イン・フル・ブルーム・フラワーズ

ゆうじん

1章 ブルーム

第1輪 フラワーズ

 目を開けると、真っ白な天井が広がっていた。


 「ここ、どこだ?」


 ひどく頭痛がする気がするが、何かに頭をぶつけたのだろうか?そのせいで自分の記憶が飛んでしまっているのか。

 重い頭を抱えながら起き上がるとそこは病室だった。やはり、何か事故にでもあって入院しているのかもしれない。

 俺以外は誰もいなかった。窓は少し開いていて、昼間なのに少し涼しい風が頬を撫でている。もう夏も終わったのか。

 最後にある記憶は、夏休みに友達とプールに行ったことだ。あの時の暑さと比べるとだいぶ涼しくなったものだ。

 俺は病室内をぐるりと見渡し、花瓶に花が生けられているを見つけた。名前はわからない。オレンジ色で綺麗に咲き誇っている。まだ生けられたばかりなのだろうか。

 その近くにはカレンダーもあった。2014年10月のページになっている。ということは、最後の記憶が2014年8月だからそこから約2ヶ月が過ぎているということになる。


 「俺、そんなに寝てたんか。」


 自分の意識がないまま2ヶ月経っていたなんて、10年生きていて初めてのことだ。もう少し大人になって同じ状況になってたら、ことの重大さを認識できたのかもしれないが、まだ10歳の俺は今一理解できていない。

 そもそも10歳でこんな経験できたことの方がレアなんじゃないかと少し高揚感を覚えた。クラスの友達に自慢できるな、と子供ながらの優越感に浸っていた。

 しばらくすると、廊下から歩く音が聞こえドアが開かれた。

 現れたのは母さんだった。

 母さんは、俺を認識すると手に持っていたバックを床に落とし、俺の元へ駆け寄ってきた。


 「神流かんなっ。よかった。やっと起きてくれたのね・・・本当によかった・・・」


 母さんは俺に抱きつき、嗚咽を漏らしながら泣いていた。

 やっぱり、相当やばい状況だったんだなと母さんの姿を見てやっと理解できた。


 俺が目覚めた後は、病院の先生に色々確認やら検査やらされて大変だった。結局落ち着いて母さんと話をできたのは夕方になってからだ。

 母さんの話によると、やっぱり2ヶ月ほど眠っていたらしい。いわゆる植物状態というやつで、脳の一部が機能しなくなってどうとかって先生も話してくれたけど、なんのこっちゃわかったもんじゃなかった。

 とにかく、すごく大変な状態から意識を取り戻したんだということだろう。

 母さんは、あの日のこととこの2ヶ月何があったか話を聞かせてくれた。

 あの日は、天気が良く、気温も35度を超える猛暑日だった。しかし、午後になって天気が急変し、空は真っ黒な雲に覆われ、日本中で大雨に見舞われた。場所によっては暴風雨となり、河川の氾濫により洪水が起きたり、土砂崩れが起きたりしたらしい。

 そして、この黒い雲は今までに観測されたことがない雷を各地に落とした。それが黒い雷。この雷によって多くの人が被害に遭ったようだ。

 しかし、驚いたことは、この雷に打たれて死んでしまった人は誰もいなかったということだ。全員、俺みたいな植物状態になっていた。

 さらに驚いたのは、この植物状態になった人は個人差はあれど、目覚めるということだ。人によっては1週間くらいで目覚める人もいたらしい。もちろん、未だに眠っている人も多い。

 俺も2ヶ月前にプール帰りの時に、この黒い雷に打たれて、それでこの病院に入院した。友達も同様だったが、その友達は俺よりも1週間早く目覚めて、もう学校に行っているらしい。

 実はこの異常気象は日本だけの話ではなく、世界中で発生し、黒い雷による同様な被害も出ている。

 この黒い雷による被害者には共通点がある。それが、体のどこかしらかに植物の根や蔓、葉のようなアザができていることだ。

 先生曰く、雷に打たれた人は放電による火傷でそのような跡(リヒテンベルク図形というらしい)ができるが、それとは違って刺青のような精巧に彫られた跡のようだという。

 実際、俺にも右腕にそのアザができている。世間では根っこのような模様から「ルート」と呼ばれている。

 10歳の俺からしてみれば、この特別なアザは何か特殊なもののような感じがして、かっこいいって思っていた。なんか特殊能力とか出たらいいのにと心の中で淡い期待を抱いていたのを覚えている。

 そういえば、これは関係ないが、雷に打たれてから髪の毛が癖っ毛になった。これに限っては、先生も偶然だと断言した。

 母さんが帰ったあと、一通りこの2ヶ月に起きたことを聞いた俺はベッドに寝転がって真っ白な天井を見つめながら、頭の中を整理した。

 といっても、頭の整理なんてかっこつけていたものの、頭の中はクラスのみんなにどう自慢話してやろうかでいっぱいだった。この時癖っ毛になった髪の毛をクリンクリンしながら不敵な笑みを浮かべていたと、看護師さんから聞いた時は死ぬほど恥ずかしかった。

 俺はもう1日だけ入院生活を送った後、無事に退院し元の生活へと戻った。学校に久しぶりに行く日も、早くみんなに会って話をして、アザを見せつけてやると心躍らせながら登校したが、すでに退院していた友達が一通り話をして盛り上がった後だったので、みんなからの反応は薄かった。


 その後の俺の生活は平凡そのものだったが、世界の状況は変わった。

 約1年半後くらいに、アザを持つ人間が特殊な能力に突然目覚め始めたのだ。その特殊能力を得ると同時に、アザも変化した。アザは花などの植物の模様に変化した。これがなんの意味を持つのかは不明だが、この模様の変化から特殊能力に目覚めることを「開花」、この元凶となった黒い雷を「ブルームライトニング」と呼ぶことになった。

 そして、開花した能力者たちのことは「フラワーズ」と呼ばれるようになった。

 このフラワーズは、台頭初期に自分の力を誇示するように世界各地で事件事故を起こすなど、治安悪化を助長した。これに世界は危機感を覚え、国単位でフラワーズを管理することに決めた。これにより、一時的な極度な治安悪化はなくなったが、それでも国に従わずに、独自に暗躍し悪事を働くフラワーズもいる。

 この国の管理を受けないフラワーズは「シンフラワーズ」と呼ばれ、国の制圧対象となっている。

 日本では、シンフラワーズに対抗するために国家直属のエリートフラワーズである「ロイヤルフラワーズ」を設置した。ロイヤルフラワーズとシンフラワーズの戦いは年々激化したが、最近ではシンフラワーズの動きが鈍くなったため、大きな戦いは起きていない。

 この背景には、ロイヤルフラワーズだけではなく、都道府県単位でシンフラワーズを監視する組織「ジェネラルフラワーズ」が設置されたのが大きい。これにより、シンフラワーズは自由に活動しにくくなったのだ。

 それでも、シンフラワーズの人口も少しずつ増加してきているらしい。みんな正義のヒーローより悪のヒーローに憧れているのかもしれない。

 俺がブルームライトニングに打たれてから7年の間に、この情勢へと変わっていった。当然、俺も開花することを期待していたのだがいつまで経っても開花する兆しがない。

 5年くらい経った頃には、もうどうでも良くなっていて、平和に暮らしていければなんでもいいって思うようになっていた。そこからさらに2年経ち、俺は高校2年生へとなった。

 このまま高校生活を送って、大学に行って、普通に働いて、家族持って、そういう平凡な人生を想像していた。しかし、この夏俺の人生は一変するのだった。

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