第48話 催眠をかけられた

その少し前、レイナは他の2人を従えて、森の道を歩いていた。


「レイナ、助かります!」

「頼りにしてます!」


2人の同級生は壊れたロボットのように尊敬の眼差しをレイナに集める。ユマが魔力で学年1位ならば、レイナは技力で学年1位だ。これまでにも、自慢の技力を惜しげもなく使い2人と協力して先輩を倒してきた。主にテンガで。

テンガとは、縦横比が1:2の積み木をタワー状に積んでいき、中腹にある積み木を1個ずつ抜いていくゲームだ。タワーが崩れたほうの負けである。他の2人もレイナほどではないが技力では良い成績を収めている。先輩とのバトルも順調に勝ち進んでいた。しかしレイナは困惑していた。


「はぁ‥‥」

「どうしたん?レイナ」

「なんで‥なんで‥あの先輩もこの先輩もテンガばかりなのよ!」


レイナはとうとう頭を抱えだしてしまった。そうなのである。先輩たちはそれぞれ異なるゲームやバトルを仕掛けてくると説明されていたが、レイナたちと出会った先輩は全員テンガだったのである。しかもうち1回は、遠くの方で巨大なゴーレムが崩れたときの地響きで勝敗つかずになった。


「あれ、結構いいところまで進んでたんだけどね。先輩がどこを抜いても崩れるってところまで来ていたし」

「まあまあ、それもそれで面白いんじゃないの?」


不満を垂れるレイナに、後ろの2人がなだめてかかる。しかしレイナは宝探しの趣旨が書かれたスマートコンを少し眺めてポケットに入れた。


「もう4ポイントでしょ、次勝ったら終わり。そろそろテンガ以外をやりたいんだけど、この周辺にはテンガしかないのかしら。新鮮味がないわ、まったく」

「そう言いながらレイナもテンガ得意だったじゃん、うちら驚いたよ」

「アージャとルノもね」


右にいる金髪ツインデールの子がアージャ、左にいる薄い緑色の三編みでメガネを掛けた子がルノである。2人とも、レイナに負けないくらい器用にテンガを抜いて勝利に導いた。


「‥でも、バトルに魔力が必要な先輩もいるじゃん?うちら全員技力組じゃん?出会わなかっただけよしにしようよ」


そうアージャが言うが、レイナの表情は晴れなかった。


「‥確かにあのデタラメな大きさのゴーレムと戦わずに済んだのはよかったわ」

「でしょでしょ?」

「でも毎回同じ遊びばかりだと飽きるわ。セックスも毎日毎日手○ンだけだと飽きるものよ」

「えっ?何の話?」

「‥あっ」


レイナは思わず口を手で塞ぐ。


「今、セックスって言っちゃった?ねえねえ」

「聞き間違いよ」


はにかむアージャに対してレイナはごまかすように、暗闇で色を失った長髪を手でいじった。青い髪の毛のつやが、青い地球に照らされてきれいに輝いた。


「‥‥!!」


レイナは不意に、何かを踏みつけた感覚を覚えた。急いで足をとかすが、地面は暗闇になっていて見れない。スマートコンの光を当てると、そこには人の体があった。


「‥大丈夫!?何で倒れてるの!?」

「レイナ、こっちにもいるわ!」


ルノも近くで倒れている人を見つけたらしく、手を挙げた。


「こっちにも、あっちにもいるぞ」


アージャが困った顔をして、倒れている人を数え始めた。

レイナはとにかく、そこにいる人の体を揺さぶった。


「大丈夫?大丈夫?こんなところにいると危ないわよ」


しかし返事はなかった。その人は死んでいるかのようにたらんと腕を地面に落とし、まぶたは氷のように動かなかった。


「先輩とバトルして負けたかもしれないわ」

「ルノ、極端な予測はやめなさい」

「でも、宝探しの趣旨説明の時に言っていたわ。怪我はするけど、始業式までには治るって」

「それは生徒会長とバトルしたときの話でしょう」


レイナは隙を見せることもたまにあるが、いたって冷静だ。それが学級委員長として周りから信頼されるゆえんである。その1人を担いで立ち上がったレイナは、2人に指示した。


