第54話 スキーの選手を選んだ

説明されて改めて見ると、その投影はただの写真ではなかった。最初は写真に見えたのだが、よく見ると雲が動いているし、風で木がわずかに揺れているようにも見えた。


「これは入れるタイプの写真だね」


私はハンナに説明するようにそうつぶやいた。


「存じております。わたくしも小さい頃、似たもので遊んだことがございます」


これは確かにコンピュータが生成した、写真のように精巧なCGだ。ただひとつ違うところは、このCGの世界に私たちが実際に入って遊ぶことができる。実際の物理法則も、設定によるがほとんど再現される。これも魔法と科学の融合によって生み出された遊具である。


「重力加速度は9.8、地球と一緒だから地球でしか経験していない者でもスムーズにプレイできるだろう。月との重力の違いには気をつけろ。それから、あらゆる悪天候・吹雪や雪崩は起きない設定になっている。怪我しても、知っていると思うがコンピュータから出れば回復する。リタイアも可能で、ゲーム内で詳しく説明する。他に質問はあるか?‥‥無いようだな。出たい奴は手を挙げろ。おい、お前は6年生だろう、挙げていいのは4年生だけだ」


何人かが次々と手を挙げた。


「ユマさま、どうされます?」


ハンナが尋ねてきたが、私は首を振った。


「パスかな。あれは技力向けのゲームだと思う」

「出る」


突然、後ろから声がした。


「‥クレア、確か技力クラスだったね」


クレアは黙ってうなずいた。


◆ ◆ ◆


クレアを含む10名が、次々とステージに上って横一列に並んだ。私たちが1着を予想する時間だ。

10人のうち9人はやはり技力クラスで、残り1人は魔力クラスだ。クレア以外によく知っている顔はないが、マチルダの取り巻き2人が含まれていた。薄い緑色の髪の毛を三編みに結んだアージャも、ここにいた。


「ハンナ、どの人にする?」

「‥わたくしは特にポイントが欲しいとは思っておりません。ラジカさまを応援いたします」

「私もだよ」


正直、ポイントとか勝ち負けとかはあまり興味ない。カタリナに負けたのは心残りだが、あの様子だとこれからも挑戦の機会はあるだろう。

と、ここでオードリーが誰かに呼ばれたらしく、ステージを下りた。しばらくしてステージに戻ったオードリーは、そこに並ぶ10人を差し置いて、ステージの真ん中に立ってマイクを掴んで叫んだ。


「お前ら、ここでひとつルールの変更がある」


会場がざわめいた。


「副賞は7ポイントの奴に与えるが、一番最初に10ポイント手に入れた者には、賞として生徒会長が抱いてくれる。必要なら技力に関するアドバイスもやろう。ただし本来の賞も同時に受け取ることもできる」


生徒会長、まるでアイドル扱いである。一種の気味悪さを感じる。私は事実を知っているわけではないが、これをカタリナが考案したとは思いたくない。確かにカタリナは顔立ちもスタイルもいいが、そこまでして熱烈に支持する人は少ないだろう。私がそう呆れ返っているのと裏腹に会場全体が歓声で沸き立ったので、私は目を丸くして周りを見た。主に男子が興奮している様子だった。


「‥‥男、うざ」


学園一のエリートとあって女子も一部が嬉しそうにしていたが、主に男子の興奮ばかりが目についた。私は目を細めてため息をついた。しかしすぐに私は我に返った。

これは体の密着だ。私は別にカタリナに恋しているわけではないが、姉が仮に男を作るようなことがあったら、妹として不安に感じる。もちろんカタリナは簡単に恋人を変えるような人ではないのだが、それでもカタリナがこれまでに抱いた人は、知る限り、家族と私くらいだ。家族以外の人を抱くというのは、カタリナにとっても私にとっても重大な事件に思える。

やっぱり惰性でクレアに投票するのではなく、本気で1着を決めよう。そう思って、私はふとハンナのほうを振り向いた。


「ねえ、ハンナ‥」


私はそこまで言って口をつくんだ。ハンナが目を細めて、目を皿にして一生懸命に、ステージにいる10人を見極めていた。あまりに熱心だったので、私はそれ以上言葉が続かなかった。


