・ホッカイドー土産と子馬の馴致
オニっ子を特訓のためにホッカイドーに呼んでくれたら、ダービーを取れる。だから1週間だけでいいから放牧に出してくれ。
そうタマキさんにお願いしてみたんだが、放牧はダービーの後だとやんわりと断られてしまった。
なんでも夏はG1と呼ばれる重賞が中央に少なく、G1で活躍出来る馬は6月の大レースを終えてから放牧に入るのがこちらの競馬の常だそうだ。
逆に夏は強豪馬が休養に入るので、あえて夏に目標を絞って重賞を狙う馬もいるのだとか。
まあそんなわけで五木賞からダービーまで、約1ヶ月半のゆとりが生まれた。
だったらこの期間を使って、世話になったエナガファームへと恩返しをすることにしよう。俺は日々を馬の育成に傾けた。
ちなみにタマキさんは他の馬にも俺を乗せたがった。
だがそれは、どこかで俺を見ている女神ちゃんに呼び出しを食らうこと確実の案件なので、賞金は欲しかったが止むなく断ることにした。
不敗で五木賞を勝ち取ったジョッキーに、これ以上世間の注目が集まれば、俺はダービーで八百長を強いられることになるからだ。
女神ちゃんには感謝しているが、不正の片棒だけは何が何でも絶対にお断りだった。
俺は騎士だ。騎士は力なき民に代わって武による秩序を築く者だ。俺を育てた男がそう言っていた。
・
「これが、虎クターか……? なんか思ってたのと違うな……」
「だから虎じゃないよって、言ってたじゃん」
その日、俺たちは買い物に出かけた。
牧場の留守番をご近所さんに頼んで、一通りの買い物を済ませた後に、ヤバマ農具店とやらに立ち寄った。
「なんか、怪物みてぇだな……。はっ、これが500万っ?!」
「だってー、新品のー、とーってもいいやつですからー♪」
その妙とか言いようのない鉄の塊は、カマのような刃を無数に持っていた。
本当にこれがマグダ族を救う奇跡のカラクリなのかと首を傾げた。いやそうは見えねぇ、むしろこの刃の数に、狂気と残忍性を感じる……。
「ってことは、中古もあるのか?」
「はい、安いやつならー、これの10分の1くらいで買えちゃいますねー」
「だったらそれでいいだろ。余った金はエナガファームに――」
「嬉しいけどさ、壊れたらどうすんのさ?」
「あ……」
そこはケチったら目も当てられねぇかと、俺は500万エンの頑丈な虎クターをお買い上げした。
他の牧場ではこういった大型機械も珍しくないそうだが、エナガファームは財政難で去年売り払ってしまったそうだ。
「牧場に届いたら、ちょっとだけ使ってもいいですかー?」
「いいけど、何に使うんだ? ああ、牧草地でも整えるのか?」
「いいえー、家庭菜園でも始めようかとー♪」
「ならでっかいの作ろうぜ。虎の使い方も教われて、俺も一石二鳥だ」
「いやそれさ、もう家庭菜園とかじゃなくて、ガチ菜園になってると思うけど……」
俺たちは必要な物を、今回は主にマグダ族救済に必要な物資を買い揃えて、牧場へと戻った。
・
ありったけの軽油と、品種改良されたこちらの世界の牧草に小麦の種。クワやカマ、カガク肥料とやらまで、詳しくない俺のためにシノさんが手配してくれた。
「ハスカップとナメコも持って行こうよっ、ヒダカの名物だし!」
「ナメコだぁ? うちは草原地帯だぞ、草原地帯。んなところで俺たちにナメコ育てさせるつもりか……?」
「あとあとっ、アスパラも育ててよ!」
「お、アスパラか……。ありゃ甘くて美味ぇな。まあアスパラは、悪かねぇか……。理想はハイパードゥライが実る木だけどな……」
「缶は長持ちしますからー、いっぱい持って帰ったらいいですよー♪」
今度女神ちゃんに会ったら、酒はオヤツに入るか聞いておかねーとな。
ところが居間でしばらくゆっくりしていると、タルトの口数が段々と減っていって、すっかり黙り込んでしまった。
「あ、今日は厩舎の掃除がまだだったわー。晩御飯の仕込みもしないとー」
「おつかれさん。無理しねぇで、やっぱ人雇った方がいいんじゃね―か?」
