第29話 取り返しのつかないミス

「つまり、マップはスマホで確認するようにってことなのか?」


「そうみたいね」


 弥生が見せてきた画面には、現在地を表していると思われる青い点と、周囲の地形が事細かに記されていた。川の位置も正しいので、信用できそうだ。


「でも、肝心の出口が描かれてないわね……。そこまで優しくないのかしら?」


《ウィン》



『ポイントを消費して【攻略情報】を購入しますか? 〔出口について〕』



「……ほんっと、課金の煽りが酷いわね、このクソゲー」


 でも、買うしかないだろうということになり、全会一致で購入。


《ウィン》


 購入ボタンを押した瞬間、二枚目の画面が重なるように現れた。



『べべべ! 出口は各階層のボスモンスターを倒すことで現れるべふぅ。ボスモンスターはマップ上に赤い点で表示されているので、参考にするべふぃ。べぇ~!』



 これは……酷い。


 いや、情報はありがたいんだけどさ。イラストといい文面といい、人をイラつかせる天才なのか?


「カスタマーサービスとかないのかしら。クレーム電話の一本くらい入れてやらないと、腹の虫がおさまらないわよ……」


 絶対運営に文句つけてやる……とか、物凄い形相で言っている。恐いよ……。


「べべべ? なにかの暗号なのかな?」


「椿さん、考えなくていいよ。一々イラつかせてくるだけだから」


 これはある意味、ダンジョンからの精神攻撃とも言えた。


「……ボスモンスター発見。結構遠くにいるわね」


 弥生は文句を言いながらも、きちんと情報を活用している。


 ……そう言えば、一階層のボスモンスターって、やっぱりあのゴリラなのか? ボスっていうくらいだし、俺が戦った中で一番強かったのはゴリラだからな。


 それを踏まえると、二階層のボスモンスターはそれと同等、あるいはそれ以上の強敵かもしれない。気を引き締めなければ。


「ん、これはなにかしら……」


 弥生はスマホ画面に表示された『2D/3D』という二つのボタンを見つけ、タップする。


「あ、これダンジョンの全体像も見えるわよ」


 海斗はスマホを覗き込む。そこには「1F」「2F」「3F」という文字とセットで、透明な立体地図が3つに分かれて描かれていた。


「ってことは、三階層のボスモンスターを倒したら、ここから出られるの?」


「うん、その可能性は高いわね。もしかしたら私たちが二階層に居るから、上下一階層までしか表示されないだけかもだけど」


 そうは言いつつも、少しテンションが高くなっている弥生。もう半分まできたことが嬉しいのかもしれない。


「それは収穫だったね。あとは、今できることと言えば……戦闘における作戦会議、かな」


「そうだな。椿さんはなにか武器とか持ってるの?」


「私は……これかな」


 白衣の内側から取り出したのは……銃!


