ピギーズ
遙夏しま
チエブタ
幼い頃のわたしはすごく太っていた。目はまぶたに埋まっていて細かった。ほっぺたは丸く膨らんでこぼれ落ちそうだった。鼻はつり上がっていたし、息には「ふぅーふぅー」という音がまじっていた。
そして太るのも当然、人よりよく食べた。
チョコレートにアイスにケーキ、クッキー、キャンディー、ハンバーガー、ポテトチップス、ピザ、オレンジジュースにリンゴジュース、コーラ、サイダー。
両親や祖父母はやさしくて、わたしのお腹が空けば好きなものを好きなだけ食べさせてくれた。太るための食材にこと欠かなかった。わたしは食べたいものを次から次へと要望しては、出してもらったものを嬉々として咀嚼して腹に詰めこんだ。ありのままに生きる過程で肉をどんどん増やした。わたしの成長と肥満は一体で、大人たちはそれをよしとした。かわいがられていたと思う。そういう子供時代だった。
ものごころついたときには周囲からブタと呼ばれていた。「
呼び名についてわたしは、自分が豚みたいであるのだから、まあその通りだろうと認識していた。だってわたしは実際、よく食べるし、太っている。見た目もたしかに美人というよりはブサイク。本当に豚のようだから。「ブタ」と呼ばれるたびに、うん、そのとおりだなと思って過ごしていた。からかってくる兄弟には怒っていたが、呼び名について問題はなかった。わたしは太っていて、ブサイクな存在なのだから。然るべく、そういう呼び名がつくものなのだろう。
それで毎回こう思っていた。「別にいいよ」と。わたしは太った豚でありブサイクであり、それで友達は何人もいたし、兄弟とも毎日のように遊んだし、ブタと言われてもしムカついたら、言った奴のあだ名を言い返せばよかったし、両親も祖父母もやさしかったしたくさん甘えられたし、なにしろ好きなものを好きなだけ食べることができた。
幼少期、わたしはわたし自身が豚であることを問題にしていなかった。からかわれたりもしたけれど傷つきもしなかった。わたしは自他ともに認める太った豚みたいな人間だった。別にそれでいいと思っていた。わたしは充足していて幸せだった。
たしかに「いつか豚を卒業して豚じゃないものになってみたい」とは、うっすら心の奥底で思っていた部分もあった。けれどそれはかなり先の未来において、わずかばかり存在する可能性の物語であると知っていた。自分の人生に主軸というものがあるならば、わたしにとって豚でなくなることは、あきらかに主軸から大きく逸脱した出来事だった。
わたしにとって豚じゃなくなるというのは、海原へ飛び立った鳥が運命めいた強い風をつかむような、ごく特別なできごととの遭遇だった。吹くかもわからないその風が吹くまでは、自分は
チエブタの呼び名はわたしが小学校を卒業するまでつづいた。
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