第45話 ゴーレムと戦った
おかしい。
私は違和感を覚えた。
「ユマさま、これはあんまりでございます」
隣のハンナも、恐怖に震えながらも私に意見した。
「わかる。ただの歓迎会でこれはありえない」
クレアも同調した。
新5年生60人の3分の1にあたる20人を一度に行動不可にしておいて、学年2位のヤストですら倒せないほど強力なゴーレムを投入した。新5年生の歓迎会に。こんなことをしたら、当然宝探しの参加者全員がリタイアすることになる。
つまり、歓迎会を企画した先輩たちは、最初から宝探しどころか副賞すら与えるつもりはないのではないか。そもそも宝探しは単なる3人行動によるゲームではなく、隠された別の目的があるのではないか。カタリナが私と戦うと言い出したのも実はハッタリで。
「ヤスト、いったん逃げよう!」
私は叫んだ。
「ユマさま‥」
心配そうにしているハンナをよそに、ヤストは怒鳴って返事した。
「俺をなめてるのか!俺はお前より強い!黙って見てろ、学年1位のクソ野郎!」
それからヤストは呪文を唱え始めた。
並ならざる声の大きさに、ヤストのいらだちが伝わってくる。
それは木ではなく、水の魔法だった。土は水に強いというが、水が強すぎると逆に土を侮(あなど)る。これが水侮土(すいぶど)である。考え方としては正しいのだが、土魔法に水をあびせるにはただ1つ、厳しい条件がある。水の魔力が土を大きく上回らなければいけないのだ。少なくとも先輩相手に使う魔法ではない。
実際、ヤストは「おおおお!!!」と雄叫びをあげながら、全身の魔力を一点に集中させていた。
「‥今のうちに逃げますか?」
ハンナも私と同じ思考に至ったらしく、私に尋ねてきた。
「そもそもわたくしたちは、カタリナから隠れなければいけません」
「‥クレアも分かってると思うけど、私たちはあの中にあえて捕まるつもり」
カシスに聞こえないように小声で言ったが、それをハンナは否定した。
「ここは上下関係が厳しく、学園の校則やさらに上位の規則がない限り6年生は8年生の言うことに逆らえません。カシス先輩が生徒会長にユマさまを差し出す可能性もあるのでは‥‥?」
「あっ‥」
言われてみればそうだ。カシスがゴーレムの体の中から私1人だけ取り出してカタリナに献上する可能性もあるし、それに今年だけの特例ルールを作ったカタリナのことだ。事前にカシスに指令を下したとしてもおかしくない。
そして目の前には、大きな水のボールができていた。ボールから強力、高速なビームが出て、ゴーレムの体を少しずつ削っていく。しかし巨大なゴーレムの前に、ボールはあまりにも小さすぎるように見える。
「‥逃げよう」
そう私が言った瞬間、何かが大きく破裂する音が聞こえた。ゴーレムが手を伸ばして、その水のボールを握りつぶしたのである。数秒間、激しい雨が周辺に襲いかかった。それがやんだ後、ゴーレムの大きな手には、ヤストや他の2人が握られていた。
「くそっ、離せ、こいつ!」
ヤストは手を激しく叩くが後の祭りで、ゴーレムはその胴体をぱかっと開けて、人混みの中へ3人を放り込んだ。
「‥これで24人かな。もうすぐ27人になるね。少しで半分いくね」
そう言ってカシスは、私たちを向いた。
「‥逃げよう!ダッシュでいくよ!」
私たちはダッシュで、暗い木の道を走った。まもなく、後ろから大きな地響きがここまで伝わってくる。ゴーレムが私たちを追いかけているのだろうが、私は一回も後ろを振り返ることなくとにかく駆けた。
「はぁ、はぁ、ユマさま‥」
私はその声にはっとして立ち止まった。振り返るとハンナがへろへろになって、よろめいていた。
