第49話 カタリナに見つかった

「しかしユマさま、あの帽子は本当にあそこに捨ててよかったのでしょうか‥‥?」


走りながら浮遊の魔法でハンナを移動させている私に、ハンナが尋ねた。帽子とは、あのとき木から落ちてきた黒い帽子である。


「うん、お姉さんが回収してるはずだよ。今はとにかくお姉さんから逃げる」


そもそも、私とハンナが帽子の話をしている時に、都合よく木から帽子が落ちるはずなどない。さっきまでいたあの広場も、ゴーレムと戦う前に行った記憶はない。あるはずのない帽子があったのだ。私はカタリナが木の上にいると直感した。

後ろからカタリナの足音と思しきものはない。人間が木の上を器用に移動するときに発生するような木の葉のこすれる音は聞こえない。私が気付いていないだけで、カタリナは音が出ないよう器用に、確実に私たちを追っている。技力で学園トップであるカタリナなら、それくらいやりかねない。今はとにかくカタリナから距離を取るしかない。


「ユマさま‥」


ハンナが声を上げて、私もクレアも立ち止まった。


「‥‥うん」


私は、道の先を眺めた。一本道は、目の前で途切れて袋小路になっている。代わりに鬱蒼とした木、背丈の高い草が生い茂っていた。


「‥‥行き止まりだね」


手入れはされているだろうが、意図的なのか定かではないが、その草むらの背丈は高く、私たち女子がジャージという軽装で入っていいものではなかった。


「どうする?」


クレアが質問すると、私はちらりと後ろを見た。人の姿は見えないが、カタリナは確実にそこにいる。私の心臓の鼓動だけが、ひたすら耳に入ってくる。


「‥‥いるんでしょ?」


私は草むらを背に、ゆっくり振り返った。


「ひっ‥」


隣りにいるハンナが後ずさりしているのが見えたので、私は確信した。ゆっくり目を閉じて、体が完全に草むらを背にしてから目を開けた。

地球の光は、その金髪を美しく照らした。高貴な絹のような金髪は、風に揺られてふわりと舞っていた。


「‥‥お姉さん」

「やっと捕まえたわ」


カタリナが私に向けている笑顔は不気味だった。いつもの屈託ない笑いではなかった。笑っているものの、目が殺気立っており、私の容姿を鋭く捉えていた。私の一挙一動はカタリナに掌握されている。私が少しでも下手な動きを見せると、カタリナは容赦なく襲ってくるだろう。

私はメグワール学園地球キャンパス1年生のとき、悪い大人に連れ去られそうになったことがある。そんな私を当時4年生のカタリナが、大人たちを体技で蹴飛ばして助けてくれた。その時に、カタリナが大人に鋭い目を見せて威嚇していた。あの時のカタリナの目が、今私に向けられている。カタリナとしょうもないことで喧嘩したことはあるが、明らかにその時の目とは違っている。獲物を見つけた獣の目である。

私の手は、汗でびっしょりになっていた。


「あっ‥」


ハンナが恐怖のあまり、尻もちをついてしまったらしい。しかし私は体が石のように硬直して、身動きできなかった。カタリナから視線をそらすことも、ハンナを案じることもできなかった。


<右によけて!>


いきなり、私の頭の中から声が聞こえたような気がした。正直私は藁にもすがりたい気持ちだったので、反射的に体を右側にそらした。同時にひゅんと、風のようなものが私の髪の毛とジャージを揺らした。そして、私の目と鼻の先に、私を抱きそこねたように両腕をXの字に絡めているカタリナの姿があった。ほぼ瞬間移動だ。

