第51話 カタリナとの初めての勝負(2)
カタリナは私の動きを認めるやいなや、反対側に逃げ出した。
森の中の、木に囲まれた小路を、私とカタリナは風を作るようにひたすら駆け抜ける。
でも、カタリナもさすがに私の魔法にはかなわないようだ。私はじりじりと、カタリナとの距離を詰めていく。
走っている。私、カタリナと同じ速さで、横に並んで走っている。
憧れの姉とこうしていられるだけでも興奮しそうだ。でも今は、目の前の敵と戦わなければいけない。私は魔法を中心に使うのだが、魔法は初動では技力にかなわない。私より遥かに器用なカタリナは、私が意識するよりも前に攻撃することができる。
実際、私はカタリナとの間合いを開けていた。それをカタリナが、少しずつ詰めてくる。
カタリナは本気だ。たかが私のために、本気になってくれる。それが嬉しいし、光栄だった。
私はカタリナから少し遠ざかるが、これ以上離れると沿道の木にぶつかる。そんなことも構わず、カタリナがさらに距離を詰めてきた。
正直、カタリナの一挙一動に集中しているせいで、私はなかなか魔法が取り出せない。少しでも気を抜いたらやられるのだが、少しでも魔法を使うそぶりを見せただけで隙ができてしまうのではないかと思うと怖かった。
カタリナはそんな私に構わず、手刀を入れた。私の腹に、それは入り込もうとしていた。
私はその手を避けるために、いきなり止まった。高速で走っているところからいきなりスピードをゼロにしたのである。私の背後から暴風が吹き荒れて、肩まで掛かっている私の黒い髪の毛は暴れ馬のように荒ぶった。カタリナはそれに気づくのが遅れたようで、遅れると言ってもコンマ1秒か2秒の間だが、それでもカタリナとは少し間合いが出来たように感じた。
私の次に使う魔法は決まっていた。水や火を使った魔法だと、事前に空気から水を集めたり、火をおこしたりして用意する手間がある。アトミックではないのだ。
私のすぐ前から、嵐のような暴風がカタリナに押し寄せた。普通の人ならすぐにとばされてしまいそうな風だが、カタリナは風に乗るようにジャンプして、木の枝に足をつけた。さすが技力に秀でているだけのことではある、と感心している場合ではない。
カタリナの頭が地球と重なったとき、その足裏は私に向かって振り落とされた。とっさに私は結界を張った。カタリナはその結界に足をつけると、ぴょんと反対側に跳んだ。
「やるわね」
「お姉さんもね」
お互いを褒め合い、なお私もカタリナも、目は殺気立っていた。
周りに、私たち2人を木の陰から覗く視線を感じたが、今はそんなことはどうでもいい。
「アール・ド・ラ・ウィンズ」
私は呪文の詠唱を始めた。同時にカタリナが、私の詠唱を妨害するために飛び込んできた。これも計画通りで、私は無詠唱で脚に魔法をかけて、後ろへ大きくジャンプした。高く跳びすぎたみたいで私の足は木の枝にくっついたが、それよりも先にカタリナが反対側の木の幹に足をつけ、私のところへ鷲のように飛び込んできた。
私はそれを避けるように、結界を作った。
「!!」
いつも通り結界を踏んでジャンプするつもりだったカタリナが、私の結界に足を取られた。
結界から跳ね返るカタリナに、勢いはなかった。にぶく反応する結界の壁から離れたカタリナは、そのままどすんと地面に尻もちをついた。
「なに‥今の結界。初めてだわ」
「うん。クッションのように柔らかいんだよ」
「そんな魔法、聞いたことないわ」
「うん。‥‥えっ?」
通常の結界の壁は固く、踏みつけても簡単にジャンプできるのだが、それがクッションや粘土のように柔らかいと、ジャンプするつもりだった相手がバランスを崩すと私は踏んでこの結界を作った。
しかし、カタリナに言われてみれば、そもそも私もこんな結界は知らなかった。
なぜ、私は知らないものを作ったの?
