第2話 迷宮都市メイザニア

 ルクスが街の入場門に辿り着いた頃には日が傾き始めていた。まだ夕刻までは時間もあるだろうが、昼はとうに過ぎ、あと数刻もすれば景色が紅く染まり始めるだろう。

 そして当の本人はと言えば、街に入ろうとしている長い行列に並んで物珍しそうにあちらこちらへと視線を飛ばしていた。

 傍から見れば完全にお上りさんではあるが、年齢的にまだ幼さが残るとはいえ平均よりも少し(あくまでもルクス本人はそう思い込んでいる)小柄な体格と、その愛らしい容貌のおかげでほとんどの者からある意味好意的な視線で見られている。まあ一部割と危険な妄想を脳内で膨らませている者もいるが、人の多さと、すぐそばに衛兵がいることで実力行使にでるつもりがなさそうなのが救いではあるが。


「通行証があれば提示してください。なければ出身と氏名、年齢、目的をお願いします」


 そうこうしている内にルクスの順番になった。生真面目そうな衛兵が思ったよりも丁寧な口調で話しかけてくれたことに多少驚きつつも、しっかりと目と目を合わせて答える。


「通行証はありません。ラナグート領コロネ村出身、ルクス12歳です。目的は冒険者になる為、ですっ!」


 本人に自覚はないのであろうが、これでもかと言う程ドヤ顔を浮かべて若干胸を反らして答えるルクス。

 実はこの問答は脳内で何度もシミュレーションを繰り返していたりする。

 元々孤児であり、小さくはなくともそこそこ辺境にあった村の出身であるルクスには身元の保証というものがないので、大きな街に入る際にはこういった手続きが必要になるだろうと、前もってアメリアに教えてもらっていたのだ。

 冒険者ギルドでギルドカードを発行すればそれが身分証の代わりとなる為、本来であればギルドのある村や町に寄って予め手に入れておくことも出来たのだが、ルクスとしては一刻も早くメイザニアに辿り着きたかったことと、初めて作るギルドカードには発行された街の名前が載ると知っていた為、メイザニア以外でギルドカードを発行するということを考えもしなかったわけである。


「その年齢で冒険者か……ふむ。特段珍しいという程でもないが……まあ、何か困ったことがあれば何でも私達衛兵を頼りなさい。この門以外にも街を巡回する者もいるし、駐在所もある。君はまだ若いんだから、周りの大人に甘えることも忘れないようにな」


 ルクスとしては脳内で何度も練習した受け答えの通りに答えただけなのだが、どういうわけかそれを聞いた衛兵は少し考える素振りを見せた後に、険しい表情を消し去り、優しい笑顔を浮かべながらルクスの頭を撫でつつそう述べた。

 もちろん突然頭を撫でられたルクスも驚いたが、それよりも驚いたのはこの衛兵の傍にいた同僚たちである。

 この衛兵、実は既婚で三人の子供がいたりするのだが、基本的に真面目で融通の利かない性格の為、周りの同僚からも「お前の眉間にある皺がなくなったところを見てみたいもんだ」と度々揶揄されている程に堅物なのだ。そんな男が柔らかくも落ち着いた父親オーラを放ち、子供の頭を優しく撫でている姿を見れば驚きもするだろう。


「ぅえっと……あの?」


 ルクスとしては全く想定していなかった事態に若干パニックになっていた。

 突然のこととは言え、頭を撫でる手は優しく嫌悪感があるわけでもないので無理に振り払うことも出来ず、どうしたものかとその円い瞳をグルグルさせていると、横合いから別の衛兵が駆けつけてきて絶賛撫で繰り回し中の衛兵の頭をひっぱたいた。


「職務中に何やってんだこら!後ろの人たちもその子も困ってるじゃねーかっ!」


「――っは!?」


 結構な強さで叩かれたのか、パコーンといい音が響いていたが、その衝撃のおかげか正気に戻ったらしい。


「っすまない、つい……。あーえー、どこまで聞いたのだったかな?」


「あほ!必要なことは全部その子がちゃんと言ってたろうが!通行税の説明と徴収だよ!僕、ごめんな?普段はもっと馬鹿みたいに真面目なやつなんだが、どーしちまったんだか……。悪気があってのことじゃないのは確かだから、勘弁してやってくれ」


 正気に戻ったのはいいが、つい先程の問答も忘れてしまっていた衛兵の肩をゴンっと殴り、駆け付けてくれた衛兵が話を進める。

 ルクスとしては何がついなのかわからず首を傾げたものの、別に変なことをされたと思っているわけではないので「全然だいじょぶです!」と全力で首を横に振って否定はしたが、内心では練習した問答の筋に戻れたことにほっと胸を撫でおろしていた。


「そ、そうだったな。重ねて申し訳ない。通行税として銀貨一枚が必要なのだが、持ち合わせはあるかね?」


 気を取り直してといった様子で一度「こほん」と咳ばらいを挟んでから、職務通りの話に戻る衛兵。若干頬が赤くなっているが、まあ気恥ずかしさからくるものであろう。……それ以外の理由があったとしても、それを知って得する者などいないと思われるので割愛する。


「ぁ、はい!銀貨一枚ですね。ちゃんとあります」


 ルクスはそんな様子の衛兵に多少おかしく思いつつも「あはは……」と苦笑で流し、背嚢にしまっていた財布から銀貨を一枚抜き、衛兵に手渡す。


「たしかに。では、この水晶に触れてもらえるか?犯罪歴の有無を調べるのでな」


 そう言って隊服の胸ポケットからピンポン玉サイズの水晶を取り出し、ルクスの前に差し出す。

 これも比較的規模の大きな街に入る際に、通行証や身分証を持たない者に対して必ず行われるものだ。原理はわかっていないらしいが、この水晶に触れた者が過去に何らかの犯罪を犯していた場合、赤く光るのだ。曰く、法の女神が全人類の行いに目を光らせており、その法に悖る行いをした者を見分ける魔道具……なのだとか。

 どんな小さな犯罪行為も誤魔化せないらしく、その光量や色の濃さによって犯罪歴の有無と犯した犯罪の重さを測るらしい。もちろん潔白な者が触れても光ることはないので、疚しいことが無い者にとってはなんでもないことではあるのだが。


「……うむ。犯罪歴も無し、と。それでは、ようこそメイザニアへ。君の活躍を祈っているよ」


「――はいっ!ありがとうございます!』


 ルクスが水晶に触れて数秒、光らないことをしっかりと確認した衛兵はまた、表情を柔らかくしてルクスへ向けて優しく言葉をかけ、右手を差し出した。

 それが彼の謝意と気遣いであると何となく察したルクスは、嬉しくなって思わず両手で握手に応え、輝くような笑顔で礼を述べた後に軽く頭を下げ、元気に街の中へと駆け出していくのだった。

 そんなルクスの凄まじいとしか形容できない威力の笑顔を向けられた衛兵は、しばらく顔も上げられない程顔全体を真っ赤に染めてしまい、それ以降使い物にならなくなってしまったという。


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