第24話 隠し切れない亀裂
程なくして睦美は目を覚ました。
「はれぇ~? 密集した炊き立ての時計がぁ~なくなってるぅ~」
やはり過剰に寝ぼけている。ただ、これが海斗たちを油断させるための演技かもしれないと思うと……そんな気もしてきてしまう。しかしその一方で、仲間を疑ってしまう自分に、嫌気がさしてしまう。
「お、おはよう」
海斗は軽く会話をしようと思ったが、ぎこちなくなってしまった。これじゃ駄目だ。もっと自然に話さなければ。
「うぬぬぅ~……あれ、私、いつの間にか寝てました……?」
「まぁね、数分くらい眠ってたかしら」
弥生はサラッと受け答えをする。結構演技は上手なのかもしれない。
「はわわ……すみません。ご迷惑をおかけしてしまって……」
「大丈夫だよ。ちょうど今から昼食にするところだから」
さっきよりは上手く話せたか。睦美も違和感を覚えていないようだし、大丈夫だろう。
「それで? 刺身にするの?」
「いや、その辺の枝で串焼きにする」
「お、美味しそうですぅ……」
睦美がごくりと喉を鳴らす。それを横目で見ながら、弥生は
「いいじゃない。んで、火はどうやって起こすの?」
と尋ねる。
「………………………………」
海斗、圧倒的沈黙。
「しっかりしなさいよ……」
火起こしの方法は考えていなかった。弥生が呆れるのも、もっともである。
「あ、あれ! あの、ほら、木と木を擦り合わせて、なんかゴシゴシするやつとかは?」
「あー、それ有名な火起こしの仕方よね。海斗、それできるの?」
「分かんないけど出来るんじゃない?」
「あ、あのぅ……」
睦美が声をあげたことで、二人が静かになる。その反応にオドオドしながらも、
「そ、その火起こしって、とても大変らしいですよ。本で読んだことがあるんですけど、素人には難しいみたいです……」
「……だってさ? どうすんの?」
「……………………………………………………………………」
「黙ってても解決しないわよ?」
弥生の言葉が痛烈に刺さる。おっしゃる通り……。
「え、えっと、さっき言った本に書いてあったんですけど、水とペットボトルがあれば、火が起こせるそうです」
「え、水で火を起こすの?」
わけが分からず、聞き返す。もし本当にそれで火が起こせるのなら、助かるが……。
「は、はい。ちょっとやってみます……」
睦美は空になったペットボトルを片手に、川岸まで歩いて行った。どうやらペットボトルに水を入れているようだ。
「……大丈夫かしら。なにか企んでるかも」
「大丈夫じゃないかな。水とペットボトルで俺たちをどうこうする気はないと思うよ」
まぁ、水の入ったペットボトルを鈍器として使うことは出来るかもしれないが、ナイフを持っている相手にそんな無謀なことはしないだろう。
短いやり取りをした後、睦美が戻って来た。
「確か、こうやって……」
睦美は水で満たしたペットボトルを、枯葉の上にかざす。
…………。
「それで火が起きるの?」
弥生が睦美に尋ねる。
「はい……起きるらしいです……」
中々火が出ないため、自信を無くしたのか、弱弱しい声が返ってきた。
……と。
「あっ、煙が出て来たわ!」
弥生が声を上げる。そう言えば、焦げたような匂いがする。
すると睦美は、たくさんの枯葉で、煙の出ている一枚の枯葉を包み、息をフーっと吹きかける。それに反応して白煙はその量を増した。どうやら小さな火種が他の枯葉に燃え移ろうとしているらしい。
そして、遂に──
「つきました!」
ボオっと炎が浮き上がる。あちっ、と言って睦美は枯葉から手を放し、地面に置く。
「す、凄いな! って、燃やすもの燃やすもの……」
海斗は慌てて近くの小枝を搔き集め、火の周りにくべた。
すると、炎はたちまち大きくなる。
「せ、成功です!」
睦美は声を上げて喜ぶ。海斗もそれに合わせて笑ったが、やはりどこかもやっとしたものが心の底にあった。こうしてみると、裏切ろうとしているなんて、思えない。
「凄いけど……なんで燃えたわけ?」
「えっと……よく分からないですけど、虫眼鏡で光を集めて紙を燃やすのと同じ理屈らしいです」
「へぇー、そうなのね。そう言えば小学校の頃そんな実験もしたかしら」
懐かしむような表情を見せる弥生。
「……それじゃ、火も起こせたことだし、アマゴ持ってくるよ。弥生は近くの岩に隠れてて」
また気絶されたら困る。そんな配慮で声を掛けておいた。
「え、えぇ。分かったわ」
少しビクッと震え、そそくさと岩陰に消えていく。……そう言えば、この辺りには大きな岩がたくさんあるな。遺跡のようにも見える。
「下準備は出来てるから、睦美さんも手伝ってくれる?」
海斗は持ってきたビニール袋からアマゴを取り出すと、落ちていた枝で器用に串刺しにした。そして持ち手になる枝の末端を、火の近くの地面に突き刺し、固定した。
「わ、分かりました。私も見よう見まねでやってみます」
大して難しい作業でもないので、簡単にこなせるだろう……と。
「あ、あれ……?」
睦美の覗き込んだビニール袋は、もぬけの殻。さっきまで確かにアマゴが入っていたのだが……。
「海斗さん大変です! 一瞬で魚がなくなっ……」
睦美は絶句した。目前では、20匹はあろうアマゴに枝が貫通させられており、その全てが火で炙られていたのだ。
「ふぅ、一仕事終わったぁ~」
吞気に伸びをする海斗を見、睦美はそっと尋ねる。
「あ、あのぉ、海斗さん。もしかして、海斗さんが全部やったんですか……?」
「ん? あぁ、串刺しにする作業? 数えてないけど……睦美さんがやった分以外は俺がやったよ」
「ぜ、全部やないかい!」
睦美は、またも大げさなツッコミポーズを決めようとし──
──海斗はそれを反射的に避けた。
「……えっ?」
睦美はポツリと言葉を漏らした。あれだけ親しくしてくれていた海斗が、少し近づいただけで拒否反応を見せたのだ。睦美の面持ちは寂しげなものへと変わる。
「あっ、いや、これは違くて……」
海斗もなんとか弁解しようとするが……流石に本当のことは言えない。
「殺されるかもしれないと思ったから避けた」とは、言えない。
……明らかに拒絶してしまった。自然な対応をすると、そう決めたのは自分なのに。
「ご、ごめんなさい……」
「あ、ううん。ハエが飛んでたから避けただけで……」
苦しい言い訳をする海斗だったが、睦美には通じなかった。もとから自己肯定感の弱い睦美には、仮にそれが事実だったとしても、信じられなかったはずだ。「自分が嫌われている」という解釈をする方が容易なのだろう。
「……ごめんなさい」
睦美は海斗から距離をとって、体育座りで膝に顔を埋めた。それは、自分を外の世界から隔離するような行動に見えた。
そして、さすがの海斗も、やらかしてしまったことくらいは理解できた。
だからこそ、なんて声をかけていいのか分からない。
無言のまま、時間は経過していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます