#04 第1章 俺×由良 夢のカケラ 1-3
店に連れてこられた勇登は、はじめキョロキョロと店の中を観察していたが、目の前に皿が置かれると「すげえ」といって目を輝かせた。
ナオは勇登の向かいの席に腰かけて「うまい、うまい」といって、レバニラとご飯を交互に食べる彼を見ていた。自分が作ったわけでもないのに、不思議と嬉しくなった。
店はもともと祖母がはじめて、祖母と母で経営していた。これまでは、店でレバニラを出していることが気に入らなかったが、このときばかりは悪くないと思えた。
勇登は、大盛りのご飯をたいらげると「おいしかったーっ」といってお腹をさすった。ナオがいれたてのコーヒーを出すと、勇登は母親が航空自衛官で『当直』という基地に泊まりの勤務があること、母親と二人で暮らしているいることなどを話してくれた。
*
数日後。
勇登は名古屋から浜松行きの電車に乗った。
特に誇れることは何もない状況だったが、それでも浜松に向かったのはナオのいうとおり「少し気になる子」がいたからだった。
浜松に着くと、勇登は待ち合わせ場所である市内の中学校に向かった。
勇登は小学校しか知らないが、同級生のほとんどが同じ中学校に進学していた。集まったのは十数人。みんな当時の面影を残しながら、成長していた。久しぶりのぎこちなさも、少し話せばすぐにあの頃の感覚に戻る。みんな高校は散り散りになっていたので、懐かしさもあってか、しばしの間会話に花が咲いた。
近くでまとまっていた女子グループの一人が、甲高い声で叫んだ。
「えー、すごい!美夏、自衛隊行くの!?」
「うん。一応ね」
その言葉に自然と顔がほころんでしまった勇登は、小学校時代のことを思い出した。
勇登が浜松の小学校に転校したのは、4年生になったときだった。
おおよそ2、3年に1回転属する母のおかげで、転校生のコツを掴みはじめていたから馴染むのは早かった。
5年生の夏休み、友達数人で湖に遊びに行ったことがあった。友達は全員自転車だったが、勇登はひとりダッシュだった。母の「男は走れ」という教育方針と、転属時に邪魔という理由で買ってもらえなかったのだ。途中、遅れをとった勇登は派手に転んだ。
流血する膝をかかえ涙をこらえていると、飯塚美夏(いいづかみか)が現れた。彼女は勇登を自分の家に招き手当をしてくれた。勇登は女の子の家なんてはじめてだったし、それまで美夏とはほとんど話したことがなかったから、緊張のあまりキョロキョロしていた。すると、本格的な航空機模型が沢山あることに気がついた。
勇登が次々と機種名をいい当てると、美夏は目を輝かせた。
「なんでそんなに知ってるの?」
勇登は両親のことを話した。美夏は満面の笑顔になるといった。
「実はね、私戦闘機のパイロット目指してるんだ」
美夏の笑顔はとても輝いていた。どちらかというと黒髪のおかっぱ頭の美夏は、勉強はできるが発言は少なく地味で、クラスでも目立たない子だった。しかし、前髪を上げて顔を出せば、実はクラスで一番かわいい子だと勇登は気がついていた。
数年間の穴埋めのための近況話が落ち着いたところで、みんなで近くのファミレスに行くことになった。ファミレスに向かって歩きはじめると、それまで女友達と一緒だった美夏が勇登の隣にやってきた。
二人は何となく集団の後ろに移動した。
「志島君、私のこと覚えてる?」
そういって笑う美夏は、艶のある長いストレートの黒髪と斜めに分けられた前髪からのぞく大きな瞳が印象的な美人になっていた。
「ああ、航空自衛隊入るんだな」
「うん。本当は航空学生として入りたかったんだけど、落ちちゃって。でも自衛官やりながら次も受ける予定。絶対受かるんだ。……志島君は?」
「俺はしがない浪人生」
「へえ、大学いってやりたいことあるんだ。すごいね」
美夏が髪をかき上げながら笑うと、ふわりといい香りがした。
「……まあね」
勇登は少し言葉に詰まりながら答えた。
ただ、去年受験した大学には、特別やりたいことはなく、周りに流されて受験していたのは確かだった。特にないけど目指してる、なんて初恋の子にいえる訳がなかった。
「ねえ、小学生のとき、自衛隊の戦闘機が墜落した事故あったじゃない。それで私が恐くなって、パイロットなるのやめる、っていったとき、志島君、私に何ていったか覚えてる?」
その事故が起きたとき、父親が電話で呼び出され出動したのを覚えていた。しかし、美夏と何を話したのかは、全く記憶になかった。
勇登が考え込んでしまうと美夏がいった。
「……いざとなったら、俺が助ける!俺の父さんは救難員でパイロットを助けるためにいるんだ。俺も救難員になるから、大丈夫。俺に任せろ!」
当時の勇登の口真似をしながら美夏がいった。そんな自分が可笑しかったのか美夏はクスクスと笑った。
しかし、勇登は美夏が誰の話をしているのかわからなかった。
――なんだ?なんだ、なんだ、なんかヤバイ。
急に耳を塞いでしまいたい気分になった。
胸のあたりがザワザワして、これ以上きくなと警告を発している。
「志島君、小学校の卒業文集にも書いてたよね。航空自衛隊に入ってメディック目指す、って」
「俺、……そんなこと書いたっけ?」
「うん。忘れちゃったの?」
「……あ、ああ」
勇登は上の空で答えた。
「なんだ、残念。私が戦闘機のパイロットになって、いざってとき、志島君が来てくれたら安心だと思ったのに。なればいいのに、メディック。……何かあったら助けてよ、俺」
美夏はがっしりとした勇登の肩を、小さな拳で力強く押して「なんてね」と冗談ぽくいった。
勇登は混乱していた。
――メディックになる?誰が?
全く心当たりがなかった。真面目な美夏が嘘をいうはずもなかった。
――俺は、何か大切なことを忘れている。
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