「ふふふー、考えておきますねー」
そろそろ話題が尽きた頃だった。シノさんはテーブルから立ち上がって、パタパタとまだまだ若々しい足取りで外へと駆けていった。
俺が元の世界に帰るまで、従業員を新たに雇う気にはなれないと以前言っていた。
考えておく。というのはシノさんが話のはぐらかす時の常套句だ。
「ねぇ、バーニィ兄ぃ……」
「おう、どうした?」
俺もそろそろ仕事に戻るか。
ここまでしてくれた恩に酬いるためにも、出来るだけ多くのものを残してから帰りたい。子馬と放牧馬をもっと育成しよう。
「本当に、帰っちゃうの……?」
「ああ、帰る。オニっ子とタマキさんに、ダービー制覇をくれてやってからな。うちの子馬たちの活躍を見れねぇのが、残念でならねぇけどな……」
「バーニィ兄ぃと一緒に行きたいな……」
「俺の世界にか? んなのシノさんが悲しむだろ。それに獣医の夢はどうした?」
「だって、色々申し訳ないもん……。私、義理の妹だから……」
それはその赤い髪の色からして疑うまでもないことだ。
「だからどうした、俺だって騎士リトーに育てられた養子だぜ」
「え、そうなの……?」
「そうだ。俺はガキの頃に騎士リトーに気に入られてな、ただの大工のせがれから、騎士のご子息になったんだよ」
「へー……バーニィ兄ぃにも、ちっちゃい頃があったんだ……」
「あるに決まってんだろ、こんなおっさんの姿で生まれてきたら、カーチャンがショック死するわ」
「ぷっ、なにそれ……。もう、変な想像させないでよ……っ」
「とにかくな、逃げ出したくなる気持ちはわかるが、シノさんはお前のことを迷惑なんて思っちゃいねぇ。帰らなきゃいけない俺の代わりに、シノさんを守ってやってくれ」
「うん……。ありがと、バーニィ兄ぃ……。ぁ……っ?!」
こういうのは俺のやり方じゃねぇんだが、シノさんならきっとこうするだろう。
俺はイスから立ち上がると、背中の後ろからタルトを軽く抱き締めた。
「ま、受験も牧場経営も、何もかも失敗してにっちもさっちもいかなくなったら、そんときはシノさんと一緒にマグダ族の定住地にこい。……便所が開放的で笑えるぜ」
「えっ……? それって、まさかトイレとかないのっ!?」
「草原に水洗便所なんてあるわけねーだろ。掘って埋めるんだよ」
「うっ……。あたし、もう少しこっちの世界で、がんばる……」
「そうしとけ」
元気に立ち上がったタルトの尻を叩いて、俺は子馬たちの馴致を再開した。
良いタイムを出せれば競り市でも高値が付く。それは良い馬主に買われて、良い調教師と騎手が付くってことだ。
俺は日々を子馬と放牧馬の育成に費やして、将来へと続く置き土産を仕込んでいった。
俺がこの世界から去っても、俺が育てた馬たちが残る。
それがきっと、シノさんやタルト、タマキさんを励ましてくれるはずだ。
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ダービーまでの馴致結果
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牧場の子馬(平均値)
賢さ B→A+
スピードD→B
スタミナC→C+
軍馬適正× → ◎
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うちの牧場から旅立つ子馬は、どの子も重賞級の素質を持っている。
セールを待たずして、タマキさんの紹介により1頭をのぞく全ての1歳馬に買い手が付いた。
今年生まれた当歳馬の売れ行きも好調だ。経営難で首の皮一枚まで追い込まれていたエナガファームは、安定軌道までのし上がっていた。
これならば俺も安心して元の世界に帰れる。
いや、1頭だけまだ売れ残ってる少しどんくさいのがいるが……コイツは成長の遅い晩成型なだけで、セールに出せば売り手がつくだろう。
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