第21話 文学少女、再起

「ぷはぁ、ここの水美味しいわね」


 ゴクゴクと手ですくった水を飲んでいく弥生。いつも通りの覇気がある声で、海斗も安心したが……その時。


《ピチャ》


 またアマゴが跳ねた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」


 心の準備もなく、唐突に数十センチの距離で魚類を目撃した弥生は、大きくのけぞって背中から地面に倒れた。


「ささささささささささささささ魚」


「壊れたラジオみたいになってるぞ」


 弥生は海斗に介抱され、なんとか上半身を起こす。


「……はっ! あれ、私はなにをしてたのかしら……」


 頭を押さえながらそう言う弥生。ほんとに記憶が朦朧としてる……。


「弥生さん、大丈夫ですか……?」


「えぇ、多分大丈夫よ」


 心配そうな目をする睦美に、そう答える弥生。記憶が飛んでも「多分大丈夫」と言えるところを見ると、もうこの現象には本人が慣れているのではないかと思われる。


 ……と。


《ぐうぅぅぅう》


「……言っておくけど、私が腹ペコキャラってわけじゃないから。普通は朝ご飯抜いてたらもうお腹が鳴るころだから」


 弁明を始める弥生。だが悲しいことに、言い訳とはすればするほど意図しない方向へ解釈させてしまうものだ。海斗と睦美の中に、弥生は「よく食べる人」という印象が強く根付いた。


「じゃあ朝食にしようか。時刻的にブランチな気がするけど」


 もう太陽は、朝とは呼べないほど高く上っている。実際、時刻は10時30分をまわったところだ。


「そ、そうですね! それがいいと思います!」


 睦美も賛同したところで。


「よし、釣りしよう」


「「……え?」」


「いや、魚も釣って食べればポイントを使わなくて済むでしょ? もう204ポイントしかないんだし、節約した方がいいかなって」


「まぁ、その通りだけど……私には釣りがしたいだけにしか見えないわ」


「ぶっちゃけ10割それ」


「ぜ、全部やないかい!」


 睦美が右手を仰々しく突き出し、その手の甲で海斗の胸を軽く叩く。漫才師がやりそうなテンプレのツッコミポーズである。


「「……!?」」


 睦美の意外な行動に、弥生も無言で固まる。えっと、急にどうした……?


「あ、あの、あ、あれ……? い、今のはツッコミを入れるべきだったのでは……?」


「ま、まぁそうだけど……睦美さんがそんなツッコミを入れるのは、なんか意外だなぁって」


「そ、そうね。なんか……うん。思ってたのと違う反応だからビックリしたというか……」


 ……気まずさでその場にいる全員が黙ってしまう。


 すると暫くして、睦美がリュックサックから【魔法の執筆セット】を取り出し、なにやら短い文章を書いた。



『なんかスベったので死にます。』



 それを涙目で破ろうとしている!


「「ちょっと待ったああああああああああ!」」


 二人がかりで睦美の両手を封じる。


「お、落ち着いて! 早まるな!」


「そ、そうよ! む、睦美のツッコミは一番よ! えぇ、なんの一番かは分からないけど」


 ──その後およそ数十秒の悶着があり。


「……ごめんなさい。私のせいでごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 とりあえず死のうとするのはやめてくれたので、今はよしとしよう。


「あ、あー! たくさん魚を釣るぞー!」


「お、おー!」


 海斗と弥生は空元気でその場を乗り切ろうとした。いや、誤魔化そうとした。


「よーし! それじゃあまずは餌の調達からだな!」


「え、餌をたくさんとるぞ! おー!」


 なんのこっちゃ分からないはずの弥生も、合わせてくる。だが、合わせてくれてるはずなのに、どこかやりづらい。


「餌はミミズか川虫。でもミミズをとるのは効率が悪いから、今日は川虫かな」


「うへぇ、虫を餌にするの?」


 一気にテンションを下げる弥生。裏切りやがったな。


 まぁ、女子が虫嫌いなんていうのはよくあることだけど。


「うん。その辺の川の石をひっくり返せばたくさんいるよ」


 そう言うや否や、海斗は岸から川の浅瀬にある石を持ち上げた。その裏には小さな虫が複数張り付いていた。


「……普通にキモいわね」


「そうか? よく見たら可愛い──」


「可愛くはないわよ? あんたの目は死んでるのかしら」


 弥生が多数派の意見である。でも、海斗には釣り餌への謎の愛着がわいているのも事実だ。


「睦美はこれ、どう思う?」


 弥生は川虫を指差し、ふさぎ込んでしまった睦美との会話を試みるが……。


 逆効果だった。


「いやあああああああああああ! 虫! 虫! いやあああああああああああ!」


 聞いたことのないような大声を出し、近くの大きな岩の影に隠れた。やっと顔を上げた睦美は、さらに固く心を閉ざしたようだ。


「あれ、睦美ってそこまで虫苦手なの?」


「苦手に決まってます! 普通の人間は虫が嫌いなはずです! 虫が平気な人は狂ってます!」


「いや、その発言はちょっと問題あると思うけど……まぁ、気持ちは分かるわ」


 弥生も虫は苦手なようなので、共感できる部分もあるらしい。基本的には睦美に理解を示す。


「でも、睦美はなんでそこまで虫が嫌いなの?」


「好きじゃないことに理由っていりますか!?」


「名言風に言われてもね……。なんかバレーボールを彷彿とさせる感じがするわ」


「?」


「海斗には分からないネタよ」


 あれは名シーンだった……と呟いているが、何のことだろうか?


「そ、そういう弥生さんは、どうして魚が嫌いなんですか!? きっと大した理由なんてないですよね!?」


「私は……」


 そこまで言って、弥生の顔に陰りが現れる。それは先ほど見せた表情と同じものだったが、しかしすぐに持ち直し、


「海斗が爬虫類嫌いなのはなんで?」


 と質問を躱した。明らかに、答えたくないから海斗に回したのだろうが、本人がそれに気づくはずもなく。


「俺? 俺は……」


 と言って、海斗も少し答えるのを躊躇った。普通に「キショいから」だけど、それじゃあカッコ悪い。


「……いや、やっぱりなんでもない」


 遠い目をしてお茶を濁す海斗であった。


「な、なんなんですか! お二人して全力で思わせぶってくるじゃないですか! そういうの流行ってるんですか!?」


 疎外感を感じたのか、少し慌てて岩の影から姿を現す。期せずして天照大御神の伝説っぽい流れになった。とにかく、睦美を復活させることに成功。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る