普通の高校生がヒーローになるとき

松本タケル

老人と『赤い空き缶』

 高校二年生のカズヤは、自宅から徒歩で十分ほどの距離にある駅から通学をしている。郊外にあるそれほど大きくない駅だ。駅の近くには、滑り台と2つのベンチがあるだけの小さい公園があった。カズヤはいつも、その公園を横切って駅に向かった。


 公園にはホームレスの老人が住みついていた。いつも、同じベンチに座り、虚ろな目でぼーっとしていた。心ここにあらずの様子だった。


 髪は伸び放題。手入れされていない長いひげ。風呂に入っていないため顔は黒光りしていた。茶色く汚れたシャツの上に破れた雨がっぱを着ている。脇に置かれた大きなカバンは穴が開いており、泥だらけだった。


 カズヤは多くの人と同様、公園を横切るときに近寄らないようにしていた。


 カズヤは理系を専攻する高校生。成績は中ぐらい、スポーツもそこそこできる。男子だけでなく、女子の友人もそこそこいる。ひいでた部分は無かったが、大きく劣った部分もない普通の高校生だ。

 自分では、「どれもそこそこできる人は意外といない」と自負していた。宇宙や科学が好きで、その手の本をよく読んでいた。それのためか、周囲を観察するくせがあった。


 ある日、帰宅途中に公園を横切ったとき、老人の様子がいつもと違うことに気が付いた。カズヤは老人が座るベンチから数メートル横に離れた、別のベンチに腰かけた。


 老人は電話をしているようだった。しかし、耳に当てているのは携帯電話ではなく、『赤い空き缶』 だった。


「おお、今、少年が一人、通ったぞ」

 老人が空き缶に話しかけた。


(あれ、オレのことか)

 見られたと意識していなったカズヤは驚いた。しかし、老人はカズヤが座るベンチを気にする様子はなかった。


(いつもの印象とは違うな)

 虚ろな目をしたいつもの老人とは違い、意思を持って誰かと話していた。


「学生服をきた少年じゃ。縁が黄色いメガネをかけてな。正直、メガネのセンスは良くないの」

(オレのことだ)

 カズヤは確かに縁が黄色の眼鏡をかけている。友人にセンスが悪いと言われることもあったが、自分では気に入っていた。


(誰と話しているんだ? 頭がおかしいだけか?)


「おっ! そっちにも黄色メガネが通ったのか。奇遇じゃのぉ」

 老人は頷きながら、楽しそうに会話を続けた。

「おうおう。そっちは、服装は赤のTシャツか。ピンク文字で 『青春』 と書いてあるって? それはセンスがないのう。こっちの黄色メガネの方がマシじゃ。ハッハッハー」


(なんだよ、馬鹿馬鹿しい)

 カズヤは付き合う価値がないと思い、その場を後にした。

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