第23話「新たな出会い」

 ヤマワとの対話を終えてからも、タイカの脳裏から釈然としない思いが消えることはなかった。

(犯罪行為を決意させる要因自体を取り除かない限り、犯罪行為への介入は意味がないのではないか)

 しかし、ヤマワは動機を生む土壌も市民の選択の結果だという。それを制御する権利があるのは市民自身であり、その代表者である政治家である。ヤマワはそれを「秩序」と呼んだ。

 タイカが秩序に介入しようとすれば、必然的に法を逸脱した手段を講じるほかなく、それは本末転倒であるし、きっと多数の賛同も得られない。それどころか、今以上にタイカを脅威とみなす人が増えるだろう。

 それがヤマワの主張だった。

 正義を追求すればするほど、誰のための正義かわからなくなってくる。誰かを救うたびに、誰かを敵に回している。タイカはそんな気がしていた。

 とはいうものの、タイカはあいかわらずエマニが抽出した介入案件の優先順位に従ってヒーロー活動を続けている。他にすることがないのだ。

 時々市民の反応を伺いながら抽出パラメータに改修を加えたが、何か明確な目的があるわけでもなく、むしろいきあたりばったりの改修なので、その方向性にはまるで一貫性がなかった。

 それまでは優先順位の低かった富裕層の子供や女性が突然上位にきたかと思うと、次の改修では貧困層の大人より順位が下がった。

 大人より子供の優先度を上げるため更に改修を加えると、今度は介入の緊急度がないがしろになり、人里離れたドライブウェイで単独事故を起こし、今まさに絶命の危機が迫っている大人より、酔っ払った複数の大学生が、一人で歩いていた暴力団員に喧嘩を売ったあげく返り討ちに合っている案件が上位にくるといった具合だ。

 タイカの存在は、たしかに人々の生命を救った。彼がヒーロー活動を始めてから最低でも100人以上の人間が、取り返しのつかない危険から生還できた。事件や事故を問わず、当人になんの落ち度もない人々が半分あきらめた自分の命を、タイカによって拾い上げることができた。

 ところが、問題はタイカに直接救われたことがない、多数の第三者だった。タイカの存在が大勢の人に知られていくにしたがって、タイカに対する意見や印象は多様を極めた。タイカを振り回している要因は、けして溶け合うことのない部外者の無責任な意見なのだ。

 そんな中、唯一タイカと対話できる人間がヤマワだった。タイカはヤマワと対話することで、自らの意見の側面を見ることができた。地球人として考えるヤマワは、タイカが得ることのできない視点をもたらす。タイカとヤマワの意見が混ざり合うことで、タイカは地球における現実的な発想を手に入れていた。

(今抱えている不安や違和感は、きっと答えを見出す過程の試行錯誤なのだ)

 そう考えることで、タイカは前を向くことができた。


 そんな地道な努力を続けていたある日、一人の若い女性と出会った。

 タイカはその日のヒーロー活動を終え、ヤマワの部屋を目指して夜の街を飛んでいた時、エマニがタイカの聴覚からかすかな銃声を拾ってタイカの網膜ディスプレイにアラートを表示した。

 銃声が微弱過ぎて位置の特定までには至らなかったが、音源の方向は計測できた。タイカは進路を変更して高度を下げると、飛行しながら赤外線スキャンで眼下を映し出した。

 街の中なので熱の分布は四方にあったが、その中から発砲による熱の痕跡を見つけだした。それはビルの非常階段の中ほどにあり、その下階には2つの熱源が下に向かって動いている。熱源のシルエットは人型で、その様子は明らかに追う者と追われる者だった

 タイカは急降下してその熱源に向かった。視覚をナイトビジョンに切り替えて非常階段に近づくと、女性が大きな足音を響かせながら階段を駆け下り、それを大柄の男が追う様子が見て取れた。上空で見た時は一階分の距離があったのに、男はすでにその半分まで距離を詰め、階段の途中から彼女めがけて飛び降りようとしていた。

