Cup of ...

Inertia

第1話 Coffee

 午後3時、ティータイム。俺は街のはずれの閑静かんせいながらも温かみのあるカフェで、一人もの思いにふけっていた。といったって、今日の夕飯の内容を考えたり、窓の外を走る車のナンバーにラマヌジャンよろしく意味をつける程度である。浮き沈みのない日々をだらだらと過ごし、感情の起伏きふくすらも次第に薄れているように感じる。一言で言ってしまえば「退屈」である。コーヒーを啜る。この漆黒しっこくの液体がそばにあるだけで、ちょっとした優越感ゆうえつかんのようなものに浸れた。趣向品しゅこうひんに対してこういった感情をいだくあたり、自分は子供っぽいなと思わないでもないが。この店は俺の通う大学からもそれなりに距離があり、まず知り合いと会うことはない。ましてや誰かを誘うことなど決して。

「……つまんねぇの」

 ため息のようにこぼれる愚痴ぐち。少しぬるくなったコーヒーを飲み干し、少し顔をしかめて、立ち上がり店を後にしようとする。振り返ると、人気ひとけのないカフェの奥の窓側にひっそりと、俺と同じくらいの年齢の女性が、一冊の小説片手にたたずんでいた。なぜ彼女に気を取られたのかはわからないが、俺の目に映るこの光景は、――行った試しはないが――写真展にでも出ていてもおかしくないような、そんな風に感じられた。感動、といったたぐいのものを久しぶりに味わった気がした。

 そこから会計を終えて外に出るまでの記憶は曖昧あいまいだった。ほとぼりが冷めたころにはすでに家路いえじについていた。今までとは少し違うため息が漏れた。

 その日から、その光景が度々たびたび俺の脳裏のうりかすめるようになった。

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