春の雪
佐原
プロローグ
誰かのために歌いたい。そう思い始めたのはいつだろう。
よく覚えていないが、物心がついた頃に私はもう歌っていた。
頭も良く活発な姉に引き換え、私は取り立てて特技も長所もなかった。
けどひとつだけ人並みに出来たことが、歌をうまく歌うことだった。
音楽の授業で歌を歌った時に、小学校の頃のクラスメイトが驚いていたのを覚えている。
だが出来のいい姉と違い友達を作るのは苦手で、いつも私はひとりぼっちだった。
人と話すのは得意ではないため、それはそれで気楽な学校生活ともいえた。
だが予想外の問題がひとつあった。
唯一の特技である歌を、歌って聴かせる相手に恵まれなかったことだ。
そんな不満を抱え孤立した中学時代を過ごしていたが、転機は進学して訪れる。
人並みに受験勉強に取り組み高校生となり、両親からスマートフォンを持たせてもらえた。
それが私の人生を一変させた。
スマホで知ったSNSやネットワークの世界には、新しい価値観が満ちていた。
中学校の頃の孤立や孤独は、いったい何だったのかと呆れ果ててしまう程だった。
なぜなら私と同じくらいかより下の年の子まで、思うさまに自分の歌を配信して全世界に発信していたからだ。
発信側も受信側も大勢おり盛況を極めていて、この大波に乗らない手はないと即断した。
人との交流が人並み以下の私にとって、放課後という時間は一人ぼっちで過ごす暇な時間だった。
その時間を生かし独学で音楽を学び、それなりに曲として成立するものを作れる技量を会得していたのはファインプレーだった。
当然それは世にいる配信者たちの動画に比べ、あまりにも稚拙だった。
私が手探りで作り配信していった動画は、注目度は天と地ほどの差があった。
だが高校一年生の私は、そこまで悲観的ではなかった。
SNSやネットワークの世界で人は一人ではないという実感に、何度も勇気づけられた。
仮に私の動画の再生数が二桁や三桁でも、間違いなくその向こう側に人はいる。
コメントやレスポンスを貰えることが、何より楽しかったのだ。
そうした人々に歌を届けているという実感こそ、私が追い求めてやまない理想だった。
高校生という身空で、私は青春という名の熱量を歌を届けることで発散していった。
しかし私のささやかな配信活動は、ある事案を持って休止することになる。
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