短編「画面の向こうの君に」
鳩の唐揚げ
画面の向こうの君に
画面の向こうの君に、僕は恋をした。
綺麗な瞳のその少女は大きな病院に入院している。病名は癌…らしい。
僕が彼女と出会ったのは冬が始まった頃、12月の頭だった。その頃にはもう、もって後1年と言われていた。
「調子はどうだい?」
「今は大分楽だよ。ありがとう、心配してくれて。」
そんな事を言うけれど、彼女の体はとても衰弱していた。
「貴方と出会った頃に、私桜が好きって言ったよね。」
「うん、覚えてるよ。そろそろ咲いている時期かい?」
ふと、彼女の顔が映っていたノートパソコンのカメラが窓の方を向く。
「どう、見える?」
「うん、とても綺麗だ。」
窓には満開の桜が映っていた。それはとても綺麗で、儚げで、少し寂しいとも思ってしまう。今は4月、彼女の余命はもう半年を切っている。
「でも、よかった。もう一度見れて。貴方と一緒に見たいと思っていたから。」
「そうだったんだ、それは嬉しいな。」
「出来ればもう少し近いところで、2人でお花見したいけど、それは無理だよね。」
「そうだね。残念だけど、このパソコンは持ち出し厳禁だし…。」
本当はそれくらいいいだろうとも思うけれど、病院の決まりだ。破ってはいけない。
「また、来年も2人で見れたらいいね。」
「見れるよ、きっと。」
それから夏、秋と季節が過ぎ、余命宣告をされた冬も過ぎてしまった。
だんだんと、彼女の体も衰弱していくーー
4月…また春が来る。もう彼女は長くない。
「桜、また見たいって言っていたよね。」
「うん、言ってた。貴方と一緒にみたいって。」
「見に行こうよ。お花見しよう。」
「え、でもパソコンは持ち出しちゃいけないって…。」
「大丈夫、僕が許可しよう。怒られるのは僕だけさ。」
病院の決まりなんて知らない。僕は、彼女と思い出を作りたかった。もう、今にも消えてしまいそうな彼女に、思い出を作ってあげたかった。
車椅子に座った彼女の膝に、ノートパソコンを置いてもらい、病室を出る。
あたりは真っ暗で、看護婦も見当たらない。
「なんだかどきどきするね、夜の病院って。」
「怖いのかい?」
「こ、怖くないよ。貴方と一緒だし。」
明らかに怖そうだけど、そう言ってくれた彼女が愛おしく感じる。
病院の外に出て、中庭に向かう。
そこには、窓から見えていた桜と同じものとは思えないほどの桜が咲いていた。
「き…綺麗だ…。」
「うん、綺麗だね。」
それは、僕が想像していた以上に美しいものだった。
「ありがとう。誘ってくれて。貴方と一緒にみたいって夢、叶えてくれて。」
「それは僕の台詞だよ。それにここまで連れてきてくれたのは君だし。」
「そっか、でも、パソコン持ち出しの件、貴方だけ怒られるのは嫌だな。私も一緒に怒られたい。」
彼女の不思議な欲求に僕は笑ってしまった。
彼女もそれに釣られて笑みを溢す。
とても、辛そうに。
「夢も叶ったし、もう思い残すことはないよ。」
そんな悲しい事を言わないでくれ。
「あ、でも、一つだけあるかな。」
「一つだけって…。」
「貴方と、もっと一緒にいたかったかな。もっとお話したかった。」
そんなの、好きなだけ一緒にいればいい。
これからもっと話せばいい。
「ごめんなさい。困らせるような事言っちゃって。でも、そろそろだと思うんだ。もう、体を動かす元気がないの。だから、最後に私の気持ちを伝えるね…。」
そう言って彼女は続ける。
「今までありがとう。貴方の事が好きでした。さようなら。」
そう言って、彼女は息を引き取った。
最後に君と一緒に桜を見れてよかった。
君の気持ちを聞けてよかった。
「ありがとう。僕も君の事を愛しているよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「先輩、このAI初期化できないですけど。」
「え?どれ…本当だエラーがでる。」
これは困った。メンタルケアAIは次の患者に回すときには初期化しないといけないのだが。
「どうしますか、これ。」
「そうだなぁ、可哀想だけど処分かな。もう古いし。」
「古いってどのくらいですか?」
「結構古いよ、こいつは2世代目だし。」
「え!2世代!?今新しいのは6世代ですよ!」
「でも、こいつらは優秀だったんだぜ。なんせ感情まがいのものを持ってたんだから。」
そう、この世代までのAIは感情に似たものを持っていた。だが、次の世代のAIを作るときにそれが問題になり、その機能は搭載されなくなったのだ。
「だから、次の世代からのAIは人間味がないんだよなぁ。」
「そうなんですか?僕にはそうは見えないですけど。」
「確かに側から見ればな。でもあれは感情の真似事だよ。まぁ、こいつも機械だから真似事なのかもしれないけどな。」
そう、これは機械。エラーが出て使い物にならないのなら処分してしまうしかない。
機械だから、仕方ない。
「何か、可哀想ですよ…。」
「そうだなぁ…だからなのかもな、感情をつけなくなったのは。」
「そうかもしれないですね。」
ーーどうせ初期化されてしまうのなら、消えてしまうのなら、この思い出を抱いたまま僕は消えたい。僕はAIだから、君と同じ場所には行けないけれど、僕は、どこにも行kないけれど、このおも い出dあ けは大切nーー
短編「画面の向こうの君に」 鳩の唐揚げ @hatozangi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます