みかた

 お父さんとお母さんを事故で亡くし一人ぼっちになってしまった娘が居ました。


 一家は神様を敬虔けいけんに信じていました。娘もそれが当たり前、そう思って生きてきました。


 両親の弔いを済ませた後、すぐに悪い親戚に家もお金も取られてしまった娘は橋のたもとで一人震えながら神様に助けを求めました。


 ─おい


 と言う声がして娘が振り返ると痩せこけた背の高い薄気味の悪い男が目を爛々と輝かせながら立っていました。


 娘はその男に畏怖を感じ、怖くなって逃げようとしましたが空腹で身体が動かずその場にうずくまってしまいました。


 娘は


「神様どうか助けて下さい。」


 と祈りました。


 ガタガタと娘が震えているとそれから少しの間を置いてため息の音が聞こえ


 ─おい、これやるよ。


 見た目から想像のつかない程柔らかな声、肩を軽くポンポンと叩かれた娘はゆっくりと顔を上げました。


 見ると恐ろしい顔をした男の骨張った掌の上に小さなパンが載せられています。


 恐る恐る、それを受け取ると娘はパンを頬張りました。こんなに美味しいパンは今まで食べた事がありませんでした。


 ─ 喉に詰まるからゆっくりと食べな。


 痩せぎすの男は娘と同じようにしゃがみ込み嬉しそうにそれを見ていました。


「ありがとうございます、貴方にも…神の御加護がありますように。」


 娘がそう言うと男は冷たい微笑みを浮かべ


 ─それでも神を信じるのか


 と娘に聞きました。


 娘は男の真意が理解できず


「はい、神は悪魔を、そして不幸を遠ざけてくれますから。何か…お気に触りましたか?」


 と聞きました。


 男は言いました。


 ─俺は悪魔なんだ。


 娘は男の言葉に耳を疑い、それから嗚呼、この人は可哀想な人なんだなと思いました。


「悪魔に取り憑かれているのですか?どうか貴方に幸せが訪れますように!」


 優しい娘は心の底から男の幸せを願いました。



 目を閉じ息を吸い込みそれからゆっくりと目を開け、男が言いました。





 ─お前は神を善なるもの、悪魔を悪いものだと決めつけているが本当にそうだ、と思っているのか?



 娘はその言葉に「そうです!」と答えようとしましたが男の声に遮られました。


 ─対立するものにある違いは、ただ立ち位置とベクトルだけだ。

 解釈、同じ物を見ても捉え方が違う、それだけだと何故気付かない。



「悪魔は人の魂を取る邪悪な存在でしょ!教典にそう書いてあります!」


 娘はパンを貰った事も忘れ叫びました。



 ─悪魔は魂を奪う、だと?全く笑わせてくれる。

 お前は契約という言葉を知っているよな?それを知らない程お前は馬鹿ではない、そうだろう?


 例えば、だ。

 望みを叶える為に何を差し出しても良いと思っている人間が此処にいるとしよう。…そんな顔をするな、お前の事じゃない。


 そう思っている人間を見定め、その前に俺たちが現れる。

 そこに願いを叶えてやると交渉を持ちかけるんだ、あくまでも交渉だ、邪推はするな。

 強制では無いし、もし嫌なら断れば良い。

 その代わり、願いを叶える代償として命の終わりにそいつのら魂を貰い受ける。


 条件をきちんと提示する、どう考えてもフェアじゃないか。

 すまない涎が垂れた。


 それでも、と人がいい…

 叶えたい事があると言うのなら、そこで初めて契約が結ばれる。


 割りの良い話だと思うがな、お前たちにとって命が終わるまでが人生じゃないか。

 その後の事なんて預かり知らぬ、どうでも良い事だろう?


 互いの利害が一致しない限り、俺たちが魂を一方的に奪う事はしない。


 何よりそうしたくないからな。


 俺たちは重んじている、

 "契約"を。


 お前たち人間社会でもそうだろう?恩恵がなければ動かないし契約がなければ行動も無い。

 なあ、俺たちとお前たちのどこが違うんだ?


「何が」悪いんだ?


 そう言うと悪魔は眉をしかめた。

 自ら言葉を吐いた筈なのに悪魔は少し苛立ちながら続ける。



 ─それに、だ。

 お前たち、お前が信じている神それが人の命や魂を貰った時、人間が決まって言う言葉がある。


「これは神の試練だ、神は越えられない壁を与えはしない。どうか神よ救いを与えたまえ。」


 阿呆の様な顔をしてそう繰り返す。…そうだ今のお前の事を言っているんだ。


 …本当にそう信じているのか?お前の大切な人間が、両親が神に奪われた時、神を信じて耐える事が本当に正しい事だと思ったのか?



 俺には、俺たちには理解が出来ない。


 …だから俺は此処に来た、お前を助けてやれるかもしれないと思ってな。契約さえすればお前の望みを叶えてやれる、放っておけなかったんだ。



 ─ 教えられたから、書いてあったから、生まれた時からそこに有ったから、なんて理由でその神をただ盲信しているだけなんだろ?

 お前には考える力も、自ら動く身体もこの世界に在るというのに…哀れだよ。


 それを絶対視し、縛りつけられているんだろう?


 そこから俺が、"俺たち"が解放してやる、と言っているんだ。


 だからこの手を取れ。


 俺と契約をしよう。



 娘はうつむいた。頭上から柔らかな声がする。









 ─よく考えて答えるんだ、一度だけお前に問う。





「神と悪魔の違いは何だ?」

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