 タイカはその瞬間を逃さず加速すると、男が彼女にふれる寸前に突き飛ばし、男共々ビルの壁に跳ね返って階段に転げ落ちた。

 衝撃で男は気を失ったらしい。打ちどころが悪かったのか、無抵抗のまま階段を滑り落ちて踊り場で止まった。タイカが何事もなかったように起き上がると、上の方で呆然と立ち尽くす女性に向かって言った。

「もしかして、この人知り合いじゃないよね」

 タイカの問いにも即応することができず、ようやく「えっ?」という声が彼女から漏れ出た。

「僕余計なことしてないかなと思って。念のため」

 タイカにそう言われても、呆然としている彼女に意味を理解する余裕はない。力なく座り込むと、タイカを仰ぎ見た。

「いや…、急に襲われて…」

 タイカは、自分の手のひらを男の右手の甲に置いた。

「エマニ。手に付着している物質を分析しろ」

 網膜ディスプレイに表示されたリストには、鉛や亜硝酸塩などの発射残渣を示す物質が検出されていた。

「銃で撃たれたの君だったんだね。怪我はない?」

 タイカに言われてようやく我に返った彼女は、自分の全身に触れて流血がないことを確認した。

「大丈夫みたい」

「それはよかった」

「その人死んじゃったの?」

「とりあえず生きてるよ。警察には通報したから、すぐ来ると思うけど…」と言い終わらぬ内にサイレンの音が近づいてきた。

「じゃあ、僕は行くよ」

 飛翔のために上空を見上げるタイカを見守っていた彼女は、突然ひらめきを得たように表情を変え、「ちょっとまって!」と声を上げた。

 タイカが驚いて女性を見る。

「どうしたの?」

「あなたにどうやって連絡したらいいの?」

「れ、連絡?」

 思わぬ要求に面食らったタイカだったが、リアクターの稼働率を下げると、タイカは彼女に向き直った。

「連絡って僕に?」

「あなたエイリマンでしょ?」

「そうだけど、直接助けを求めてきても、その時の状況で行けるかどうかわからないよ」

「助けを求めてるのが一万人でも?」

「いちまんにん? 同時に?」

「同時に」

 タイカには一万人が同時に助けを求める様子を想像することができなかった。そして、それが彼の好奇心に火をつけた。パトカーのサイレンがすぐ近くまで迫っている。

「じゃあ、送信先を入力するから携帯端末貸してくれる?」

 タイカは彼女から端末を受け取ると、その端末に自分のネットワークアドレスを送信した。

 端末のディスプレイに「連絡先:エイリマン。登録完了」のメッセージが表示されたのを確認すると、タイカは彼女に端末を返した。

「君の端末からしか受信しないようになってるから」

「わかった」

「それから、できればテキストメッセージにしてくれる。音声だとゆっくり考えられないんだ」

 彼女は笑った。

「スーパーヒーローなのに、けっこう不器用なんだね」

「まだ慣れなくてね」

「どんなことに?」

「まぁ、色々だよ」

 さすがに「人間に」とは言えず、タイカは「へへっ」と照れ笑いを発すと、「じゃあね」と言って上空に舞い上がった。


 次の日の朝、早速彼女からメッセージが届いた。

 タイカはこれから出かけようとしていたところで、シャトルと地上を結ぶエレベーターの中にいた。網膜ディスプレイに介入リストを開き、今日最初の対象者を選別している真っ最中で、唐突に開いた通知ウィンドウに「メッセージを受信しました」という文字を見つけ、彼女の事を思い出したのだ。

 脳内コマンドでチャットウィンドウを開くと、「安藤陽和」という名を送信者の欄に見つけた。

「警察署で夜通し事情聴取を受け、今自宅に戻りました。これから寝るんだけど、忘れない内に話そうと思って。起きてた?」

 タイカは言語野から直接入力できるテキストでチャットを始めた。

「これから出かけるところ。名前なんて読むの?」

「アンドウヒヨリ。でもみんなヒワって呼ぶの。だから君もそう呼んでいいよ」

「わかった。で、早速だけど一万人が助けを求めるってどういうこと?」

 タイカがメッセージを送信すると、返信の代わりに写真が届いた。その写真は東京の大通りをデモ行進している大勢の人々だった。

 タイカが写真を眺めていると、すぐに次の写真が送られてきた。同じ大都市だが、店の看板がすべて漢字だ。次の写真はニューヨークだった。有名なタイムズスクエアが写っている。その次はロンドン、次はローマ。ヒワは複数の都市の写真を送りつけた。そして、それらのすべてにデモ行進している人々が写っている。