私の戸惑いで一瞬の隙ができたようで、カタリナはまた、木の枝の上にいる私に飛びかかってきた。
今度の私は何の準備もしてなかったのだが、とっさに隣の木の枝に移った。カタリナも追いかけてくる。
カタリナが手刀を使った。私はそれを避けるように浮遊の魔法で木から飛び出すが、カタリナも細い枝を器用に踏み台にしたのか、木から飛び出してきた。カタリナの左手には、こぶしができていた。それが風、いや、まるで瞬間移動したように、私の腹に飛び込んできた。
「あ‥ああっ‥」
私は汁を吐いた。
視界に、カタリナの顔が入ってきた。カタリナの瞳はまだ鋭く、これで終わりとは思っていないようだ。むろん私もそのつもりだ。痛む腹を押さえて、私は魔法でカタリナと自分の体に磁力の流れを作って、強引に離れた。
カタリナも魔法で跳んでいるわけではないので私への攻撃が終わるとすぐ地面に降り立ったが、その後を追うように私もカタリナの目の前に降り立った。
カタリナの目が大きく見開かれた。同時に目の前からカタリナの姿が消えた。
次のまばたきをしたとき、私の首の後ににぶい感触がした。
カタリナの手刀だ。手刀が、私の後ろ首にもろに入った。
息が止まる。息ができない。
「あ‥う‥うう‥っ」
頭がくらくらする。
体が石のように動かない。
意識が薄れる。
目の前が、真っ暗になる。
風に揺られる木の葉が、地球の光を反射して残酷なほどに美しく輝いていた。
◆ ◆ ◆
「‥‥!!」
私が目を覚ましたのは、担架の上だった。
反射的に上半身を起こしたが、担架を運ぶ人のバランスが崩れたらしく、1人がよろめいた。獣耳に、群青色の長髪。レイナだ。
「動かないで。寝てて」
私の足元にいるほうの担架の持ち手の声が聞こえた。クレアだ。
「ごめん」
私はそのまま寝直した。ここはまだ森の中だ。
カタリナと戦っている間は耳に入ってこなかった鳥のさえずり、虫の鳴き声が、フィナーレを演奏していた。
担架に揺られながら、私はぼんやりと、真上にある地球を眺めていた。
私、負けたんだ。
本気のカタリナと戦って、負けたんだ。
でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
憧れで目標のカタリナに、私のために本気になってもらえた。
一瞬でも、カタリナと互角に戦うことが出来た。
「気分はどう?」
レイナが尋ねてきた。私の頭の先にいるレイナは、私に背を向けている。
「‥ちょっと気持ちいいかな」
「ふうん」
「おねえさ‥生徒会長はどこにいるの?」
「生徒会長なら、歓迎会の運営に戻ったわよ」
「ありがとう」
私はそう返事して、黙った。
しばらく担架に揺られていると、隣をハンナが歩いているのに気付いた。
「ユマさま」
私の視線に気づいたハンナが、優しく話しかけてきた。
「私は大丈夫だよ。一緒にいてくれてありがとう」
「ユマさま、その‥‥」
夜の暗闇の中で、ハンナがどこか気まずそうな顔をしているのに、私は気付いた。
「どうしたの、ハンナ?」
「このまま寮に戻られたほうがいいと思われます‥」
「どうして?私はこんなだけど、まだ元気だよ」
「そうではなくて、その‥」
ハンナはおろおろして、次の言葉が続かないようだ。念のため、私はレイナに確認してみる。
「レイナ、どこへ向かってるの?」
「どこって、会場だけど」
「あ、うん、ありがとう。ちょっと止まってもらえないかな?ハンナ、落ち着いて説明してもらえる?」
担架が止まると、ハンナも立ち止まった。
レイナとクレアが担架を地面に下ろすと、私はそのまま起き上がって担架から下りて立ち上がった。だが、大丈夫だと思っていたのに足が予想以上にふらつく。
「あ、ああ、おっと」
私は不意にハンナに寄りかかった。
隣で何かが沸騰する音が耳に入った。
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