第14話 崩壊
《チリンチリン……》
「ん……?」
海斗は音に気が付き、目を覚ました。あっ……やっぱり、背中が……痛い。石畳で寝るとかちょっとした拷問だと思う。
とりあえず伸びをして、辺りを見回す。薄暗くてよく分からないが、二人はまだ寝ているらしい。
彼女らに光を直射しないように気を付けなくては。そんな配慮から、上を向いてライトを点ける。
「あれ……?」
なんだか、天井の岩の形に違和感を持つ。小部屋の天井ってこんな感じだったっけ?
「もしかして──」
壁を照らす。前後は数メートルの幅だが、左右は長く続いている。
「小部屋じゃ、ない……?」
急いで床を確認。昨日まであった穴がない。その代わり、糸と鈴が石畳の上に落ちている。
「おい、起きろ! 起きろ!」
恐らくここは、小部屋の階段を下りた先にある通路。だが、その小部屋と階段は消滅している。つまり、安全地帯から追い出されたことになるのだ。このままではいつ怪物が襲ってきてもおかしくない。
「……なによ、そんなに慌てて……」
のっそりと起きた弥生も、スマホのライトで周囲を照らすと、すぐに状況を察したようだ。
「睦美、起きなさい。ほら、睦美!」
「んむぅ……ジーパンのフレンチトーストが人違い……」
「どんな夢見てるのよ! いいから起きなさい!」
「……ふえぇ?」
ボーっとして、半目で返事をする睦美。朝は弱いらしい。
「周り見てみなさいよ」
弥生がぐるっと360度照らすと、
「えへへ、洞窟探検、わ~い」
……駄目だこりゃ。
「とりあえず、どうしたらいいんだ? こういう時は」
「私にも分からないわよ。マップが変わるなんてこと、ゲームじゃ殆どないし」
弥生に頼ることもできない。本当にどうすればいいんだ……。
「わ~、地面揺れてる~。たのひ~ぃ」
突如、座っていた睦美がそんなことを言い出した。海斗と弥生も地面に意識を向けてみるが、確かに振動が感じられる。
「これってやっぱりトカゲかしら?」
「いや、多分だけど違うと思う。トカゲの場合は、なんかこう……もっと……キショい」
「キショいって……」
嫌いなものは揺れだけでも判断できるらしい。
「……っ、もうそろそろ来るわ!」
円状の部屋から気配が近づいてきて、遂にモンスターが姿を現す。
《グルォォォォォオ!》
現れたのは、全身に銀色の毛が生えたゴリラ。もちろん、海斗の倍以上はある巨躯。凄まじい迫力だ。
「ヤバそうなやつが来たな……」
ゴリラが両手で胸を叩くと、周囲の空気が震えた。それは花火を見ている時のように、腹に響く。相当な力を持つモンスターのようだ。
「あ~、お猿さん~」
依然として睦美は夢うつつの状態で、【魔法の執筆セット】による援護もできそうにない。ここは海斗一人の力で切り抜けるしかないが……。
「あんた……」
弥生が心配そうな顔でこちら見つめている。
今までの戦闘と違い、逃げることが許されない。それも睦美が行動不能だからだ。
また、それは同時に、大きく竿を振り回せないということも意味している。
「どうすればいいんだよ……!」
《グオォォォォォオ!》
ゴリラの拳が、海斗に降りかかる──!
「くっ……!」
海斗は順手で竿を掴み、その両手の間で攻撃を受け止めるも──吹き飛ばされてしまう。
「ぐはぁっ……!」
そのまま後方へ地面を転がり……弥生の足元で静止。
「あ、あんた、しっかりしなさいよ!」
揺さぶられ、なんとか体を起こした。全身に痛みがあり、顔をしかめてしまう。この威力では、ライフジャケット程度で衝撃を吸収しきれない。
《グオォォォォォオ!》
ゴリラはゆっくりとこちらに近づいてくる。……もう迷ってる暇はない。
「睦美さんを押さえつけて一緒に伏せててくれ」
「分かったわ」
海斗は二人が姿勢を低くすると、その後ろに錘を放り、竿を構える。
そして縮んでいた竿を念じて伸ばし、おおきく振りかぶって、キャストした。
──つけている錘は40号。今持ち合わせている最高威力の攻撃手段だ。これならば一撃で倒せるかもしれない──
錘は一直線にゴリラへと飛んでいき、見事命中……かと思いきや。
《グオォァア!》
ゴリラの右手が、それを薙ぎ払った。……しかも殆どダメージを受けていない。
「う、噓でしょう……?」
弥生の顔には、如実に焦りの色が浮かんでいた。
歴然とした力の差。
圧倒的絶望。
待ち受けるは……死。
《グオォォォォオ!》
興奮状態になったのか、ゴリラが突然、壁を叩き始める。
「きゃっ……!」
大小の岩が飛散し、弥生は自らの頭を抱えながらも、睦美を庇う。
「……っ!」
海斗は竿を縮め、岩を回避することに専念する。やはり長い竿を持つと動きにくいな……。
やがて岩石の雨がやむと、ゴリラはこちらに向かって突進してきた。
──どうする? このままもう一発食らって吹っ飛ばされては、全員皆殺しにされてしまう。なんとかして次の一手で仕留めなければ……。
海斗は竿を強く握った。
どうしたら……どうしたら良いんだっ……。
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