第55話 スキーレースが始まった

投票の進む間、ステージに並んでいる選手たちは、次々と壁に投影されているCG映像の中に入った。生徒会の人が台を運んできて、それを踏んで壁の中に入るように消えていった。ほどなくして画面に、スキーウェアを着てスキー板を足につけた選手たちが見えた。みな、ストレッチやウォーミングアップを始めている。

画面に重ならないようにステージの端にマイクを持ってきたオードリーが、メモを見ながら説明を始めた。


「投票はこれで終わりだ。これより投票順位を発表する。1番人気はアージャ、16票」


新5年生は全員で60人、うち10人が選手なので、残る50人のうちの16票と考えるとかなり多い。会場は「おおおおー!」と、早くも熱気に包まれた。


「2番人気はベルル、10票」


ベルルとアージャで全投票者の半数を超えたということか。

オードリーはそのあとも、投票順位を次々と読み上げた。3番から一気に下がって4票が3名、クレアは6番人気の3票の1人だった。私は票を入れたわけではないが、ハンナに近いこともあり一番応援したい選手だ。

選手の中に1人だけ、ゼオという名前の魔力クラスの選手が混じっていたが、9番人気の2票だった。


「‥10番人気はクィオデール、1票。事前に説明したとおり、ゼオとクィオデールが勝った場合、投票者は特別に2ポイント加算とする」


クィオデールに投票したのは私しかいないということか。まあ、負けるから関係はないだろう。

近くにいた男子が笑いだして「誰だよ、クィオデールに投票したやつは」などと囃し立てていたが、別にいいのだ。私は負けるのが目的なのだ。


「静粛に。投票はその人の勝利を信じてするものだ。貶すようなことを言うな」


オードリーが語気を荒けてその男子を牽制した。クィオデールが勝てるとは、投票した私も全く考えていないのだから、フォローしなくても別にいいのだが。


◆ ◆ ◆


ウォーミングアップを終わらせて、10人の選手がスタート地点で、一列に並んだ。10人と一緒に画面の中に入った3人の生徒会のスタッフが整列の補助をして、そしてピストルを撃った。

同時に、ほとんどの選手は一気にスタート地点を猛スピードで駆け下りていった。ただ1人、スタート地点に取り残されたのはゼオだった。

生徒会のスタッフが声をかける様子が、画面にうつった。


「どうしましたか?」

「い、板が雪に刺さって‥」


しばらくもたもたしている様子が映された後、画面が切り替わって、森の中を走る選手たちが横から映し出された。この映像の角度・位置は通常ならカメラマンが木にぶつかるようなカメラワークだ。木との衝突を気にせず撮影できるのは、このゲーム機の一番のメリットだろう。

実況もおこなわれるようだ。その音声が会場全体に流れてきた。


『‥現在、第1団と第2団に分かれています。今画面に映る第1団にいるのは、ベルルを先頭に、アージャが後ろから伺うように、次いでケッペル、イオ、エミリー、そしてクレアです』


緑色の帽子と黄土色のスキーウェアを着たクレアが、最後尾とはいえ先陣に食らいついている。それだけでも友人の友人として嬉しいものである。

スキー板をきれいに揃え、身をかがめて、すごいスピードで雪道の上を走っている。カメラからはゴーグルをかけているのもあって表情は見えないが、一生懸命やっているのが体の動きから分かる。

私はクレアと一緒に遊ぶなどといった経験はなかったから、私服はもちろん、帽子、ゴーグル、スキーウェアを着ている姿というのも新鮮だ。ハンナは運動音痴なのでこれまで避けていたが、たまにはハンナ、クレアを誘って一緒にスポーツ施設へ遊びに行くのも悪くないだろうと思った。


「ラジカさま、頑張っておられます」


ハンナも、投票したベルルはそっちのけでクレアを応援している様子である。身を乗り出して、画面を凝視している。私もクレアが見たい。

カメラが止まり、そして後ろを走る第2団が画面に入るとまた動き出した。


『‥続きましては、先陣を追う3名を紹介します』


私の投票したクィオデールは、ゼオを大きく引き離して9番だった。ゼオはこの実況の中でも、第2団にすら入れられていない。まだリタイアはしていないが、勝ちはなくなったと見てもいいだろう。


