Phase8

 サトリは戒の斬撃を受けてよろめいた。


「これだけの深い傷を受けたのは初めてだ」


 サトリは右わき腹に受けた傷を手で確認しながら戒を見た。

 戒は倒れている健斗に、けが人は休んでろ、と指示してから問うた。


「お前がサトリか?」

「そう、俺はサトリ。フレンズの長だ」


 サトリは続ける。


「プロテクターズを滅ぼしに来た。俺の目的の邪魔になるからな」

「お前の目的は?」

「フレンズを増やすこと。知っていると思うけど、フレンズは今、日本でだいたい五百体くらいしかいない。だからみんなが世界の隅っこの方で君たちに怯え、小さくなりながら孤独に生きている。そんな人間ばかりが支配できる世の中は理不尽でしょ。だから俺は、フレンズ……友人を少しでも増やして、俺らのような人間ではない生き物でも堂々と世界の中心で、みんなで笑って生きられるようにしたいんだ」

「そうか……。お前の言っていることは理解できる。でも、そのために人間を犠牲にするような奴は放っておけない」


 戒はさらに問う。


「なあ、お前には本当に友達が一人もいないのか? もともと人間だろ? その時にもいなかったのか?」


 サトリの目に寂しげな影が落ちる。

 それから、答えた。


「部下はたくさんいるけど友人はいない。そして俺は、フレンズだ。人間ではない!」


 そして、戒へ突進し、蹴りを放つ。

 戒は蹴りをすんでのところでかわした。


「なら、俺がお前を、いるべき場所に返す」


 戒は刀を抜く。

 戒は自らのスキル――自在に炎を操作する――を交えた攻撃を展開する。

 それでもサトリに攻撃をいなし続けられ、思うようにダメージを与えられない。

 こんなにガード硬い奴、初めてだわ――と内心で思いつつ、刀を振り回す。



 一方のサトリもかつてない感覚に囚われていた。

 敵の攻撃をいなすことで精一杯。攻撃を打ち返す余裕が全くもってない。



 しかし、いくら手強くてもと相手は人間である。

 戒には少しずつ疲労がたまっていき、攻撃のスピード・キレが徐々に衰えていく。

 サトリはその変化を見落とさなかった。

 フレンズは人間より疲れにくい体質なのである。

 サトリ渾身の拳が、戒の攻撃の間を縫って腹部に打ち込まれた。

 戒はに体を折って、基地の敷地外である道まで吹き飛んだ。



 いくら基地の中で死闘が行われていようと、世界は常に止まっていない。

 その日も道には何台か車が走っている。

 戒が道へ吹き飛ばされたその直後、大きなトラックが戒に向かって猛烈なスピードで走行してきた。



 戒は以前、同じような体験をしたことを思い出す。 






 俺は無敵だった。



 俺が住んでいた地域はなかなかに荒れている人が多く、俺の学校とその隣の学校ではいわゆるヤンキーのような奴らが学校を支配していた。

 特に、隣の学校の奴らは、気に入らない奴らは全員従うまで痛めつける、とか言って大勢で殴り掛かってくるような凶暴な奴らだった。

 そいつらに迫害を受けていたクラスメイトは、こぞって俺に助けを求めてきた。

 そんな奴らと戦うときでも俺は負ける気がしたことが一切なかった。



 なぜなら俺には、親友がいたからだ。



 親友の名前は田原倫吏たはらさとりといった。

 何でも考えずに行動してしまう俺とは違って、彼はいつでも冷静で、だけど動き始めたらそこからは誰よりも速くて、その名の通り、世の中の全てを悟っているような人だった。

 ある日、隣の学校のヤンキー三十人を二人で一方的にボコボコにしたことがある。それから後、俺らが二人で揃って歩いているだけでヤンキー達は小さくなって怖がりながら過ごすようになったらしい(その時はさすがにちょっとやりすぎたかなって気がした)。