カタリナはちらっと私を見て、それからくすっと笑った。


「‥わたしのことは嫌いかしら?」

「そそ、そんなこと、ないよ‥あ、あのね、お姉さん、手加減してくれるよね‥?だってこれはただの歓迎会のイベントだし‥‥」

「わたしは最初からそんな生ゆるいことは考えてないわよ」


カタリナは腕の絡みを解いて両手を腰の下へ下ろし、少し間合いをとった私に体を向けた。

そして、続けた。


「わたしはユマのことが好きよ」

「う、うん‥」

「だから、ユマがどんなに大きな怪我をしても、わたしが全力で治してあげる。これは脅しではないわ」


私の額から、たらたらと冷や汗が流れる。

自分の腕と脚が震えているのが、嫌でも分かる。

カタリナは本気だ。

もうすぐ冬の気候だというのに、私の体感温度は夏のように暑くなっていた。


◆ ◆ ◆


「ちょっと、そこは大丈夫‥?」

「崩れた瞬間、姫たちの意識が飛ぶんだわ‥慎重に‥」


1人のノイカに対して、レイナ、アージャ、ルノは交代で抜く。今はアージャの番だ。レイナとルノが横から声をかけてくる。


「うっさい、集中できない」


アージャの手も震えている。このノイカという先輩、非常にテンガが上手い。今のタワーは、どこを抜いてもすぐに壊れてしまいそうなほど、下手すれば風1つで崩れてしまいそうなほどにもろく見える。それでいて、ノイカは平気で抜くものだから、訳が分からない。いくら今までの先輩相手にテンガで勝利してきた3人組とはいえ、このときばかりは恐怖で震えていた。


「ぬ、抜けた‥」


アージャは震えた手で抜いた積み木を掴んだ。


「‥‥‥‥ノイカの番」


ノイカは、アージャが時間をかけたのと同じ作業を、ものの数秒でやってのけた。積み木をいともたやすく抜いてみせた。


「‥‥‥‥次はルノ」

「ノイカ先輩」


ルノの前に、レイナが声を出した。


「このゲームは不公平です」


そう言ってもノイカは返事してこなかったので、レイナはそのまま続けた。


「あたしたちが負けたら催眠で始業式まで眠ると言いますが、ノイカ先輩が負けた時のペナルティがないのは不公平です。あたしたちがただリスクを背負って恐怖の中やっているのに、先輩がこのゲームを平気でやれるのは先輩にリスクがないからではないでしょうか?」


先輩への物言いである。3人とも、月キャンパスでは上下関係が厳しいということはこれまでに寮で先輩との交流を通して知っている。それだけにノイカが何を返事するか、レイナも含めて鼓動を荒くしながら待っていた。

ノイカはしばらくうつむいて考えている様子だったが、顔を上げて返事した。


「‥‥‥‥分かった。レイナたちが勝ったら、今まで負けた人たち全員の催眠を解く。それから、ノイカの催眠術を1回だけ好きに使える権利をあげる」

「えっ?」

「‥‥‥‥レイナたちの望む人に好きな催眠を、ノイカがかける。強制的に恋愛させるようなことでも、物や機密を盗むような非合法なことでもいい。その責任はノイカが負う。それがノイカのリスク。どう?」


レイナたちはお互いの顔を見合わせた。そして、ヒソヒソ声で相談した。


「ルノとアージャはどうする?」

「ひ、姫は、これはやりすぎだと思うわ‥始業式まで昏睡と比べて、先輩のリスクがでかすぎるわ‥下手すると姫たちのせいで先輩が退学、射殺なんてことも‥ああ‥」

「どうするもこうもないよ。先輩が最初に無理な条件をふっかけてきたじゃん?うちらの同意もなしにさ。これくらいしてくれないと辻褄合わないよ?」

「あたしはオッケーしたいんだけど、アージャが大丈夫なら多数決で返事するわ。宝探しの終了まで時間もないし」

「‥分かったわ」

「じゃあ、決まりね」


顔を寄せ付けあって少し相談していたが、一通り話し終わったあとでルノとアージャは顔を引っ込め、レイナがノイカに返事した。


「分かりました、ではその条件でお願いします」

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