おりこうさん
佐藤ムニエル
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学校からの帰り道、子猫を見つけた。自動販売機の横でボロボロの段ボールに入れられて、ミャアミャアと鳴いていた。
僕たちは四人で子猫に近づいた。
「捨て猫かな」
「捨て猫だね」
「一匹かな」
「そうみたい」
「かわいそう」
「うん、かわいそう」
「このままじゃカラスにさらわれちゃうかも」
「何とかしなきゃ」
クラス委員でもある班員の女子が、携帯端末を取り出して電話を掛けた。自動販売機に書いてあった番地を告げ、事情を説明し、電話を切った。
「保健所の人、すぐに来るって」
よかった、と僕たちは胸をなで下ろす。捨て猫は決まり通り、保健所に連れて行ってもらえる。
十分ほどして、保健所の車がやって来た。係のおじさんは子猫の入った段ボールを抱え上げ、ちゃんと連絡して偉いと僕たちを褒めた。当たり前のことをしただけです、と携帯端末の女子が言った。おじさんが段ボールを荷台に押し込み、車は走り去った。僕たちは再び歩き出した。
「時間、ロスしちゃったね」
「早歩きすれば大丈夫だよ」
「帰ったらちゃんと事情を報告しなくちゃ」
「そうそう。遊んでいたわけじゃないんだから」
それでも四人とも、早足になっていた。
僕たちは間違えない。間違った選択をして人生を後悔しないよう、頭の中に仕組みが出来上がっている。それは僕たちがお母さんのお腹の中にいた頃に施された処置によるもので、いわば両親からの〈贈り物〉だ。彼らは口や行動で教える以上に大切な価値観を、生まれながらに僕たちに授けてくれたのだ。
大抵の子は、頭に五つの〈贈り物〉——プラグインが備わっている。一人の頭に実装できる限界が五つで、それ以上は「発育に支障を来す」のだそうだ。
特別な事情がない限り、五つのプラグインを実装するのが基本だ。うちは両親と僕の三人暮らし。ごく平均的な家庭で、僕自身にも持病などはない。そんな僕の頭には〈思いやり〉〈アーティスト〉〈5教科ブースト〉〈親孝行〉〈法令遵守〉の五つが入っている。
もっとも、僕自身がそれらプラグインの効果を感じることはなく、人を慮ることは当然だと思うし、絵を描くことは楽しいと感じる。学校の勉強を頑張るのは当たり前だし、お父さんやお母さんを大事にする気持ちは初めから持っている。一番安かったという〈法令遵守〉だって、そもそも法律というものは守らなければいけないものなんじゃないの、と思っている。
「当たり前のことを当たり前にできない人が多いから、わざわざプラグインという形で頭に入れなければならなくなったんだよ」と、いつかお父さんが言っていた。
大昔の人たちが守れていた決まりを、少し前の人たちはすっかり守らなくなっていた。そのせいで人々はいがみ合って、大きな戦争まで起こした。あと一歩で人類滅亡というところまで行ってようやく目を覚ました人々は、自分たちを律するために頭にプラグインを入れるようになったそうだ。
頭の中にプラグインがないというのはどういうものなのだろう、と考えることがある。考えたところで、答えにはたどり着けないのだけれど。
ぼんやりとだけど、何もできなくなってしまうんじゃないか、と思う。僕たちが〈当たり前〉と感じているものは船みたいなもので、それがないというのは真っ暗な海の真ん中に体一つで放り出されるのと同じことだ。そう考えると、途端に怖くなる。そういう、拠り所となる価値観もない状況で生きていかなければならないとすれば不安にもなるだろうし、溺れないよう必死になるあまり、他の誰かをも犠牲にしかねない。何もなしで暗い海を泳ぐなんて、自殺行為にしか思えない。
だから、よかった。僕には乗るべき船がある。これなら夜の海だって怖くはない。
僕は毎日塾に通っている。帰りは夜九時を過ぎる。講義が終わり外へ出ると、外は真っ暗だ。
帰り道、空を見上げる。月が出ている時は明るいけれど、そうじゃない時は濃紺が広がっているだけだ。本当は数え切れないほどの星が散らばっているらしいけれど、地上が明るすぎるせいで見えないのだという。
図鑑で見た星空を、心の中で映し出してみる。けれどそれはいくらやっても図鑑の絵でしかなく、本物には感じられない。
僕は諦めて歩き出す。時間通り帰らなければ、お母さんたちが心配するから。
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