第10話 必殺技、タイトルコール!(不発)

目の前に──おもちゃの釣り竿が現れた。


「「……えっ? なんで?」」


 海斗と弥生の声が見事にハモる。ただ、両者の言葉に籠った意味は少し違ったようだ。


「あんた、なんでこんなの出そうとしたわけ……?」


「いや、俺はこんなの出すつもりじゃなかったよ!? だってほら!」


 破いた紙を合わせ、弥生の顔に突き出す。


「『凄い釣り竿が現れる。』……って、あんたポケ○ンでも釣りたかったの?」


「?」


「なんでもないわ。ただこの【魔法の執筆セット】、結構扱いが難しいのね。普通ならこんな釣り竿、凄いとは言い難いし」


「……あ、あのぅ」


 恐る恐る睦美が会話に参加してくる。


「多分ですけど、もっと正確に書く必要があるんじゃないですか……?」


「正確にって……?」


 海斗は疑問符を浮かべる。


「つまり、もっと細かい描写をする必要があるってことでしょ?」


「は、はい。弥生さんの言う通りです」


 コクコクと一生懸命に首肯する睦美。


「でも俺、文章書くの苦手なんだよな……国語の成績あんまよくないし」


「とか言っちゃって、本当は全教科悪かったりして」


「ギクッ!」


「『ギクッ』ってあんたね……」


 偶然にも当ててしまった弥生が、あちゃ~と額に触れる。


「ぎ、ギンフグって言おうとしたんだ! キ、キタマクラって魚の別名」


「それは無理があるし、なんでわざわざそんな物騒な魚の名前持ってくるのよ」


 名前からして毒魚にしか聞こえないし、実際毒魚である。釣れても食べてはいけない。


「……かくいう私も論述問題は点数伸びないのよね」


 どうやらこの二人に【魔法の執筆セット】は使いこなせそうにもない。となれば……。


「あ、あの! 私、できるかも、です!」


 勇気を振り絞って、睦美が名乗りを上げる。その必死さには、周囲の人間に庇護欲を抱かせるような力があった。


「はわわ、あの……こう見えても私、実は……」


 間をたっぷりと空け、満を持して言い放った。


「小説を書くのが趣味なんです!」


「でしょうね」「だろうね」


「ええっ!? な、なんで分かったんですかぁ! 私、そんなこと一言も……」


「一言も言わなくても分かるわよ。こんなもの持ち歩いてるなんて、普通それくらいしかないでしょ」


 地面に置かれたままの原稿用紙とシャーペンを一瞥して、そう言った。さっき土下座しながら差し出してきたものである。


「そ、そうですかね? 人は誰しも原稿用紙と筆記用具を持ち歩かないと死ぬものじゃ……」


「俺たち即死だな」


 少し不思議ちゃんだが、それくらいの個性がある方が作家に向いてるのかもしれない。


「……で、少し話が脱線したけど、とりあえずいい感じの釣り竿を出してみよう」


「てか、なんで釣り竿なんか出すのよ。かさばるでしょ」


「だって竿があった方が、錘を投げる時の威力も上がるし──」


「本音は?」


「個人的に良さげな竿が欲しい」


「あんたねぇ……」


 もう何度目かわからない呆れを見せる弥生。


 だが、その時。


《ウィン》


 海斗の目の前に現れたのは、例の画面。



『ポイントを消費して【投げ釣り用ロッド】を購入しますか? 〔投げ釣りに最適な釣り竿! 錘には40号まで対応〕』



「釣り竿……」


 目を輝かせている海斗そっちのけで、弥生は考え込む。


 ……そして。


「ゲーム機」


《ウィン》


 弥生の声に呼応するかのごとく、彼女の前に画面が飛び出した。



『ポイントを消費して【3Dシューティング】を購入しますか? 〔本体とコントローラーのセット! 説明書つき〕』



「……やっぱりね」


 一人納得した様子の弥生。


「な、なんだ? 《ウィン》って音したけど……って、【3Dシューティング】?」


 海斗は表示されたイラストを見る。相変わらずふざけた絵だが、ゲームコントローラーと、金属製の翼が生えた銃が描かれていた。


「二人とも、聞いて」


 改めて向き直り、口を開く。


「この画面では、なんでも買えるわけじゃない。『欲しいと思えば買える』というのは、間違いじゃないけど、正解でもない」


「ど、どういうことですか……?」


 思わず聞き返す睦美と、それに同調する海斗。


「買えるものには制限があるの。その制限っていうのは──『本人の趣味に関するもの』よ」


「……本当か?」


「えぇ、間違いないわ。今までの品から見ても、それは明らかよ」


 今までの品を、頭の中で纏めてみる。



 海斗 【ブリ】【水(淡水)】【投げ釣り用ロッド】

 睦美 【魔法の執筆セット】

 弥生 【3Dシューティング】



 確かにその法則に則っているような気もするが……。


「でも、俺の【ブリ】と【水(淡水)】はおかしくないか? 明らかに釣り具じゃないぞ」


「だから『本人の趣味に関するもの』って言ったのよ。【ブリ】は魚だから釣りに関わるものだし、【水(淡水)】は確か説明文に〔淡水魚を飼育できる〕って書いてあったはずよ」


「そう言えば……そうだったな」


 言い換えれば、釣り具ではなくても、釣りから連想できればOKというわけだ。【水(淡水)】については、釣った後の川魚を生かしておくために淡水は必要だから、購入できたという解釈でいいんだろう。


 そして、弥生がもう一度口を開こうとする。それを察して二人はじっとその言葉に耳を傾けた。



「つまり……私たちは、趣味を駆使してこのダンジョンを攻略しなきゃいけないのよ!」



 ──訪れる静寂。固唾を飲んでお互いを見つめる二人。


「……だ、壇上?」


「……だ、男女?」


「あーもう! タイトルコールで一行空けの強調までしたのに! 空気読みなさいよ!」


「「?」」


「だぁあ~、こいつらウザ過ぎ!」


 呻き声+罵声。だが、当人たちに悪気はないのだ。逆にたちが悪いのだろう。


「とにかく! 私たちの趣味でなんとかこの場を切り抜けるのよ! 分かっていてもいなくても、『はい』か『YES』で返事しなさい!」


「「は、はい」」


 有無を言わせないつもりらしく、刃向かいようもなかった。

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