第二章④

「犯人、つまり加害者のプロファイリングをするには、被害者とその周辺の情報を重要視しなければなりません。今出ている被害者の情報はこれだけですか?」

 椿はそう声を掛けた。

「あ、ひ、被害児童の詳細全て出します!」

 そう言って資料を慌てて取りに行ったのは、まだ一年目の新米刑事・土屋大貴つちやだいき。 彼は会議室の後ろにある長机で何やら資料をまとめている。早く持っていかねばという気持ちがあるのか、慌てて資料を集めているが……。

「……あれは転けるな……」

 椿がそう呟いた瞬間、何もないところで躓き、手に持っていた資料をばら撒いてしまう。彼はどうやらそそっかしい人物のようだ。

「おいおい……何やってんだよ~そこに何かあったか~?」

 そう言いながらも、ばら撒いてしまった資料を拾いに手伝いに行ったのは、体格の良い男性刑事・森本斗真もりもととうまだ。彼は大きい体を縮めながら机の下に落ちた写真を集めている。そんな彼らを見て、椿自らも手伝いに行く。

 一枚の写真が机の下に落ちている。それに手を触れた瞬間、感電したように手が一瞬痺れた。びりっとした感じだ。

「なんだ……」

 また触れる。今度は何もない。

「……静電気か?」

 そう思って納得しようにも違和感が溢れて仕方ない。ようやく床に張り付いたようになっていた写真を剥がし、写真の中で一匹のゴールデンレトリバーと微笑む少年を見る。

「これ……」

「え?……あ、その子が山下直人君です。で、その犬が直人君が大好きなレオンです。仲良さそうですよね、兄弟みたいに育ったって、お母さん言ってました」

 確かに彼らには絆がある。直人君からレオンには愛情が感じられ、レオンから直人君には信頼が見える。

「本当に仲が良さそうだ……ただ……この子には危険が迫っている……」

「分かるんですか!?危険だって……」

「あ~勘ですよ。昔から勘が良いのか、何となく分かったりするんです」

 椿はそう言って再び手に持つ写真に視線をやる。灰色のような影が、写真の中で微笑む直人君にまとわりついている。

「早く助けてあげないと……」

 椿はそう呟く。その様子をじっと遠くから鷹斗が見ていた。彼の隣には由衣がいる。彼女はふと鷹斗を見上げた。「鷹斗さん……?」さっきとは雰囲気の異なる彼に少し違和感を抱く。

 床に落ちたことによってページがばらばらになってしまった資料を、そっと土屋の手から取り、順番に並び替えてやる森本。彼は土屋のことを弟のように思っているのが見て取れた。

「あ、あの資料拾うの手伝ってくださり、ありがとうございます!これで最後です!」

 手に一杯の資料を持ち、椿の方へ振り返る。

「じゃあ、申し訳ないのですが被害児童のこと説明していただけますか」

 椿がそう言うと、土屋は「あ、僕ですか?説明するの僕で……」と少し困ったように一人の刑事を見た。彼の視線の先にいるのは長い足を机の下で組み、鋭い眼光を飛ばしているのは刑事三年目の立本浩一たてもとこういちだ。彼はじっと土屋を見ている……いや、睨んでいるのか……?

「あ、説明は……森本先輩、お願いします」

 土屋はそう森本に頭を下げる。

「ったく、お前はあいつを怖がりすぎなんだ。大丈夫だって。自分で説明してみろ、お前なら出来るから。少しずつ捜査にも積極的に関わっていけ。何かあったら俺がフォローしてやるから」

 森本はそう言って小さくなっている土屋の背中を叩いた。彼の励ましに一歩前、足を踏み出した土屋は手に持つ資料に力が入る。

「あ……み、皆さま、お待たせしてしまい申し訳ございません。今から被害児童三名について説明をさせて頂きます。まず、お手元の資料をご覧ください」

 会議室のあちこちからページを捲る音が聞こえる。

「児童A・古田凛ふるたりんちゃん、十二歳。七吉北小学校の六年生です。そして児童B・山下直人やましたなおと君、七歳。同じく七吉北小学校の一年生、そして三人目が児童C・荻原美咲おぎわらみさきちゃん、七歳。彼女も同じく七吉北小学校の一年生です。また、直人君と美咲ちゃんは同じクラスで、いつも一緒に遊ぶ仲の良い友達だそうです。最近は公園でお兄さんのトレーニングに付き合ったりしていると。また、この三人は“手つなぎペア”という……」

