勢いよく飛び出す。七頭身くらいで、優に3mは超えるだろう。

 ヨシダは呆気に取られて、声が出なかった。なんだ、これは。そんなヨシダを見て、感動したと捉えたのか、モヒカン男は共感の意を示すように鼻をすすりながら大仰に頷いた。

「そういえばお前さん、名前は?私の名前はヲンダマラ・ぬ・みとギリだ」

「ああ、私はっー!?」

 名乗り返そうとした瞬間、ヲンダマラは地蔵と目があった。すると、彼の頭が盛大に爆ぜる。血飛沫も上がらぬほどに粉々に。

 何が起きたんだ!?尻餅をついたままさらに呆気に取られていると、ヲンダマラの身体から新しい頭がミョリミョリと音を立てて生え始める。西洋人風の地蔵の頭だった。

 ヲンダマラだったものはニチャァっと糸を引いた笑みを浮かべている。

「今宵の平和大使に、俺が選ばれたァっっらるららるらららっる!!!っあ!!」

 ヲンダマラだったものは歓喜をヘッドバンキングで全身で表現しながら高らかに叫ぶ。あのニヒルな笑みを浮かべていたモヒカン男の面影はない。理解が追いつかず、しかし全身が恐怖で強張ってしまい立ち上がれない。この惨状の中でも、歓声は止むことなく、黄色い声が飛び交っている。

 狂っている。この街は狂っている。ヨシダはこの街に来たことを深く後悔した。

 その時、静観を決め込んでいた地蔵の顔が卑しく縦に裂けた。

 嗤っている。人の笑顔とはかけ離れているが、ヨシダは本能で確信した。今まで味わったことのない身体の芯から震えるような恐怖を、息を忘れるような恐怖を、ヨシダはこれまでの生涯で初めて味わった。

 地蔵はヘソから声を出す。

「今年の平和大使はあまり元気がないな。ぬ。サい、みんなで一緒に踊ろうね。ぇえ!!」

 それは、まるでアザラシの悲鳴の如き声だった。地蔵は、地面に腕を突き刺すと、地中から、ウォーターサーバーを引き抜き、ウォーターサーバーと踊り始めた。すると、人々は感動に咽び泣きながら阿波踊りを始める。ヲンダマラだったものは一人でマイムマイムを踊り、なんとヨシダまで先ほどまでの恐怖が嘘だったかのように気づいたら自然とどちらかというとイカっぽいタコ踊りを始めていた。

「あぁ、なんて素晴らしい祭りなんだ。」

 ヨシダの口から、自然と称賛の声が漏れる。こうして踊っていると、今までの地蔵様に対する恐怖心はしぜんと消え、いっそのこと地蔵様がしっかりとした神仏の類に見えてくる。するとどうだろう、ある種の高揚感が一気に押し寄せ、脳が快楽に犯されていく。

 その時、その場にいた人々の心は確かに一つになっていた。皆が兄弟のようにお互いを愛おしく思えた。あぁ、世界はこんなにも素晴らしいものだったのか。

 その日、わっぷみっぷには確然たる平和があった。

 ヨシダは幸福感に包まれていったが、それと同時に不安も大きくなっていた。この祭りが終わってしまったら、また元の殺伐とした生活に戻ってしまうのだろうか。次第に不安と高揚感がごちゃ混ぜになり、頭がおかしくなってしまいそうだった、その時。地蔵がヘソを動かした。

「今宵はここまでだ。なかなかに楽しかったァ。あ。明日の『戻ろもどろ祭』も期待しておるぞぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ。えぇ!!!!!!!!!」

 先ほどはアザラシの絶叫にしか聞こえなかった声が、今のヨシダには慈愛に満ち満ちた女神のお告げのように聞こえた。

 地蔵はヘソから裂けるように爆散し、橙色の血飛沫をあげる。元の世界に帰ったに違いない。

 すると、ヲンダマラだったものが逆立ちでニヒルな笑みを浮かべながら地蔵が出てきた穴に潜っていく。姿がすっかり見えなくなった頃、歓声を上げていた男達も、黄色い声を上げていた女達も、中央広場にはすでにいなかった。おそらく、祭りが開催されていない時間に平和を見出せなくなって隠れてしまったのだろう。彼らは怖いのだ。恐ろしいのだ。元の日常が。だから、祭りの時間以外は隠れているのだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい....!先ほど、あの慈愛に溢れた地蔵さまはなんと言っただろうか。

「明日の、『戻ろもどろ祭』....!!」

 そう、明日もこの素晴らしい祭りが開催されるのだ。後から知った話だが、祭りの名称が違うだけで、365日毎日同じ内容の祭りが行われるらしい。

 ヨシダは、その場で膝から崩れ落ちた。あまりの歓喜に、咽び泣きながら、だ。初めての経験だった。嬉し泣きなんて。

「住もう、この街に。定住しよう、ここが楽園だ」

 ヨシダにはもはや、この地に定住する以外の選択肢は残されていなかった。あんなくそったれの日常になど戻れない。

 こうして、ヨシダの新しい人生が幕を開けた。生まれ変わったのだ。いや、もしかしたらヨシダは今まで生まれてすらいなかったのかもしれない。

 ヨシダはその日、『わっぷみっぷ』で生を受けた。歓喜の産声が街中にこだました----



 徐々に暗転し始める空。皆落ち着かない様子であたりを見渡している。徐々に喧騒に包まれていくこの街は、『楽園都市わっぷみっぷ』である。

 この街で生を受けてから祭りに参加するだけの10歳児、ヨシダの心は晴々としていて、自信に満ち満ちていた。ついついニヒルな笑みを浮かべてしまう。あれからなぜか部分的にしか髪が生えなくなってしまい、モヒカンのような髪型になってしまったが、ヨシダは祭りに参加さえできればどんな髪型でもよかった。

 昼頃はゴーストタウンと言われれば納得してしまうほど人っ子一人いなかった。それが一転、日が傾き始めると見計ったようにゾロゾロと中央広場に人が集まり始めた。広場の中心を不自然に避けて。ヨシダは端の方でニヒルな笑みを浮かべて腕を組んでいた。すると、見覚えのない男が声をかけてきた。


「すみません、そこの方。この集まりは何でしょうか?」

「おや、あんた『わっぷみっぷ』は初めてか?」

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