そのあとの実況でも、私とハンナはひたすらクレアを見ていた。


「ところでこのコースってどれくらいの長さなんだろう?」


私はふと疑問を口にした。事前に説明がなかったのでそれほど長くはないと勝手に思い込んでいたが、それにしては時間がかかりすぎている。画面の隅に映し出されているストップウォッチを見ると、すでに10分は経過している。


「さあ‥‥思ったより長いですね」


ハンナもそう首を傾げる。


「ショートカットは問題ないって言ってたから、それくらいの距離はあるかもしれないかな。それにしてもゲーム大会の一環で10分はちょっと本格的すぎるね」

「生徒会でも相当、力が入っておられます」


私もハンナも、画面に釘付けになった。画面の中の選手たちも疲れが見え始め、大きく口を開けて呼吸する選手も見えた。森はとっくに抜けていて、今は山道のようなところを下っている。もちろん赤いフラッグのほかにガードレールも命綱もなく、4〜5メートル程度ある道の片方は壁で、もう片方は断崖なのだが、そこから落ちたらひとたまりもない。命の危険を察知したら強制リタイアさせるという生徒会の説明は聞いていたが、それでも改めて画面で断崖の上からの風景を見ると、こちらまでハラハラしてくる。実際、選手たちは壁のほうに寄せて走っていた。

先程から大きく順位は変わっていない。ただ、最初は2つの集団に分かれていたものが、今ではばらばらになっている。


『15分が経過しました。ゴールまであと4キロです』


4キロは時速50キロとして、あと5分程度か。選手たちはスタミナを消費している様子で、おそらくこれから順位が大きく変わることはないだろう。

と、1人が後ろからスピードをあげて次々と人を追い抜くのが見えた。私は思わず「あっ」と声を漏らした。あの帽子の色はクィオデールに見えないこともないが、正直油断していたので確信が持てない。


『順位を振り返ります。ベルルを先頭に、大きく離れてアージャ、それに並びましてクィオデール‥‥クィオデール?』


実況も驚いたようで、しばらく無言になった。


「えっ‥?」


私も動揺が隠せない。会場がざわめき出した。投票数で最下位、技力の成績も芳しくないはずのクィオデールが、ここへきて先頭に食らいついてきたのである。私は冷や汗をかき始めた。


『‥‥おっと、クィオデールに後ろからクレアが並びました』


アージャの横に並んだクィオデールの横に、さらにクレアが並んだ。クレアが他の2人を抜くと、クィオデールがアージャを置いてクレアを追いかけ始めた。


「あ、あああ!!」


アージャの叫び声が画面伝いに入ってきた。アージャも速度を上げたようで、クィオデールと少しずつ距離を詰める。

と、焦っていたのか、アージャがバランスを崩し、スキー板の角度が微妙に変わった。向きは断崖への落下を示している。


「あ、あっ!?いやあああ!!!」


アージャは悲鳴をあげ、板をハの字にして必死にブレーキをかけた。ギギギと、新雪の上をスキー板がこすれる音が響く。幸いにも断崖の手前の雪は少し盛り上がっていて、そこでスキー板はなんとか止まった。


「はぁっ、はぁ、はぁ‥‥」


アージャはぺたんとその場に尻餅をついた。助かったといっても、ギリギリ断崖に落ちそうな位置だ。下手に動くと落ちる可能性がある。アージャは観念も早くて、ぺたんと横に倒れた。ここでスキー靴に手をかけ、スキー板を外し始めた。そこを他の選手が駆け抜けていく。


『アージャ、明らかに疲れていましたね。それまでも心もとない感じでした。スタミナが足りなかったか、配分を間違えたようですね』


実況が冷静に敗因を説明した。

会場のほうからも、アージャに投票したと思しき何人かの生徒が頭を抱えていた。

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