第44話 ヤストがゴーレムと戦った

一方、カタリナはある木の枝の上に座っていた。


「み、見つけました、生徒会長!」


下の方で、6人くらいが集まってカタリナを見上げて指差している。おそらく1チームだけではかなわないと踏んで、他のチームも呼んで合同でカタリナを倒すというのだろう。カタリナはそのまま、ぴょんと枝から飛び降りた。木陰に隠れていた金髪が、地球の光を反射して輝いた。


「へえ‥わたしを倒すというのね」


演技とはいえ、カタリナはすっかり悪者になりきっていた。実際、カタリナは自分を悪者だと思っているのだから、演技に脂が乗る。


「わたしは生徒会長、カタリナ・クィンティン。死にたい人からかかってきなさい」


そう言って右腕をあげ、右手を折り曲げこっちへ来いの仕草をした。


「それでは、胸を借りるつもりで挑みます!」


6人のうち1人が走ってきた。メガネをかけている少女だった。その少女は次の瞬間、「え‥?」と目を丸くして、そのまま地面に倒れ込んだ。


「な‥!?」


周りの人たちも驚いて、カタリナから距離を取った。少女はまだカタリナと距離があったのに、カタリナは少女に一触れもしていないというのに、いきなり気を失って倒れたというのである。周りには何が起きたのか分からず、ただカタリナの不気味な笑みが気持ち悪がらせた。


「次の人」


カタリナがそう言うが返事がなかったので、次の言葉を紡いだ。


「いないならわたしから行くけど?」

「ひ、ひい‥」


5人が一目散に逃げ出そうとした瞬間、やはり5人も一瞬で気を失って、膝から崩れ落ちた。


「ふう‥」


カタリナはばんばんと手を払って、それからまた器用に木にのぼって、枝に座った。


「うわあ‥派手にやっちゃったね」


木と木の間から、地球に照らされてピンク色のブロントのエルフ、セレナが現れた。


「ふふ‥」


カタリナはセレナを見下ろしながら、少し笑った。


「末恐ろしいよ、生徒会長サン」

「ふふ、こんなものはまだ序の口よ。それより倒れてる人がいると目立つから、私も移動しなくちゃね」

「そうだな」


セレナの返事と同時に、カタリナはもう一度枝からぴょんと飛び降りた。美しい金髪ロングがふぁさっと広がって、まるでアートのように輝く。

2人は歩きながら話した。


「‥で、ユマはどうすんの?どこにいるか分かるんだろ?」

「ええ。ユマは30分前から向こうの茂みに隠れていて、ついさっき見つかったところよ」

「やっぱり生徒会長は敵に回せんな」

「どうも」


セレナは手で顔を覆って苦笑いした。ユマの懸念していた通り、一挙一動はすべてカタリナに筒抜けだったのである。


「そこまで分かってんなら、なんで襲わないんだ?」

「‥‥今のユマがわたしと戦っても勝てないからよ」

「へえ、ユマなら勝てるとでも思ってるんだ」

「わたしは本気よ」


カタリナの能力に対する評判は高い。天井というものがなかった。それだけに、カタリナが何ら目立った実績を残していないユマのことを自分より強いと言うことは、セレナですら半信半疑だった。先程ユマと話した時は、ユマには実力があると言ったものの、まだ心のどこかで信じられない部分があった。


