第23話 裏切りの予感
「ただいまー」
「あ、海斗さんお帰りなさい……って、なんですかその量!」
先に出迎えてくれた睦美が、目を丸くする。海斗の持つビニール袋には、溢れんばかりのアマゴが詰まっていたのだ。
「ん? 海斗帰って来たの──ぎゃああああああああああああああああああああああ!」
毎度の反応である。
「弥生さん、しっかりしてください!」
近くにいた睦美が弥生を介抱しようとする……が。
突然、草から一匹のバッタが飛び出し、睦美の手に着地した。
「いやああああああああああああああああああああああああ!」
叫んで、気絶した。
よって、意識があるのは海斗だけになってしまった。……こんなことって、あるか?
「しょうがないな……」
海斗は近くの大きな岩の影に、アマゴの入ったビニール袋を隠してから、
「おーい、起きろ」
と、弥生の頬を軽く叩いた。
「うーん……」
思ったより早く目を覚ました。やっぱり慣れてきたんじゃなかろうか。
「次は睦美さんか」
弥生と同じ様に、ぺちぺちと頬を叩く。
「……むにゃむにゃ」
ぺちぺち。
「……にゃ~」
ぺちぺち。
「……じゃじゃーん!」
「!? ど、どうしたんだ急に。寝言で驚かすなよ……」
なにかを見せびらかす夢でも見てるのだろうか。
「まぁ、ほっとけば起きるか……」
一度諦めることにする。
「あれ、睦美はなんで寝てるの?」
「弥生が寝てたのと同じ理由だよ。ショックで気絶した」
「あーね」
さも普通のことかのような反応である。
「あ、睦美……パニックになってリュックサック放り投げたのね……」
弥生は、少し離れたところにひっくり返って落ちていたリュックサックを拾い上げ、こちらに持ってくる。
「あれ、なんかガサガサ音がするわ……?」
気になったのか、リュックサックの中を開けて見た。すると入っていたのは、紙屑。原稿用紙を細かく千切ったものだった。
「なんでわざわざゴミを持ち歩いてるのよ……」
「まぁ、ポイ捨てをしないっていうのはいいことでしょ?」
「いや、そうかもだけど。今はサバイバル中なのよ? そんなことに気を回してる暇はないわ。結構リュックサックの容量を圧迫してるわよ」
そこまで言って──弥生の表情が険しくなった。
「……私、分かったかもしれない」
「え? なにが?」
「……この紙屑、全部原稿用紙よね」
「そうだと思うけど」
まぁ、【魔法の執筆セット】で書いた原稿が入ってるんだろう。破ってあるけど。
「【魔法の執筆セット】に使った原稿用紙って、こんなにあったかしら……」
「えっ……」
海斗は言葉が出てこなかった。ここまで言われると、嫌な方面に想像が膨らんでしまう。
「今まで書いた量を軽く超えてるわ……。少なくとも『私たちの目の前で書いた量よりは』……」
それはつまり、海斗と弥生の見ていないところで書いたことを意味する。そしてそれを破ったことも……。
「ねぇ、今ポイントが無いのって、もしかして──」
「──い、いや、分からないだろ! 睦美さんに限ってそんなこと……」
「でもそう考えると都合がいいのよ。睦美が私たちを裏切ろうとしているのなら、一階層での氷の件も、私たちを殺してポイントを独り占めするための行動と言えるし」
「でも、あの時破った原稿には『敵を足止めする』っていう内容が書かれてたはず……」
「その文章を海斗の目で見たわけ?」
「……見てない」
確証がない。原稿は小さくちぎられているため、今から復元して内容を確認するのはできないだろう。
しかも弥生の仮定は、原稿用紙を捨てなかったのも説明付けてしまう。破ってあるとは言え、裏切りの証拠にもなり兼ねないものを海斗と弥生の目に晒したくないから、リュックサックの中に隠しているのだ。
「じゃあ、仮に弥生の言う通りだとして、睦美さんはいつ原稿を書いたんだ? 睦美さんはずっと俺たちと行動してただろ?」
思い返してみても、出会った時からずっと睦美と共に行動している。そんな隙なんて無かったはずだ。
「……海斗にとってはそうかもね」
「……どういうこと?」
「海斗はずっと睦美と行動していると思っているだけよ。実際、睦美が原稿を書く時間は充分あったわ」
「いつだよ。……もしかして夜か? でも夜は俺、ずっと起きて見張りして──」
「──違う。海斗が気絶している間よ」
階段から飛び降りた海斗が目から覚めた時、睦美は確か『近くに危険がないか確認する』という名目で二人とは別行動をしていた。そこで原稿を書き、ポイントを一人で使い尽くしたとすれば……成り立つ。
なにも言えずに、海斗はただ弥生を見る。
その弥生の視線は、睦美の寝顔を捉え、そして海斗の腰元──ナイフへと向けられた。
「お、おい。弥生……まさか……」
「……最悪、その覚悟も必要になるかもしれないってこと。ゲームでもこういう展開たまにあるけど、やられる前にやらなきゃいけないのよ……」
睦美が、海斗と弥生を殺そうとしているかもしれない。その可能性は、海斗に重くのしかかった。
「いや、でも、それは駄目だ。なにかの勘違いかもしれないし……」
海斗はすがるような目で弥生に訴えたが、彼女にも不安の色が漂っていた。
「と、とにかく、確証が持てるまでは今まで通りで」
「……分かったわ」
弥生は海斗に同意し、その後口を開かなくなった。
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