「なにこれ?」

 タイカが言うと、ヒワはすぐに答えを返した。

「世界中で行われてる『主権国家廃絶運動』のデモ行進」

「主権国家廃絶?」

「そう。平たく言えば、地球を一つの国家にしようってことよ。この運動のこと知らなかった? けっこう世界規模で盛り上がってるんだけど」

 タイカにとっては初耳だったが、それはタイカが個人的に興味を引かなかっただけかもしれない。星全体が一つの秩序で運営されている環境で育ったタイカにとっては、むしろ国家が乱立する地球の方が珍しかった。集団を構成する個人が、各々独自の秩序で行動しているようなものだ。エリーは自国の亜空間研究が他国に遅れを取らないよう色々と苦心していたが、あれは単なる競争原理だと思っていた。しかし、今思えばあれは熾烈を極める国家間の生存競争だったのだ。

「実は私、この運動の日本支部長をやってて、今週の日曜日に東京で大規模なデモを計画中なの。でも、それを快く思わない人がいて、運動の拡大を阻止するために活動を妨害や嫌がらせが多発してるのよ」

「もしかして、昨日襲われたのもその一味?」

「そう。他の国では護身用に武装してるんだけど、日本じゃそうもいかないからね」

「ってことは、つまり僕にボディーガードになれってこと?」

「まさか。そんな図々しいことは言わないわ。ただ、デモを狙われると運動の士気にかかわるし、連中もそれを承知で妨害工作をしてくるだろうから、あなたが抑止力になってほしいの」

 つまり、タイカにもデモに参加してもらい、その存在を敵対者への威圧にしたいということだ。

 タイカは「ちょっと考える」と言って通信を終えた。

 主権国家と武器。

 これは一見関係なさそうに思えて、実は表裏一体だ。国によって自己防衛できる市民とそうでない市民がいる。国によって裕福な市民とそうでない市民がいる。国によって秩序や正義の形が異なる。

 多様性はこの宇宙の基本原理だが、それは物理的な法則に則っているに過ぎない。言ってみれば物理現象の観測結果だ。

 しかし、秩序の多様性となると話が変わってくる。それはもはや雑多や混沌の類で、観測結果を正確に把握することすら困難となる。同じ物体を見るにしても、可視光と電波では見え方がまるで違う。

 そんな無秩序の中では、自ら身を守らざるを得ない。自衛は生命体にとって当然の行為であり、生理的にもその機能を有している。であれば、概念的にも武装することは理にかなっているのではないか。

 武装自体が抑止になり、それでも危害を加えようとする相手に対して、有効な反撃手段になる。国家権力がすべての市民に等しく安全を提供できないのであれば、市民は自らを防衛する権利を持つはずだ。

 ヤマワの家に立ち寄った時、タイカは市民が武装することの合理性についてヤマワに尋ねてみた。

 ところが、ヤマワはその合理性に直接回答はしなかった。彼がタイカに対して行ったのは、各国の武器保有率と犯罪率の因果関係だった。その上で「市民が武装しても犯罪は減らない。武装は無意味」と結論づけた。しかし、ヤマワが示して統計値には、武装によって実際に犯罪被害を食い止めることができた比率は含まれていない。それがタイカには腑に落ちなかった。

 

 ヒワへの返事ができないまま3日が過ぎ、タイカはあいも変わらず忙しく人を助けていた。今では警察に連絡するより先にネットで助けを求める人が増えた。エマニはそれらの投稿もリアルタイムで監視しており、それ以外の情報と照合しながらタイカにアラートを出している。