 俺らは最強だった。



 しかし、そんな自惚れていた日々はろうそくの火が消えていくように儚なく、脆いものだ。



 三月の初めのことだったと思う。

 その日は三月にもかかわらず、その年一番の寒さになるような日だった。

 卒業式のちょうど一週間前だった。

 俺と倫吏は些細なことで大喧嘩をしてしまった。

 なぜそんなことになったのかははっきりとは覚えていないが、確か卒業旅行でどこにに行くかとかいう今となってはどうでもいいことがきっかけだったと思う。

 そんな訳でそれから六日間、俺たちは口も利かないような関係になってしまっていた。

 そのままの状態で卒業式を終え、俺は曇った心のまま、家に帰ろうと校門を出た。


「おいお前、一人なんかぁ」


 誰かに呼び止められた。

 顔を上げて周りを見てみると、前に二人でボコしたヤンキーたちの姿があった。

 しかも人数はその時よりも多くて五十人くらいだった。

 さっき声を掛けてきた奴が話しかけてくる。


「てめえには借りがあったなぁ」


 そう言って、俺の鳩尾にパンチしてきた。

 それを皮切りに、五十人のヤンキーが一斉に俺に殴り掛かってきた。

 隣に倫吏がいない俺は無敵でも最強でもなんでもなかった。

 俺はいいように殴られ、蹴られ、持ち上げられては投げ落とされた。



 気づくと俺は車道に転がっていた。

 ヤンキー達は俺が起き上がる力すら無くなったのに満足してどこかへ行ってしまった。

 交通量が少ない道とはいえ車道は危ないので、とりあえず俺は歩道に出ようともがいた。

 だけど体を動かせば動かした分だけ痛みが強くなるだけで、だいぶ長い時間経っても歩道にたどり着かない。というか近付いてすらいない気がした。

 そんな最悪のタイミングで大きなトラックが前方からすごいスピードで走ってきた。

 俺は焦った。 

 とにかく早く車道から離れようとさらにもがいた。

 でもやっぱり体が痛いばかりで全く進まなかった。

 運転手が寝ぼけていたのか知らないけれど、トラックは俺に気づかず、ずんずんと俺に向かってくる。

 俺は死を覚悟し、目をつぶった。



 ちょうどその時、歩道側から俺は誰かに吹き飛ばされた。

 直後、トラックと何かが激しくぶつかる音。

 とにかく俺は助かった。

 でも代わりに誰かが轢かれたのだ。

 俺はなんとか体を起こし、助けてくれた人の許に向かった。

 その時はトラックの後続車のクラクションの音も、体の痛みも気にならなかった。

 俺は助けてくれた人の顔を見て驚愕した。


「倫吏……⁈」


 倫吏は俺の声に反応して少しこちらに顔を向けて呟いた。


「良かった……。無事か」

「ど、どうして俺をかばったんだよ! お前は……俺のことなんか、いつもみたいにすました顔してほっとけば良かったんだよっ! なんでだよ、お前らしくもねえ! なんで……なんで……」


 俺はパニック状態になり、応急処置もせずに、こんなようなことをほとんど泣きながら倫吏に叫んだ。

 彼はふっ、と短く笑って、聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で言った。


「なんでって……決まってるじゃん。友達だからだよ」


 その後すぐに、倫吏は息を引き取った。






 戒が回想に浸っている間も、トラックは戒に向かってずんずん進んでくる。

 運転手が戒の存在に気づいて急ブレーキをかけたときにはもう遅かった。

 スキルを発動したとしても間に合わないだろう。

 戒は死を覚悟して目をつぶった。



 その時、戒は誰かに突き飛ばされた。

 直後、トラックと何かがぶつかる音。

 戒は誰かに助けられた。

 あの時と同じように。

 戒はトラックに轢かれ、横たわる影の正体を確認した。

 戒の口から声が漏れる。


「あの時と……同じだ」



 戒を助けたのはサトリだった。


「どうして、俺を助けたんだ? 俺は敵だろう?」


 大きなダメージを負い(フレンズも車に轢かれたら人間と同じように怪我をする)、立ち上がれずにいるサトリに近づき、戒は問うた。

 サトリは困惑した顔で答えた。


「わからない……ただ、体が勝手に動いた」


 戒は顔を空に向けて目を閉じ、震える声で呟く。


「そうか……」


 そして、右手に持っていた剣でサトリの胸を刺した。

 傷口から鮮血が噴水のように吹き出る。

 明らかに致命傷だった。



「ありがとうを言っていなかった。卒業式の日、助けてくれたお礼を」


 戒はサトリの目を見た。

 かつての友人の顔を目に、脳に焼き付けようとした。

 サトリの表情は信じられないほど穏やかだった。


「卒業式? 何の話だ? 全く分からない」

「………あの時も俺は、同じようにお前に助けられたんだよ。その時も俺は、『どうして俺を助けたんだ?』って訊いた。そしたらお前、なんて答えたと思う?」

「………さあ」

「『俺はお前の友達だから』だって」


 サトリは、ふっ、と笑う。


「陳腐な台詞だな」

「……でも、陳腐なものにこそ真理はあるんだ」

「……俺はフレンズだ。人間の友達なんていない」

「………」

「……でも、もし生まれ変わってもう一度人生をやり直せるなら……その時はお前のような人間と、友人になるのも……いい、かも、な……」



 そうしてサトリは、

 無数の粒子になって、

 消えた。






 恥ずかしいことに、俺は戒くんに助けてもらった後、けっこう長く気絶していた。

 目を覚ますと、戒くんが俺のそばで遠くの方を見ながら座っていた。


「戒くん……」

「おう健斗、目覚めたか」

「サトリは?」

「いるべき場所に戻った」

「そうですか」



 戒くんと俺はしばらくその場で動かなかった。



「よし、まだまだ休んではいられない。残りのフレンズを駆除しないと」


 そう言って戒くんが立ち上がった。

 俺も立ち上がって、そうですね、と言いかけたまさにそのとき、パン、という乾いた音がした。

 目の前にいた戒くんは、胸を手で押さえて、苦悶の表情を浮かべながら音がした方を睨んだ後、糸が切れた操り人形のように倒れた。







 










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