宇宙最強の百合姉妹が世界と戦うようです

KMY

第1部 学園生活編

第1章 夏休み

第1話 舞台は月

※この小説は連載を打ち切りました。新しく読む方はご注意ください。



「これが地球だ。ずいぶん青いだろう」


その教官の声で、私と同級生たちはそろって大きなビューウィンドウに集まった。といっても、もうここは宇宙空間だから重力はなくて、誰もが慣れない無重力に体をよじらせながら、ある人は壁につかまり、ある人はビューウィンドウの手前にある柵や棒につかまり、思い思いの場所で窓の外を眺める。

きらきら、無数の星が光る真っ黒な空間の中央に、青く丸い球体があった。これが地球。話には聞いていたし、宇宙から見たときの写真を何度も教科書で見たが、実際に見るとやはり迫力の大きいものだ。

その青い球体が、少しずつ小さくなっていくのが分かる。私たちはこの地球――生まれ育った星を離れようとしているのだ。


「よく見えない」


後ろから他の生徒の声がしたので、私は「ごめん」と言って、少し右に移動する。私も無重力には慣れていないが、魔法があれば自由に移動することは造作ないことだ。私は魔法の授業でいつも一番だったのだから。


「ユマちゃんはいいですね、魔法が使えるのですから」


そう落ち着いた声で発言しながらも、がっしり棒に抱きつくように捕まっているのは、私の同級生のハンナという。くりんとした緑の瞳に、エルフの長い耳の先が大部屋の照明に照らされ、錦のように光る白い髪を背中まで伸ばす。無重力だからこそ、浮いている髪の毛がきらきら光り、周囲を彩るように照らしている。

魔法が使えるといっても、この中で私にしか魔法が使えないという意味ではない。ここにいる人たち、いや、この世界にいる人たちは、例外を除き魔法を使うことができる。


「大丈夫だよ、肩の力を抜いて、自分の行きたい場所をイメージしてみて」


ユマ・カーミラごと私はそうアドバイスしてやるが、ハンナはジト目で私を見た。


「それができるなら苦労はしませんよ」

「私が手を貸してあげようか?」


捕まるものに捕まり周章(あわ)て狼狽(うろた)える周囲の生徒たちの中でただ1人、私だけが自由自在に浮いている。もっと言えば、後ろにいる教官も慣れた手付きで何にも捕まらず浮いているのだが。


「お前たち、無重力はこれから授業で特訓するからな、覚悟しておけよ。今は地球を見ろ、しばらく見られなくなるぞ」


教官が声高に叫んだ。この教官はノクタンという、ポニーテールで緑髪の女性だ。


「はい、ノクタン教官」


生徒たちが口々に返事した。


「それからユマ、魔法を使わなくても浮けるようにしておけ」


教官が一言追加したので、私は「は、はい」と返事する。このノクタン教官とは1年間付き合ってきたけど、この厳しさにはまだ慣れない。


私たちはメグワール学園の生徒だ。メグワール学園は宇宙で活躍する軍人を育成するための学校で、地球キャンパスと月キャンパスがある。私たちは今、月キャンパスへ向かっている途中だ。

この学園は8年制で、宇宙や戦闘に関することだけでなく、国語、算数といった普通の学校と変わらない教育もいくらか含まれる。1〜4年生は地球キャンパス、5〜8年生は月キャンパスで過ごす。たまに文化祭などで月に行く機会はあったし、同級生が無重力を体験するのもこれが初めてではないのだが、私たちはこれからの毎日を、重力が地球の6分の1しかない月で過ごすことになる。これまでにはなかった新しい世界での生活が始まるのだ。それを考えると、体がぶるっと震える。


私は5年生になる日を待ち遠しく思っていた。というのも私には、憧れの先輩がいる。もうすぐ8年生になる、カタリナという女性だ。私はカタリナのことをお姉さんと呼んでいるし、カタリナも私を妹のように扱う。といっても血の繋がった姉妹ではない。親を失い、ある雨の日に路肩で腹をすかせて倒れていた私を、カタリナが拾ってくれたのだ。カタリナがいなければ私は今まで生きてこれなかったし、姉のように私を大切にしてくれる彼女に親近感を覚えている。