「‥同じメイジに乗れば宇宙最強ってのは分からないでもないけどさ、本当に生徒会長よりも強い人っているんか?いくら妹でも‥あっ、血は繋がってなかったな」

「これは運命よ」

「へっ、運命?」


セレナが立ち止まると、カタリナも立ち止まった。


「これは遠く2000年前に定められた、逃れられぬ運命」

「生徒会長、何の話してんの?また電波?」


セレナが肩を揺さぶってきたので、カタリナは手を口に当ててふふっと笑った。


「‥‥冗談だと思ってくれていいわ。でもユマがわたしより強いのは確かよ」

「へいへい」

「そしてユマは今、カシスのゴーレムと戦っている。そのゴーレムに勝った後、私と戦うわ。あらかじめ誰かに作られたシナリオのとおりにね」

「‥‥?そのシナリオは生徒会長が作ったんじゃないのか?」


セレナが疑問の目を向けると、カタリナは冗談なのか本気なのか分からない微妙な笑顔をセレナに向けて、それから首を横に振った。


「‥違うわ。もっともっと昔の人が考えた通りに、全てが動いている」

「‥へえ。誰なん?そいつ」

「この忌まわしいシナリオを書いた人はいま、ユマの体の中に隠れているわ」

「へええ‥‥」


カタリナはこくたまにこういう電波な話をするので、セレナはまたいつものおとぎ話だと思って気にしないことにした。

カタリナも自分が常軌を逸した話をしている自覚はあるらしく、それ以上話は続かなかった。2人は歩いて、また茂みの中に消えていった。


◆ ◆ ◆


「邪魔って‥どういうこと?」


突然のヤスト出現にたじろいだ私は、思わずゴーレムに背を向けた。クレア、ハンナも心配そうに、ヤストを遠巻きに見つめている。

ヤストは声を荒げた。


「俺はこの学園に首席で合格した。もちろん、学年1位を取り続けるつもりだった。だか、それをお前が邪魔したんだ。俺がいくら努力しても、お前はいつもその先を行く。何でもかんでも、俺の手柄を横取りしやがって‥‥」

「そんな、私はただ普通に‥‥」

「黙れ。黙れ黙れ!!」


確かに私はヤストの成績を意識する機会はいくらかあった。でも魔法の練習は人並みにやってきたつもりだし、ヤストが日夜努力しているという話はヤストの友人越しに何度も聞いたことがある。努力面ではヤストのほうが遥かに時間を使っていると思う。それでも私のほうが魔法の成績がいいのは私にも理由が分からないし、カタリナに言わせれば天賦の才能だろうか。ここでそれを責められても、私には困惑することしか出来ないのである。


「今も俺が倒そうとしていたゴーレムに横から割って入ってきやがって!お前は黙って見てろ!」


そう言って、ヤストはつかつかと私の前を横切った。取り巻きの2人の少年も、私の前を横切って、ゴーレムの前に立ちはだかった。


「へえ‥僕のゴーレムを倒せるんだね?やれるならやってみてね」


カシスは少々上を向いてヤストを見下ろすが、完璧な悪役にはなりきれていないのか、語尾の最後に優しさを感じた。

ヤストは構えの姿勢を作ってから、後ろの2人に目配せした。


「木剋土(もっこくど)、水侮土(すいぶど)!木の魔法か、強力な水の魔法が必要だ」

「分かってる。授業でやったとおりだね」


1人は技力クラスの人だったので、残る2人が呪文を唱えた。たちまちのうちにゴーレムの体の所々がぼこっと膨らみ、割れて木や植物が生え始めた。木の幹がゴーレムの体を硬直させ、固められた土の体に大きなひびを入れていく。さすが魔力で学年2位の実力である。ゴーレムは唸り声をあげた。


「へえ、すごいね」


崩れ始めるゴーレムを見ながらもなお、カシスは余裕の表情だった。20人捕まえてもなおゴーレムを負ける前提で設計していたというのか、それとも。


「‥やった!」


地響きとともにゴーレムがぼろぼろと破片を落とし、次第にその形を崩していくのを見ながら、ヤストはカッツポーズを見せた。

そして、後ろにいる私に横顔を見せた。余裕の笑み、勝利の笑いだった。私はそれを見て、唇を噛んだ。


「ユマさま、あれを‥」


地面が揺れる中、突然ハンナが話しかけてきたので、私はすぐに前を見た。

ゴーレムの周辺の地面そのものがぼこぼこと岩を作るように膨らみ出し、そして土の塊が地面から離れ、ゴーレムに合体するように吸収され始めた。

崩れ落ちている途中だったはずのゴーレムが、どんどんその肢体を大きくしているのが分かる。

太陽の光を反射した地球に照らされて、その体がみるみる大きくなっていく。


「あ‥あ‥」


ヤストは思わず声にならない悲鳴をあげた。ゴーレムは、先程の比ではなかった。20メートルくらいの、小さなビルなら取り壊せるほどの怪獣に成長していた。

カシスが勝ち誇った顔で、ヤストに言い放った。


「申し遅れたね、改めて僕はカシス・デドラ。6年生の中では魔力の成績で学年トップさ。特に土の魔法が得意なんだよ」

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