「とりあえず、この人たちを岩の近くに集めて。他の人に踏まれないようにするのよ」

「分かった」


アージャ、ルノたちも言われたとおりに死体のような体を運び始めた。

と、近くから草を踏みつける音がした。3人はすぐにそちらに視線を集めた。地球の光に照らされて、その人は脚から順にその姿をあらわにした。

さすがに夜なのでその姿はよく見えなかったが、歩き方や仕草は、レイナがこれまでに何度か見たそれだった。


「‥‥ノイカ先輩?」


真っ黒な長髪を伸ばしたその少女は、静かにうなずいた。身構えるレイナに、ノイカはポケットからボールを取り出し、それを展開した。また、レイナにとっては見慣れた木のかけらがぼろぼろと手からこぼれ始めた。

ノイカは短く、ぼそっとつぶやいた。


「‥‥‥‥テンガ」

「またですか!!!はぁ‥‥」


レイナは呆れたように地団駄を踏んだ。


「まあまあ、落ち着けって」


アージャがレイナの腕を後ろから掴んでなだめるが、それを睨みながらノイカは言葉を続けた。


「‥‥‥‥催眠かける」

「‥‥は?」


ノイカはもう片方のポケットから、小さい数珠でできた輪に繋げられた金色の振り子をシャランと落とした。その振り子が揺れるのを、レイナもアージャもルノも、訳のわからないうちに見つめてしまった。


「‥‥‥‥テンガに負けたら、始業式まで起きない催眠」


そうノイカは言って、振り子を掴んでまたポケットに戻した。


「‥‥はい?」


レイナは顔を青くして、何歩かすさった。


「‥‥‥‥ちなみに逃げようとしてもノイカが合図すればその場で眠る」


そう言って、ノイカはレイナと目を合わせてきたので、レイナは強引に横を向いてそらした。


「‥‥座って」

「どうする?」


レイナは2人に尋ねたが、2人とも困った顔をしてどうすればいいかわからない様子だった。


「そもそもあんな催眠って可能なの?あたし、催眠にかかった感じしないんだけど」

「後催眠なんじゃないの?」

「後催眠って何?」


レイナとルノはしばらくアージャに後催眠について何度も質問していたが、アージャの説明を聞けば聞くほど2人とも顔を青ざめてお互いの顔を見た。


「‥‥つまり、催眠をかけられたときは何もなくて、でも何かのきっかけで発動するのが後催眠ってこと?」

「うん」


うなずくアージャを見てレイナとルノはお互いの目を見合っていたが、やがてため息をついた。


「あんな器用な催眠がこの学園の先輩に可能か疑問だけど、嘘でなければ危険ね。現にここに倒れている人がいるんだし、やるしかないわ」

「姫もそう思うわ」


そうして3人は、ノイカが作ってくれたタワーの周りに正座した。


◆ ◆ ◆


その頃、私たちは暗闇の道を懸命に走っていた。

私たちを追う人はいない。しかし、とにかく私は後ろを何度も振り返りながら走った。


「はぁ、はぁ、ユマさま‥」


またハンナが倒れそうだ。


「浮遊の魔法かけるから!」


私はハンナに魔法をかけた。ハンナの体がふわりと浮き上がり‥‥上へ落ちるように飛び上がった。


「あ‥ああっ!!」


月の重力は地球の6分の1である。焦ったためにそれを失念して、加減を間違えてしまった。ハンナの体は、木よりも高く、そのまま地球までいくのではないかと思うくらいの高さまであがっていた。


「ハンナ、大丈夫?ごめん、今下ろすから!」


私は叫んでから後悔した。この高さだとハンナの方へ声は届かないので、森の中に自分の声を響かせるリスクしかない。自分はここにいるよとカタリナに教えているようなものだ。私は焦りつつ、浮遊の魔法を弱めてハンナの高度を下げていった。やがてハンナが木と同じくらいの高さになったとき、ハンナが上から話しかけてきた。


「‥‥ユマさま」

「どうしたの?」

「やっぱり、ユマさまのおっしゃったとおり、います‥」

「逃げるよ!」


私はハンナの体をたぐり寄せて、ハンナの体が地面すれすれまで降りてきたところでまたクレアと一緒に走り出した。

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