第43話 残された者、残した者

「まだ一つだけ、可能性が残っているわ」


 ただし、と続けて。


「かなり危険な賭けになるけれどね」


 弥生は努めて冷静に言い放ったが、少々の声の震えは禁じ得ないようだった。


 その後ろでゴーレムがゆっくりと動いている。重さゆえか、片膝立ちから直立に戻るには時間がかかるらしい。


「それでいこう」


 海斗は内容も聞かずに、すぐ返答した。


「えっ?」


 弥生は目を丸くする。危険な賭け、しかも説明も聞かずに承諾するなんて、信じられないといった様子だ。


「私もそれがいいと思います」


 睦美も賛同。


 なんで、と弥生が言う前に、海斗が口を開く。


「俺は弥生を信頼してる。だから、弥生が最適だと思った方法に異議はない。睦美さんもそうだろ?」


「はいっ! まさにその通りですっ」


 弥生は胸を突かれたように、感慨深げな表情をする。


 その向こうには、体勢を立て直しつつあるゴーレムの姿。まずい、もう時間がない。


「だから、指示をくれ。どうしたらいい?」


「……分かったわ」


 そう言って、2人に向かって指示を出す。


「とりあえず……そうね。30秒よ。30秒時間をくれたらなんとかするわ」


 つまり時間を稼ぐのが俺たちの役割ってことか。


「だけど、ポイントは殆ど使わないことを覚悟して。……いえ、『使えない』の方が正しいわね」


 その真意は分からないが、ポイントを使わずに30秒もこの怪物を足止めするのは、なかなか難易度が高そうだ。でも、やるしかない。


「分かった、やってみる」


 海斗は睦美と顔を見合わせ、ゴーレムのもとへ向かった。


 それを確認して、弥生はある作業を進める。


「……とは言っても、武器無しでどうすればいいんだ」


 走り出してから、海斗はそう呟く。


 とりあえず、最低限の武器はないと、数秒も持たない。


《ウィン》


 画面を開いて、錘の購入を試みる。……すると。



『【錘(40号)】 20p

 購入後のポイント 576 → 556』



 ポイントが異常に減少している。弥生が言っていたのはこのことらしい。


 理由は分からないが、とにかくこの576ポイントで足止めができればいいのだ。


 海斗は錘に続けて釣り用の金属ワイヤーを購入。主にマグロ釣りなどで使われるものだ。


 それを錘に結び付けて、武器は完成する。


 それと同時に、ゴーレムが足をあげた。踏みつぶす攻撃だ。


 ──と、海斗はデジャヴのようなものを覚えた。


 片足で立っている者を、小さい力で倒す。どこかで聞いた話だ。


 海斗は頭上でビュンビュンと錘を振り回し、ゴーレムの身体に投げつけた。


 それは一寸のブレもなく、狙い通りに──椿が弥生を横転させた時、軽く押していた、あの箇所に──直撃。


《ガァァァア!?》


 ゴーレムはバランスを崩し、ドーンと音を立てて地に伏す。地響きと共に、粉塵が舞い散る。


 海斗は、物理的に最も効率よく力を与えられる場所に、錘をヒットさせたのだ。


「海斗さん! 凄いです!」


 ゴーレムを挟んだ向こう側か、声がする。


 でも、今のは俺だけの力じゃない。椿さんが、俺に力を貸してくれたんだ。


《ガガ、ガァァァァ……》


 ゴーレムはその巨躯を起こそうとするが、重さのせいか、ゆっくりとしか立ち上がれない。


 そうこうしているうちに──


「海斗! 睦美! 準備できたわよ!」


 その声に、2人は弥生の方に顔を向ける。


 弥生が手にしていたのは……なんと、ゲームのコントローラー。


「な、なんだ!?」


「3Dシューティングよ! 高ポイントだから、威力は期待できるわ!」


 そうか。確か【3Dシューティング】の値段は3000000ポイント。


 今までは高額過ぎて買えなかったが、宝箱でポイントを稼いだおかげで、この部屋に入る時点では、その一歩手前までポイントを貯めていた。


 さらに3階層のボスモンスターを倒したことで巨額のポイントを手に入れ、やっと購入可能になったということだ。


「後は私に任せなさい!」


 弥生はコントローラーを操作する。30秒の間に操作方法をマスターしたらしい。これは普段からゲームに慣れている人物にしかできないことだ。



《Shooting …… Ready …… Set …… Go!》



機械音声が流れるとともに、宙から翼の生えた銃が出現。エンジンのような部分からエメラルド色のエネルギーを噴射して加速し、飛行を始める。


「弥生さん! 頑張れぇぇ!」


 睦美がエールを送る。


「……私ならできるわ」


 弥生はポツリと、呟く。


「私のゲームスキルは、あいつらにバカにされるためのものじゃない……。今! この時! 仲間を守るために……! そのために私はゲームをしてきたの! 決して無駄とは言わせないわ!」


 弥生は高速で指を動かし、複雑なコマンドを入力していく。



《Canon!》



 銃の先端に光が収斂し、一気に放出された。

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