「はぁ‥」


ハンナが疲れたのか椅子にもたれたのを見て、私は声をかけた。


「ハンナ、大丈夫?」

「‥‥10ポイントはわたくしが取ります」


まるで背中に火がついたようだ。ハンナの情熱で私もやけどしそうだ。


「生徒会長にハグされたいの?」


私がそこまで尋ねるとハンナは急にしおらしくなって、目を伏せた。


「‥‥いえ、その‥わたくしは不快でございます。ユマさまがハグされるような事態は避けないと‥‥ただでさえキスは確定でございますのに‥‥」


そう小さい声で言われた。


「‥‥あっ」


嫌なことを思い出した。宝探しでカタリナと負けたら、キスするという約束だった。私はカタリナと互角に戦えた興奮ですっかり忘れていたが、ハンナはしっかり覚えていたのである。カタリナはこんなことをころっと忘れるような人間でないというのは、周知のとおりである。私は気まずそうに、ハンナから目をそらした。


「‥‥‥‥う、うん」


そして、手で自分の唇を覆い隠した。急に恥ずかしくなってきた。

私は女同士に性を感じない。女同士のキスはあまり馴染みがないし避けたいものだが、罰ゲームか何かとしてやるぶんにはカタリナとしても構わないと思っている。ハグなど月に来て告白される前は日常的にされていたから、好き嫌い以前に疑問も持たず無意識に続ける習慣そのものだった。だが、ここは学園だ。学園祭のひとときなら問題はないのだが、ああしてゲーム大会の賞品として提示されたからには、衆目の前でハグすることになるだろう。その時に、周りがどのような反応を示すのだろうか。私とカタリナは変な目で見られたりしないだろうか。特にハンナはどうだろうか。そう思って、私はちらっとハンナを見直した。

その必死な横顔を見て、ひとつ思いついた。ここでハンナを勝たせればいい。ハンナは私とカタリナのハグを嫌うだろうし、いっそのことカタリナが私以外の女子をハグすれば万事解決である。

よし。私は静かにうなずいた。


「ハンナ、クレアに関係なく強い人に入れたいんだね」

「はい」

「私も手伝ってあげる」

「えっ、ユマさま‥?わ、分かりました」


ハンナは少々の戸惑いを見せたが、快くうなずいた。

ハンナも私も、ステージを凝視した。


今回参加するのは10人。クレア、アージャの他に、同級生が8人いる。


「この中で技力の成績が一番いいのはアージャさまでございますね」


ハンナの言う通り、アージャはレイナほどではないがかなりの優等生である。そして、レイナと行動をともにすることが多く、将来は生徒会を目指しているとかいないとか。一番票を入れやすい相手だ。


「だけど、スキーといえばベルルかな」


そのアージャの2つ隣りにいる男子を、私は指差した。青髪の目立つ、元気のありそうな男子で、これまた技力クラスでの成績はいいほうだ。ベルルは、スキーが得意だと聞いたことがある。クレアがスキーをしているという話は聞いたこともないし、単純に技力の成績で比較すべきではないだろう。


「ですが、スキーのコースは急傾斜であるように見受けられました。ベルルさま、果たしてそのような経験はおありでしょうか‥?」

「確かに急だし、観光地にあるような安全なコースって感じではなかったね」


それもそうだ。フラッグこそ立っているものの、このコースはうっかりわきにそれたら即遭難しそうに見えた。CGなので何でもありということでこのコースになったと思うのだが、本来のスキーの技術に加えてサバイバルも必要に見えてならない。

と、私の思考を見透かしたように、誰かが挙手した。


「オードリー書紀、質問です!」

「む、何だ?言え」

「コースから外れたらすぐリタイアですか?」

「違う。リタイアはあくまで本人の申告だ。コースを外れても復帰することができるし、詳細な地図は見せられないがショートカットも認める。ただし、本人が応答しないか、身の危険が高いとこちらで判断した場合は強制的にリタイアさせる。全員リタイアした場合、誰にもポイントは入らない」

「ありがとうございます」


腹は決まった。


「ハンナ、ベルルにしよう」

「わかりました、ユマさま」


このあと、オードリーの案内とともにスマートコンを操作して、私とハンナはそれぞれ投票した。

ハンナはベルル、そして私は一番技力の成績が悪いクィオデールという男子に投票した。ハンナを勝たせて、私が勝つわけにはいかないのだ。

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