#05 第1章 俺×由良 夢のカケラ 1-4


 その夜。

 家に帰ると、飼い猫が飯欲しさにすり寄ってきた。

 しかし、勇登は「ニャー、今忙しいんだよ。後でな」といって三毛柄の彼女をなでながら引き離すと、すぐに文集探しをはじめた。自分の部屋、リビングの本棚、思い当たる場所は全部探したが、一向に見つからなかった。


 途方に暮れた勇登は、家主に電話することにした。着信履歴から志島由良(しじまゆら)の名前を探す。


「はい、はーい」

 高い声に驚いて、勇登は耳から携帯を離した。

「あ、俺だけど」

「おれ?おれって名前の知り合いはいませんがー?」

 わざとらしく語尾を上げて由良が答える。


「……勇登だよ」

「ああ、勇登。ちゃんと名乗りなさい、っていつもいってるでしょ」

「息子の声くらい覚えろよ」

 勇登はぶっきらぼうに答えた。


「あんたねぇ、わかってるに決まってるでしょ。でも十年後、二十年後、あたしの耳が悪くなって、勇登の声が識別できなくなって、あたしが詐欺にあったら、どうしてくれるの!?」

 とてつもなく面倒くさいと思ったが、由良のいい分はいつも正しくて、反論の余地がない。更に、この勢いだとおしゃべり好きの彼女に話を持ってかれる。

「そうだね。ごめんごめん……」

 勇登はその場を適当に取り繕うと、本題を切り出した。


「なあ、俺の小学校の卒業文集知らね?」

「……文集?なんでそんなもん探してんのよ」

「いや、理由はないけど」

 勇登は由良に理由をいってはいけない気がしていた。


「……2階の、あたしの部屋の押し入れにあるんじゃない?わからないけど」

 勇登は由良の答えにドキリとした。

 そこは、父の遺品が入っている場所だった。


 電話を切った勇登は、恐る恐る押し入れを開けた。

 父が死んだ後、由良がここに父の遺品をしまっていたことは知っていた。でも、勇登はこの押し入れを一度も開けたことがなかった。

 勇気を出して、一番手前にあった父の遺品の入った段ボール箱を開けた。幸運なことに文集はフタを開けてすぐに見つかった。他にも一緒に年賀状のような葉書や封書があったが、他は見ないようにして文集だけを取り出した。


 勇登は文集を由良が子どもの頃使い込んだであろう木製の机にそっと置くと、ニャーに飯をあげにいった。


 また、胸のザワザワが戻ってきていた。

 一度気持ちを落ち着けたかった。

 ニャーがツナ缶をすごい勢いで平らげるのを見届けた勇登は、由良の部屋に舞い戻った。窓際の机に座って、文集を開くと、自分のページはすぐに見つかった。


『ぼくの夢。ぼくは将来、お父さんと同じメディックになります。メディックとは、航空自衛隊で隊員やみんかんの人を助ける仕事をしている人のことです。ぼくがメディックになろうと思ったのは、お父さんとネコのニャーを助けたことがあったからです。あと、お父さんはきん肉りゅうりゅうで、かっこいいからです。お母さんもお父さんは世界で一番かっこいいといっていました。だから、ぼくもお父さんのようなかっこいいメディックになります。』


 文章の端には、曲がった線でヘリコプターの絵が描かれていた。

 

 勇登が混乱した頭のまま顔を上げると、目の前の真っ黒な窓に、涙を流す自分が映っていた。それと同時に、母の泣き顔が脳裏に浮かんだ。


 その瞬間、すべてを思い出した――。

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