「な、なんでそんな物騒なもの持ってんだ!?」


「にゃはは、自分で作ったんだよ。私は銃の知識がないから、普通の銃とは仕組みが違うのだけれどね」


 さっきの物質を作成できる画面で材料を購入したのか。丁寧な加工もしてあるようだし、完成度が高くて自作だとは思わなかった。


「……あれ、今思ったんだけどさ。椿さんが物質を作成する時って、どれくらいポイントを消費するの?」


「あぁ、ポイントなら物質によってバラバラみたいだね。現実にはない物体を作ろうとすると、値段が高くなる傾向にあることは把握しているよ」


 その傾向は、俺たちの購入画面にも当てはまる。弥生の【3Dシューティング】や、睦美の【魔法の執筆セット】がやけにポイント高めなのは、そういうことかもしれない。


「だからこの銃を作り終わった時、ちょうどゼロポイントになってしまってね。とても焦ったよ。まぁ、ちょうど今日の日中の話なのだけれどもね」


「……ん? ゼロポイント?」


 モヤモヤしていた頭の中で、点と点が結ばれていく。


「分かった!」


 海斗は思わず声を上げた。


「今日、急にポイントが無くなったのは、椿さんがポイントを使ったからだ!」


 海斗は睦美さんの疑いが晴れて嬉しくなり、弥生に向かってそう言う。弥生も海斗の発言の意味を理解したようだが、なぜか元気がない。


「どういう意味だい?」


「いや、椿さんと出会う前に一度、ポイントがゼロになったんだけど、それは椿さんが使ったからだったんだなって。ポイントは全員で共有してるみたいだし」


「そんなことがあったんだね。勝手に使ってしまってごめん」


「しょうがないよ。まだ会ってもなかったんだから」


 そう一段落したところで。


「……そ、それじゃあ、一階層の氷はどう説明するのよ」


 弥生が気まずそうに口を開く。


「……あー」


 そう。氷の件は「睦美の裏切り」で片づけられていたため、裏切っていないのなら別に原因があるということだ。


「?」


 椿さんが説明を求めてくる。睦美がいるので、ここは裏切りについて言及せずに、事実だけを伝えることにした。


「──と、ざっくり言えばこんな感じかな。だから、なんで氷漬けになったのかが不明なんだよ」


「ふむ……それは奇妙だね。ちなみに、その時破った原稿用紙にはなんて書いてあったのかな?」


 海斗はそれを知らないので、隅でモジモジしていた睦美に、目線でパスする。


「あ、はわわ……えっと、『文月睦美が敵と認識したものの動きを完全に静止させる』、と、書きました」


 そうだとしたら、睦美さんが「敵」と認識したのはタツノオトシゴだけだ。だって、動きが止まったのはタツノオトシゴだし。そういう意味でも、睦美さんが俺たちを裏切っているとは考えにくいかもしれない。


「……ぷふっ、あっははははは! あはは! これは傑作だよ! あは、お腹が痛い……!」


 突如、椿さんが大声で笑い出した。


「どれだけ捻くれた解釈をしたんだ、ふふっ、あははははっ!」


 暫く身を捩って笑っていたので、どうしていいか分からず、収まるのを待つ。


「……大丈夫?」


「ふふっ、大丈夫だよ。可笑しくて、つい」


 椿さんは目に浮かんだ涙を手で拭いながら、答えた。


「えっと、さっき言ってた『捻くれた解釈』って、どういう意味?」


「あぁ、あれはね。『タツノオトシゴの全分子運動を止めた』んだよ」


「???」


 俺、理科苦手だから分からないんだけど。え、普通はこれで理解できるの?


「もう少し説明をしようか。海斗クンの身の回りの物体には熱があるだろう? 例えば火が熱く感じるのは、多くの熱があるからだね」


 海斗は頷いた。


「その熱の正体というのは、物体を構成している分子の振動なんだ。だから、もしもその振動が完全に止まるようなことがあったら、極限まで冷えた状態になるだろうね」


「あ、それ聞いたことある! あの、絶対音感ってやつ?」


「絶対零度と言いたいのかな? およそー273℃の超低温だね」


 目を輝かせながら「もっと説明しようか?」と言われたので、断った。なんとなく分かったし、これ以上理科の話をされると頭が溶けそうだ。


「……とにかく、睦美さんの疑いが晴れてよかったよ」


 海斗は満足げに頷いた。椿がいれば、【魔法の執筆セット】も安心して使えるかもしれない。


 ──と。


「あ、あの、な、なんでそこで、私が出てくるんでしょうか……? 疑いって……?」


 ……マズった。


 思わず弥生に助けを求めようとしたが、目を合わせてくれない。依然として顔に影を落としている。……怒ってるのか?


 椿はなにが起こっているのか分からず、ただ海斗の方を見ているだけ。フォローを頼むことは出来ない。自分でなんとかするしかない。


「えっと……」


 最近、自分のコミュニケーション能力を呪うことが多い。こんな場面で、どうすれば場を丸く収められるのか、俺には分からない。人間関係なんてどうでもいいと思っていたから。


「……ごめん」


 海斗は全て正直に話した。もとより海斗には、それしか選択肢がなかった。


「──そ、そうだったんですね。疑われるようなことをしてしまって、すみませんでした……」


 睦美が頭を下げてくる。睦美のせいではないのだが。


 それに、リュックサックの底にあった原稿用紙の大半は、ダンジョンに転送される前に書いたボツ作品だったらしい。完全な早とちりだった。


 ただ、これで海斗が睦美を嫌っているという誤解も解けた。だから、正直に話すのが正解だったのかもしれない。


「まぁ海斗クンもそう落ち込んでくれるな。キミの行動だって正しい。命の危険を察知しようとしただけなんだから」


 弥生がちらっと、なにか言いたげにこちらを見てくる。


 最初に疑いの目を向けたのは弥生だけど、俺だって少しは疑った。


 だから、わざわざ弥生のことを話す必要もない。

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