地獄から

江戸端 禧丞

地獄界


 暗黒と火山や溶岩に支配された世界、荒れ果てた大地には見るも無惨な生物の亡骸なきがら、ここでは、特殊な生物以外は生きられない。通称、地獄だ。その大地にいくつかの城が建っている、それらの中で際立って大きくそびえ立つ漆黒の城に、甲高い怒鳴り声が響いた。


「ちょっと兄様!? アタクシのティーカップに何かいるんですけど!!?」


 漆黒のツインテールを赤いゴムで結んだ少女が、燃えるように真っ赤なドレスを揺らしてティーカップ片手に長い長い廊下を走っている。彼女の名前はフレイディア、地獄の王の妹だ。呼ばれた兄は、ゆっくりと気怠げに振り返った。その姿の造形美たるや、アーモンド型でルビーよりも深く赤い瞳、白磁よりも白く澄んだ肌、妹と同じ漆黒の長い髪、全てが宝石のように美しい。細身で長身の彼が身につけているのは、ゴシック調の青い軍服、この二人は双子である。


「んー?……あぁ、妖精の子どもだ、脱水症状で砂漠に埋まってたんだが、テーブルに放置していたのを忘れていた」


「……また勝手なことしてっ!自分の立場分かってる!?ここ数百年で何階層下を作られたと……あ、もうっ!この子溺れそうじゃない!!」


 フレイディアの金切り声に、若干のしかめっ面を浮かべたのは地獄の王、フレイディン。説明する為に発言しようとしては、フレイディアに言葉を被せられている。彼はこれでも全階層中、最も階層が多い地獄階層の管理を受け持つ王だが、ただ一人の肉親であり愛する妹には頭が上がらない。


「全く……砂漠の階層まで何しに行ったんだか、あそこに食べ物なんかないでしょ。大体、採集なんて給仕係の仕事じゃない?」


「気分の問題だ、それよりフレイディア…お前はいつでも元気過ぎやしないか?」


「そんな事は気にしないの!精霊王に早く返さないと…また一層下の階が出来ちゃうでしょ…」


 フレイディアは目を閉じて首を左右に振ると、ガックリと項垂うなだれて恨めしそうに兄を見やり、片手に持っていたティーカップの中から小さな妖精をつまみ出し、フレイディンの胸元に突き出した。


「ほら!妖精の子ども、持ってさっさと精霊界へ行って!」


「精霊界…どこだ?何階層だっ───」


 兄の言葉が終わる前に、妹のこぶしが頭に振り下ろされた。痛みが走った箇所かしょさすりながら、フレイディンは妖精の子どもを受け取るとブツクサと文句を垂れる。


「痛いぞ、フレイディア。俺達が堕とされて以来行ってないんだ、忘れるのも当然のことだろう?」


「アタクシは一瞬たりとも忘れた事なんてないわよ……痛がってる暇があるなら、451階層上まで急いで行ってきなさいっ!!たしか500階層までは魔法式エレベーターで行けるでしょ!?」


「フレイディア、誰に似たんだ…そんなに気性が荒くて、よく血管が切れないな」


 父は静かで厳格な人物であったし、母は優しくて穏やかな人物だった。何を間違えたら今の妹に結び付くのかと、自分の日頃の行いを棚に上げたまま皆目見当もつかないと、フレイディンは首を傾げる。その様子を見て、フレイディアは深い溜息をついた。


「兄様が色んな階層をフラフラしてるからよ!アタクシはシッカリしてるの!!ほら、早く行った行った、仕事は肩代わりしとくから」


「行ってくる」


 フレイディンは、妹の仕草にまた首を傾げながらも、いつの間にか、すぐ側に控えていた執事長に手渡された蒼い外套がいとうを羽織り、エレベーターに向かった。




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