2〜4年生の間、地球と月で離れ離れになっていたが、頻繁にメールでやり取りしたり、学園祭の時には会いに行ったり、長期休暇には帰省してきたのでそんなに寂しくなかった。でもこれからの1年間、カタリナとまた一緒に過ごせると思うと大変に嬉しい。カタリナと何を話そうか、何をして遊ぼうか、今の私はすでにそんなことばかり考えている。


「やい、お前!」


いきなり後ろから背中をどんと押される。といっても私は魔法で静止しているので逆に私を押した人が後ろに跳ね飛ばされているのだが、大部屋の壁を蹴ってまた私に近づいてくる。短い黒髪の少年であり、私の同級生のヤストである。ヤストは地球でも何かあるごとに私に突っかかってきた。特に迷惑でもないのだが、何を考えているのかよくわからない存在である。


「無重力だからといっていい気になるなよ!俺はお前を蹴落として1位になるからな!」


ヤストは私をそう恫喝(どうかつ)してきた。でも私はあまり騒ぎを起こしたくないので、穏便に対応する。


「分かったよ、よろしくね」

「ふん!」


ヤストは顔をそらして鼻を鳴らした。


「ヤスト、うるさいですよ」


そう言ってハンナが、私とヤストの間に割って入ってきた。


「何を言うか、落ちこぼれのくせに生意気だ!」


ヤストはそう叫ぶ。ヤストの言う通り、ハンナは同級生の中でも成績がかなり低く、留年直前だったところを私が勉強を教えてあげて凌いだのだ。


「確かにそれは否定できませんが、落ちこぼれと今こうしてあなたの暴力を止めることは関係ありませんよ。それに、わたくしにとってユマさまは恩人なのですから」

「そんな、恩人って大げさな‥‥」


私が茶々を挟んだところで、ヤストは「ちっ」と舌打ちしてその場を離れていった。

ヤストはいつも学年2位で、学年1位である私を憎く思っているようだ。私は別にヤストに勝ちたくて勝っているわけではないのだが、ヤストはかなり気にしているようだ。


「‥‥」


ハンナが少し悲しげな表情をしてうつむいた。


「どうしたの、ハンナ、大丈夫?」

「わたくしは大丈夫でございます。月でもヤストさまがまたユマさまのことでトラブルを起こすかと思うと心配でして‥‥」

「大丈夫だよ、大したことはないよ」


私はそう答えて、ハンナの頬をなでてあげた。ハンナは少し頬を赤らめて私を直視した後、不意にぷいっと視線をそむけた。


「‥月までもうすぐですね」

「うん、そうだね」


私たちを乗せた宇宙船は、徐々に地球を離れ、月へ向かっている。それはビューウィンドウで地球が小さくなってきていることからも分かる。月と地球はそこまで遠くないので、地球はさすがに点みたいな小ささにはならない。しかし、最初は画面いっぱいに広がっていて迫力のあった地球が、今はその全体像をひと目で見られるよう小さくなっていることは、私たちが目的地に近づきつつあることを語っている。


◆ ◆ ◆


宇宙船は、月面基地へ大きな音をたてて着陸した。

月には重力があるとはいえ、地球の6分の1だ。地球で体重60キログラムの人は、月では10キログラムだ。例えるなら米袋が歩いているようなものである。


「月では絶対にジャンプするな、丁寧に地面に足をつけて歩け」


ノクタン教官からの月での最初の指導だ。私にはいざという時には魔法があるし、同級生の中にも魔法で無重力をある程度コントロール出来た人もいた。しかしここでは教官の言葉に従い、できるだけ魔法を使わずにすむよう歩くことにした。私たちは階段を一歩一歩踏みしめ、宇宙船を降りる。

すでに空港では大勢の観客が宇宙船を取り囲んでいる。5〜7年生の生徒たちだ。まだ進級はしていないから、カタリナはまだ7年生だし、私も4年生だ。今の8年生はすでに現場に配属されたので、ここにはいない。

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