しまった、ハンナには体力がないから激しい運動ができない。これ以上逃げることは出来ない。かといって道端に隠れても、この距離だと先輩には見える。草むらごと踏み潰されるのがオチだ。
「ユマさま、わたくしのことはいいので、2人で‥お逃げください‥まし」
ハンナは木の幹にもたれながらそうは言うが、私は足が動かなかった。私は前からハンナのことが心配で、勉強を教えたし、一緒に遊びに行ったし、身の回りのケアもした。そんなハンナを放っておくことは、私には出来ない。
「ユマ」
後ろからクレアが声をかけてくるが、私は首を横に振った。ちょうど左手に大きな開(ひら)けたところがあった。
足音が迫ってくる中で、私はそれを指差した。
「あそこで戦おう」
◆ ◆ ◆
私、ハンナ、クレアはその広場の奥に陣取った。小路を歩いていたゴーレムは、私たちに気付いたのか、こちらへ方向転換してきた。
ゴーレムが一歩一歩、私たちへ迫ってくる。地響きが少しずつ大きくなってくる。
「ユマさま、作戦はおありですか?」
ハンナがこちらの様子をうかがうように尋ねてきた。
「ご存知と思いますが、土の魔法は木が弱点です。しかし、ヤストさまがそれを実践なさったところ、返り討ちにあってしまい‥」
「うう‥」
正直私は逃げることに夢中でよく考えていなかった。しかしハンナがこれ以上走れない以上、私はとにかく抵抗するしかない。
「勝算はある」
クレアが突然言い出した。
「ラジカさま‥?」
ハンナは何かを聞き間違えたと思ったのか、目をぱちくりさせた。しかし、聞き間違いではない。
「あのゴーレムは相当無理をしている。20メートルくらい大きなゴーレムは、普通はプロの魔術士にしか作れない。学生の先輩にそれだけの力があるのかな?」
クレアが指差した先のゴーレムは、右足を怪我したかのように何度かバランスを崩しながら歩いている様子だった。おそらく自重に耐えられなくなりつつあるのだろう。
「なるほど‥確かに、それなら。ハンナ、木の魔法を使って!」
「木の魔法‥でございますか?あのゴーレム相手に?」
戸惑うハンナに私は近づいて、敵に聞こえないようにそっと耳打ちした。
「ハンナは木の魔法で攻撃してみて。魔法がゴーレムにぶつかった時に、私が別の魔法をかけるから」
「わかりました。陽動でございますね」
「クレアは呪文詠唱してるハンナがゴーレムに倒されないよう、見てあげて!」
「分かった」
こういう時に私の頭は回る。私が魔法で学年1位になったのは、魔力の純粋な強さだけではない。この頭の回転の速さだ。魔法の選び方、使い方に関して、センスがあると昔から言われてきた。
ハンナが呪文の詠唱を開始し、私はその後ろに隠れてまた何か呪文を詠唱し始めた。
「何かと思えば、木の魔法だね。木の魔法ならさっき僕が追っ払ったのにね」
ゴーレムの隣に立っているカシスが腕を組みながら、私たちに聞こえるように大きな声で言った。
「‥でも相手が詠唱中は待てって指示されてるし、困ったね」
そう言いながら首筋をぼりぼりとかいた。その言葉を聞いてもなお、クレアは前方の警戒を怠らない。
「アレクサ・ピ・アルホン・ヌム・ウェイギズ」
呪文を詠唱するハンナの地面から、緑色の魔法陣が現れ、ぶわっと心地のいい螺旋状の風が巻き起こった。
魔法陣。昔は頻繁に使われていたが、現代は魔法の研究が進み、無詠唱が普及し、魔法陣も自然と使われなくなった。しかしまだ必要な場合がある。ハンナは魔力はあるが、強力な魔法を無詠唱、魔法陣なしで使えるほど巧くはない。
ハンナの足下から、たくさんのつるが現れた。つるはゴーレムの方へ向かい、脚へ近づくと急に上へ登り、胴体と腕へ巻き付き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます