記憶喪失ですが、魔術師になりました!

桜音羽 詩葉

第1話

「はあ、はあ…!」


後ろから聞こえる複数の足音、怒号。何故こうなったのだろうか。私は、なんて事をしてしまったのだろうか。


「待てぇ!絶対に逃がすな!」


魔物の恐ろしい咆哮にも匹敵する程の、怒りと怨嗟が込められた声。本当はわかっている。こうして逃げることは間違っているのだと。しかし、だからと言ってあのまま捕まっている訳にはいかなかった。


「に、逃げなきゃ…!」


追いつかれたら最後、私に待つのは…死。本能的にそう感じたからこそ、命からがらこうして走り続けているのだ。


「あ…!」


木の根に躓いて派手に転ぶ。と同時に、左足首からグキッと嫌な音がした。


「いった…。」


どうやら挫いてしまったらしい。これは非常にまずい。いつもだったらこんな怪我は魔法ですぐ治せるのだが…如何せん今は、あの事が原因なのか、上手く魔法を使えないでいた。


(早く…早く立て、私の足…!)


痛みに耐えながら、無理矢理立ち上がる。左足を引き摺りながら、少しずつ、前へ。


「ようやく追いついたぞ…!」

「ひっ…!」

「観念しろ!」


そんな甲斐も虚しく、無情にも迫ってくる男達。彼等の瞳に燃え盛る憎悪の炎。まるでそれに呑み込まれるかのように、体から力が抜けた。地べたにお尻が吸い寄せられる。せめてもの抗いで少しずつ後ずさりするが、後ろの地面についていた指先がふと、空気を引っ掻く。嫌な予感がして振り返ると…そこは崖だった。微かに遥か下方で水の音がする。


「そん、な…。」


あまりにも絶望的すぎる状況。もう私には生き延びる道なんて残されていない。そう諦めかけた、その時。


「う、わ…!なんだ!?」

「地震だ!これはでかいぞ、お前ら、そこら辺の木に掴まれ!」


突如として訪れた地震。そしてそれは、起こった。


ピキ…ッ!


「え。」


私が居る場所の地面が、音を立てて崩れ落ちる。自らの体が重力に従い落下していく。まるで世界に置き去りにされたかのようにスローモーションに感じた。


ドボンッ!


私が最後に目にしたのは、悔しそうな顔をした男達の姿だった。

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