・遺言書から始まる新しい人生

 集まった一族はたった30名ほどだった。

 以前はこの倍いたが、食っていけないのでみんな出て行ってしまったそうだ。


 長い長い遺言書が読み分けられて、その内容に従って形見の品がそれぞれに譲られてゆくのを俺は見守った。

 けどすまん、バド。やっぱ出席するんじゃなかったわ……。


 こんな時にばかり出てくるあくびをかみ殺しながら、『ああでもそうもいかないよなぁ……』と、涙ぐむツィーとラトの背中を撫でて慰めた。

 2人はよくがんばった。ようやく遺言書が最後の一枚となり、それをラトが開く。


「ぇっ……」


 ところがそこに何が書かれていたのやら、ラトが固まってしまった。

 これまでの遺言には、族長を指名するような描写はどこにもなかった。


「何やってるの! ラトが読まないならうちが読むからっ、貸して!」

「う、うん……」


 姉に逆らえない弟は、気持ち小さくなって長男の権利を譲った。

 いやいや、ところがだ。書面を開くと、ツィーまで固まって動かなくなった。


「ん、なんだ、お前ら……?」


 続いてその双子の目が同時にこちらへと向けられた。

 もしや俺に関係する内容が記されていたのだろうか。

 気の強いツィーまでラトと同じ純粋な瞳で、ただただ部外者の俺を見つめている。


「おい、なんとか言えよ? なんだよ、その沈黙はよ、何が書かれてたんだよ……?」


 双子は互いに身を寄せ合って、コソコソと内緒話を交わすとまた飽きもせずにこちらを見る。

 かと思えば目線を遺言書に落として、息を揃えて文面を読み上げた。


「次期族長は長子ラトとする。ただし、今は一族存亡の窮地。より指導者に相応しいカリスマを持った存在、例えるならば我が友バーニィ・リトーのような男が現れた場合、その者に族長の座を譲るように」


 その思わぬ言葉に、俺は背筋がゾクリと震えていた……。

 だってそうだろ。会えずじまいで亡くなってしまった親友が、自分の名を手紙に残してくれたんだ。これに衝撃を受けねぇはずがねぇだろ……。


「バーニィ・リトーのような男ならば、この未曽有の危機から、我々を必ずや救ってくれるだろう」


 運命も感じた。たまたま騎士団を追放された俺が、この遺言書が開かれる現場に立つことになった。

 バドがどこかで俺を見ているなら、まだ若い子供たちのために、マグダ族のために俺が立つことを期待するだろう。


「あ、えっと……」

「スケベなのが、玉に傷だが……。って最後に締めてあるよ」


 その一言は族長の死に悲しみくれていたマグダ族に、大きな笑いを生んだ。

 笑いっていうか、失笑に近いそれだが、笑いは笑いだ……。


「あの野郎、スケベは余計だろ……」


 おい、バド。自分が公開処刑されたからって、俺までさらし上げる必要ねーだろが……。


「うちの尻触ったくせに」

「そりゃ違う。ラトと間違えたんだよ……」

「ぇ……っ!?」


「ウゲェェ……バーニィってそういう趣味だったのっ?」

「そ、そうなの、バーニィさん……?」

「ちょ、お前ら何勘違いしてんだよっ!? 女の尻の方がいいに決まってんだろっ、こりゃ言葉のあやだってのっ!」


「ふーん……。どーだか……」

「どうだかこうだかもねーよっ!? 神に誓ったっていいぞっ、俺は男の尻よりっ、女の尻の方が好きだってなぁっ!」

「あの……そんなの誓われても、天国の神様も困るんじゃ……」


 そうだが誓わせてくれ、神よ。

 この誤解はいかんともしがたい。スケベなのはまあ認める。尻だって触るに決まってるだろ、そこに良い尻があれば。ただしそれは良い女の尻だ!


「はははは……。バーニィ、あんた、若い頃からちっとも変わらないなぁ……」

「もうちょっと早くきてくれたら、バトと会えたのになぁ……」

「スケベ野郎は一生もんだな。俺なんてソッチのアレが落ち着いてきちまったのによ」


 若い女性には不評だった。

 だが男たちを中心とした大らかな連中は、俺のブレないスケベ心をおかしそうに笑っていた。


「お前らひでーぞ……」

「なあ、バーニィ、族長やってみないか?」


 男の1人が穏やかに微笑みながら、バカなことを言った。

 ところが他の連中はそれを否定しない。誰もが俺を見つめて、それも悪くないみたいな顔をしていた。


「いや、血族じゃねー俺が長っておかしいだろ」

「ああ、それじゃぁ……ラトでも娶っとけ」

「ぇ……っ」


「男じゃねーかよっ!!」

「だってツィーよか、ラトの方がバーニィさんのこと好いてるしなぁ……」


 恥ずかしそうにうつむくラトを一瞥して、すぐにそらした。

 お前さん、なんでそこで恥じらうんだ……?

 ツィーの方に振り返ると、嫌だと舌を出されてしまった。


「半年だけでもお願いできないかしら……? だってアタシたち、また騎士団の連中に襲われるかと思うと、もう不安で……」

「ま、こんなのでも一応、父さんが言うには騎士団最強の男らしいしね」


 ツィーがひねくれた言い方で付け加えると、彼らの期待の眼差しがさらに熱くなった。

 このやり取りを死んだバドがどこかで見ているかもしれねぇ。そうなるとこりゃ、無下には出来ねぇ。


「お願いします、バーニィさん……。ボクたち、バーニィさんがいないと、このままあいつらに……この草原を全部、奪い取られてしまいます……」

「んな顔すんなよ、ラト。ついでにツィーもな」


 双子の頭をポンポンと叩いて、俺はバドの墓に軽く祈った。

 思わぬことになったが、ここで逃げたら俺はアイツの友じゃねぇ。友達のふりをしていただけの、調子のいい他人様だ。


「いいぜ、俺はラトが立派に成長するまでの代役だ。それでいいなら、それまでマグダ族の族長となろう。今日から俺は自由騎士あらため、族長騎士のバーニィってとこだな」

「良いのっ!? ああっ、バーニィッ、ありがとっ! うちバーニィのこと信じてたよっ!」


 さっきあれだけひねくれた言い方をしたくせに、ツィーは現金にも喜びに飛び上がった。


「よかった……。これからはずっと、ずっとボクたち一緒ですね、バーニィさん……」

「おうっ、俺にドーンと任せとけ! 俺が帰ってきたからには、この草原を余所者の好きにはさせねぇ!」


 ま、悪かない再就職先だ。

 高慢な貴族に顎で使われる馬飼いや、戦争で金稼ぎする傭兵になるよか、よっぽどいい人生だ。


 俺を騎士にしてくれた義父も、この道ならばきっと許してくれるだろう。

 今日から俺はマグダ族の騎士バーニィ・リトーだ。亡き友に代わってこの一族を守ってみせよう。


 どこかで見ている親友のために、俺は鎧に覆われた胸を叩いて人々の尊敬する立派な騎士様を演じた。

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