「そんなことはどうでもいいんだよ!ペアがどうとか、三人がどうとか、そんなんじゃなくて、三人はどうしていなくなったか、誘拐された経緯や当日のこと、関係者の証言、そういうのを俺たちは求めてるんだけどな~」

 そう言ったのは立本だ。土屋は口をつぐんでしまった。

「まあまあ、もしかしたらこういうところから事件解決の糸口が見つかるかもしれないだろ?お前も、いいから続き話せ……ほら……」

 森本は間を取り持ち、続きを話すよう土屋を促す。しかし、彼は下を向いてしまっていた。

「俺が続きを……。最初に“子供がいなくなった”と警察に通報があったのは、児童Aの古田凛ちゃんです。通報者は母親。いつもなら帰ってくる時間に帰宅せず、一八時になっても帰ってこないことを不安に思い、警察に連絡。近くの交番所員が自宅へ赴き、母親と共に凛ちゃんの帰りを待ちますが帰宅する気配もなく、届を出しました。そして翌週、山下直人君が消えた。ただ、直人君の家族が連絡する前に犯人から郵便物が届いています。それが三ページ目の資料にあるものです。その文言が封筒の中のディスクに記録されていました。犯人は被害児童が誰かを我々警察に見つけ出させたかったようですが、直人君の父親が連絡してきたことにより、犯人が言っている被害児童は直人君であると判明。そしてさらに翌週、荻原美咲ちゃんが行方不明に。娘が通っている小学校で事件がある、娘も攫われたと七吉署に通報があり、この三件の事件が発覚。犯人からの二つ目の郵便物にて同一犯によるものと判明。この二つ目の郵便物がこれです」

 森本はそう言って一通の封筒を捜査員と椿たちに見せた。

 封筒はよくある普通の茶封筒。サイズは単行本サイズだろうか。彼は捜査員に見えるように、封筒を開け中身を取り出した。入っていたのはまた、DVDディスクだ。

「ディスクの中身は?内容は?」

 年配の捜査員がそう言うと、森本は「我々もまだ内容は知らないんです。今から再生させてもらいます」と、会議室奥に座る女性警察官に手渡した。

 彼女はディスクに指紋がつかないよう、手袋をし慎重に取り扱っている。そして会議室上部からスクリーンが下り、部屋が暗くなった。

『そろそろ、三人目の児童も誘拐されたと気づいたかな。これは連続誘拐事件……君たちはそう思っているんだろうが……違うな。これは事件じゃない。まあ、その辺は自分で考えてもらうとして、君たちは今、事件解決の手掛かりがないことに焦っているだろう。だから、一つだけ解決に近くなるピースをあげよう。それはある人物に頼めばいい。むか~しにあの事件を解決に導いた少年がいたんだ~今はもう青年って感じなのかなぁ~確か名前は……何だっけ。でもその人に頼めばいいよ』

 映像はそこで停止した。

「……どういうことだ……」

「こいつが言う少年って何のことだ……」

 捜査員は口々にそう言う。

「椿さん、この人が言う“昔の事件”って……?この事件と似たような事件、覚えてませんか?」

「……覚えてるも何も……この事件の経験者だよ……俺は……」


♢ ♢ ♢

 

「四十住さん、話してもらえるかな……その……君が経験したこの事件と似たこと……。その中に解決の糸口があるかもしれない」

 大元にそう言われ椿は固く閉じていた口を開いた。

「……ええ。話します……」

 椿は一瞬、鷹斗の方を見た。「無理するな……」鷹斗からそう伝わってくる。

「十五年前、俺がまだ小学五年生だった時、放課後に仲の良いメンバーと怪談話をして遊んでいたんです。その次の日、メンバーの一人が欠席した。そして翌週、またメンバーが消えた。そしてさらに翌週、同じくメンバーが……。いくら捜査しても手掛かりは無く、証拠もない。おまけに犯人の目星すらつかない。警察も手詰まりでした。今回のように。そこで俺は父親に相談しました。父なら、こういうのが専門だろうって、子供ながらに思ったので……。そして何日かして、メンバーは全員戻ってきた。怪我もなく衰弱している様子もなく。覚えているのはここまでです……」