 タイカがヒーロー活動を始めてから半年が過ぎ、多少の紆余曲折があったものの、それでもタイカのおかげで命拾いをした人は少なくない。それなのに、今はまったく気分が晴れない。助けた人に感謝されても、(他に助けなければいけない人がいたのでは?)と思ってしまうのだ。

 その最も典型的な事件が、エマニによってもたらされた。病院のナースステーションに、看護師を人質にとって立てこもっている男がいるという110番通報を傍受したものだ。

 警察は滅多なことでは強行突入しない。時間をかけて犯人を説得し、人質共々安全に解決することを常としている。

 ところが、今回は時間的な制約があった。立てこもっているナースステーションは重病の患者を多く抱えるICUの病棟であり、事件のせいで看護が滞っていたのだ。はやく事件を解決しなければ、病棟の患者たちが放置されてしまう。

 警察無線には現状を打開するための議論が進んでいたが、なかなか有効な手段を見いだせないようだった。

 現場上空に到着したタイカは病院の周囲を観察した。

 警察はまだ到着していない。野次馬もいないので、事件発生間もないのだろう。110番が迅速だったのか、それ以外に事件の情報が外部に漏れた形跡はない。

 タイカは屋上から階段を通って2階まで進み、複数のスキャナーを駆使してナースステーションの様子を捉えた。

 犯人は非常階段を机やソファでブロックした上で、ナースステーションの目の前にあるエレベーターを監視していた。手には猟銃を抱え、人質の看護師たちを床に座らせている。患者たちは病室にいるのか、廊下に人影はなかった。

 年配の看護師長が男を説得する声が聞こえた。

「お願いです。患者さんのところに行かせてください。さっきの音聞こえたでしょう。あれはナースコールなんです。このフロアの患者さんは皆重病を抱えていて、私たちの助けが必要なんです」

 タイカはその間、犯人の制圧方法を考えていた。猟銃はやっかいだが、同じ部屋にいるとはいえ、壁際の床に座る人質とカウンターに陣取る犯人とは、多少の距離がある。犯人に重力子弾を打ち込んでひるませた間に取り押さえる方法が一番確実だが、重力子弾を打ち込むためには、犯人の直線上にタイカが立たなければならないので、不意打ちができない。

 タイカは可能な限りナースステーションに近づいたが、廊下伝いではナースステーションが見えた時点でタイカの姿も犯人の視界に入る。

(困ったな。こういう時のオプションがないや)

 仕方なく、タイカはまず犯人の気をそらすことにした。低出力の重力子弾で廊下の突き当りにある窓ガラスを割り、犯人がナースステーションから顔を覗かせた瞬間を狙って頭に重力子弾を当てることにした。殺さない程度の出力を網膜ディスプレイ上でシミュレーションしてから、重力子弾の強度を設定した。

 その間、犯人は黙って看護師長の説得を聞いていたが、タイカが手のひらに重力子弾を作り出した直後、野太いが覇気のない声を喉の奥から絞り出した。

「患者はここにいる連中だけじゃないんだ」

 最初、あまりに滑舌が悪すぎて、誰も彼の言葉を聞き取れなかった。犯人はエレベーターに視線を固定したまま喋ったたので、タイカはおろか看護師ですら、犯人の独り言かと思ったほどだ。

「えっ?」

 看護師長が聞き返すと、犯人は初めて看護師たちの方を振り向き、もう一度同じことを言った。

「あんたたちを必要としているのは、ここにいる患者だけじゃないって言ったんだ」

「どういうことですか?」

 看護師が言うと、男はジャケットの胸ポケットからパスケースを取り出して看護師長の方へ放り投げた。

 看護師長はそれを拾い上げた。パスケースの表側は電車の定期券だったが、裏返すと一枚の写真が入っていた。

 そこに写っているのは、カメラに向かって力なく微笑む幼い女の子だった。病院のベッドで鼻に酸素チューブをつけている。

「娘には心臓の移植が必要なんだ」

 パスケースを覗き込んでいた看護師たちが、一斉に犯人の方を向いた。

「でも娘の順位は11番目だそうだ。11時間後でも11日後でも11ヶ月後でもない。11番目だ。その順番がいつ回ってくるのか、この世で知っている者は一人もいない」

 看護師たちは一人も言葉を発しないが、犯人に向ける視線の質は変わった。少なくともそこに恐怖の影はなかった。あれは患者の家族に注がれるものだ。同情でも哀れみでもない。運命を背負った者だけが体得できる慈悲の目だ。