 大本は「ありがとう……思い出させて申し訳ないね」という。ただどこか腑に落ちないのか、椿の顔をじっと見た。

「君のお父さんは、どうやってこの事件を解決したの?子供たちはどうやって帰ってきたの?」と椿に質問する。

「それは……」

 椿は口ごもる。言っても信じてもらえない……。父は神父で、その事件を解決するために普通ではない手段で導いたこと。自分も生まれつき素質があり、この世のものではないものを視ることができ、祓うことができ、今もそれを感じているだなんて、普通の人間には言っても……。そう思った矢先、会議室が一気に暗くなった。

「え、あ、どうなってるんだ!?」

「なんで急に暗く……」

「おいおいおい、電球が一斉に切れんのか!?」

 と捜査員が口を開く。中には怒号を飛ばす人もいた。

「……これ……もしかして椿さんが……?」

 由衣が鷹斗にそう言う。彼は頷いた。

「椿……聞こえてるだろ?そんな負の感情出すなって……。一旦、外に出よう。な?休憩しよう……」 

 鷹斗はそう言って椿の肩に触れた。その瞬間、椿はバランスを崩し、膝から崩れ落ちる。その場に倒れる寸前、鷹斗に支えられ怪我だけは免れた。

「椿さんっ!」

 由衣が駆け寄る。

「大丈夫だ。気を失っただけだから。すぐに気が付く……」

 一連の流れを、汚れものを見るような目で見ている捜査員。あの大元でさえ、表情を崩していた。

「う……」

 顔を顰めながら、目を覚ました椿。

「……紫……?」

 由衣がそう呟いた。今、一瞬見えた椿の右目は淡い紫のような色だった。確かにそう見えた……由衣は椿をじっと見る。けれど今は普通の色だ。見間違いだったか……?首を傾げる。そんな様子に気づいた椿は慌てて立つ。

「あ、申し訳ありません。少しめまいが……。えっと、何の話を……あ、事件解決の経緯でしたよね……」

 椿はそう言ってその場を取り繕った。

 彼が正気になった途端、部屋は普通に戻った。

「あれ……なんだろ……」

 椿の話そっちのけで由衣は部屋の隅に佇む“黒い塊”を見ていた。

「七海さん……?どうかした?」

「あ、いや……あそこの黒いのって何なんだろうって……」

 もしかしてこの子も視えるのか……?鷹斗は由衣を見る。

「ねえ、七海さんももしかして視えるタイプ?」

「あ、どうなんでしょう……。椿さんに言われるまで、気付かなかったんです。でも最近よく見かけるな~って。だから、あ、自分も視えるんじゃないの?って思い始めて……。すみません、答えになってないですね」

 由衣はそう言う。


♢ ♢ ♢


 捜査の進展なく、初日が終わろうとしていた。捜査会議は一旦終了し、室内から捜査員は消えていた。鷹斗は二人に飲み物を買う為、自動販売機へ。

 その時、由衣は部屋の隅にある“黒い塊”を指差し、椿に言った。

「椿さん、あそこの……」

「うん。気付いてたよ。俺が負の感情に囚われたせいだ……」

 彼はそう言うと“黒い塊”に近づいた。由衣も慌てて後を追う。

「うん……やっぱり……」

 椿は室内に置いてある長机から真っ白の紙を一枚取ると、ハサミで人形ひとがたに切り抜いた。そしてその“黒い塊”を一撫ですると……

「あっ!黒くなったっ!」

 思わず声を上げた由衣。「これを燃やせば……」と椿は言う。

「ライターか何かないか……」

 辺りを見回して“火”を探す椿。

「これ使いますか……?」

 そう言って大元は彼にライターを手渡した。

「あ……大元さん……」

「私には見えないが、そこに何かあるんでしょう?」

「いや……これは……」

「君は……さんだったんですね……。私もお世話になりましたよ……四十住神父には……。君も使のですか?を……」

 言い訳を考えようにも咄嗟のことで上手い言い訳など浮かぶはずもなく、椿は大元の一言であっけなく撃沈した。

「……はい……」

「と言うことは……あの犯人が言っていた“解決に導いた少年がいた、今はもう青年って感じか”と言う言葉、この少年とは君のことですね……」

 大本にそう言われて、ただ頷くしかなった。

「私にだけでも、全て教えてください。君のこと、子供のころに体験した神隠しのこと……良いですね?」

「……分かりました……その代わり……」

「ええ。他の捜査員には言いませんよ。これは約束します」

 椿はその言葉を信じ、全てを大元に話した。

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