「俺は家族を幸せにするためにがむしゃらに働いて今の地位を築いたのに、なぜ必要な時にその力を使えないんだ。娘の前にいる10人はどんな人間なんだ。娘よりたまたま登録が早かった以外に、どんな理由があるっていうんだ」

「でも…」

 看護師長が遠慮がちに口を開いた。

「お父さんが犯罪者になったら、娘さんがよけい悲しむんじゃないでしょうか?」

 すると、犯人は看護師長に微笑んだ。

「娘は俺のことは知らない。仕事にかまけて女房をほったらかしにした報いだ。娘が1歳にもならない頃に離婚した。娘の病気は女房の妹から聞いたんだ」

 看護師長は今度こそ説得を諦めた様子で押し黙った。

「俺の要求は娘の手術だ。手術が完了するまで俺はここを動かない」

「でも患者が…」

 看護師長が言いかけたが、犯人はそれを遮るように話し続けた。

「悪いが今は他人のことなんか知ったこっちゃない。俺の娘が生き延びることさえできれば、世界中を敵に回してもどうってことない。これは俺にとっての戦争なんだよ」

 壁によりかかってしばらく微動だにしなかったタイカだったが、ふと手のひらの重力子弾に気がついた。

 タイカはしばらく考えた末、一旦作った重力子弾を手のひらから消すと、静かにその場を離れた。


 上空に戻ったタイカは、次に行く場所も決めないまま、しばらく宙に浮いていた。眼下にはオレンジ色の雲海が広がり、ちょうど太陽がその海に沈もうとしていた。タイカは犯人の言葉を何度も頭の中で繰り返した。

「これは俺にとっての戦争なんだよ」

 戦争といっても色んな形があるが、彼の行為は私利私欲を目指す侵略戦争ではないだろう。娘を守るための戦争なら、自衛戦争か。

 タイカは立てこもり事件解決のためのやり取りが飛び交う警察無線に入り込み、短い提案を行った。

「銀座事件で押収したものに適用するのないかな。SWATの金田さんに証拠品どこにやったか聞いてみてよ」

 短い沈黙を挟んで後の警察無線は、まさに火に油を注いだような騒々しさへと変わった。突然割り込んできたタイカに怒号を発する者、金田を探せと絶叫する者、それまで飛び交っていた状況確認や命令に重なって、そのボリュームは増加の一途をたどった。

 火に油を注いだ当人は言いたいことだけ言って警察無線のリンクを切ると、次の現場を目指して静寂の高高度へ駆け上った。

「これは俺にとっての戦争なんだよ」

 犯人の言葉が、彼の表情と共にタイカの脳裏をかすめていく。意識して思い出しているわけではないのに、なんの前触れもなく湧き上がってくるのだ。

 タイカは思った。

(秩序がもたらす幸福は、万人が共有できるものなのだろうか。いくら少数を助けても、地球が変わらない限り根本的な解決にはならないのではないか)

 多数が幸せを感じるためには、その代償として少数の不幸が生み出される。

 そんな底なし沼のような虚無感がタイカの思考を捕らえようとした時、テキストメッセージの着信を知らせる通知音が響いた。

(おっと、あぶないあぶない。答えが出ない思考のせいで無限ループに落ちちゃうとこだった)

 我に返ったタイカは、「ジーク」という名の送信者に気を止めることなくメッセージウィンドウを開いた。そこには次のような言葉が並んでいた。

「ようやくおまえもオレの世界にたどり着いたな。会いに来い。お前が活躍できる場所を教えてやる」

 それまでタイカの思考を覆っていた虚無感は、無数の「?」に取って代わった。

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