Act14_報復のスキーム
高級な絨毯の上を踏む足音が響いている。それに加えて腰に帯びたレイピア、副官の纏う甲冑から響く金属音も。昼下がりにも関わらず城内は人気が少なく、衛兵が各要所に待機しているだけであった。普段であればメイドや執事達が忙しなく自らの仕事をしているはずであるが、流石に人払いが行われているようだ。
平時であれば私達傭兵に対して嫌悪の籠もった視線を向けてくる衛兵達であるが、今日は異なっていた。それこそが端的に彼らの心情を物語っている。
まあ正直な所そんなことはどうでもいい。私たちは結局やることをやるだけの傭兵である。
今日私がここにいるのはベネディクテから直接召集されたからだ。普段であれば地方領主派閥からの反発を嫌い、王城に直接召集されることなど無いのだが(私もこれ以上政争に巻き込まれるのは御免である)、今回は状況が状況だ。こちらとしてもフェリザリアに良いようにされている現状は気に入らない。
実質王家お抱えの傭兵であるレイレナードという組織としてもどのみち拒否権は無い。元より断る理由もないが。
しばらく城内を進めば、指定された部屋の前へとたどり着く。ハルバートを持った衛兵が2名待機していたが、こちらが名乗りを上げる前に衛兵はドアを開いた。
もし魔物や敵対勢力が私に变化していたらどうするのだと頭を抱えたくなるような有様である。王城の衛兵の質も落ちたな……と感じざるを得なかった。
でもこれは仕方の無い部分もあるだろう。というのも自分で言うのもなんだが、私は国内だけにとどまらずザースヴェル世界ではそれなり以上の有名人である。良くも悪くも。傭兵として金で動く逸脱者。依頼の正当性が認められればミスティア以外の国でも活動を行う弩級の戦力。
無意識的に『この人物であれば大丈夫』という刷り込みがあるのかもしれない。
まあ私達逸脱者とそれ以外では圧倒的に魔力量とその質が異なる。魔術に知見のある人物であれば一発で感じ取れるレベルでだ。变化したところで即座に看破される可能性が高い以上、実際問題として私達逸脱者に化ける事ということは考えにくいというのも事実。
もう一つの理由として人材不足ということが上げられる。どういうことかといえば、このミスティア王城に駐屯している兵力は全てミスティア王家軍の兵士である。だが現状ミスティアはモンストラ戦線とフェリザリア戦線、そして北方の深淵戦線の三面対応を行っている。王家軍はこれらの地域に精鋭部隊を多く派遣しており、今現在ここにいる衛兵の殆どは二線級の存在だ。
普通であれば召集者であるベネディクテの第一王女近衛隊などが警備にあたるのが練度的にも普通なのだが、彼女の近衛隊も先の戦いで損害を被っていると聞いた。仕方なし、ということだろうか。
あけられたドアをくぐる。この部屋は武官たちの会議室として使われる部屋であり、室内中央には大きな円卓が一つ置かれている。それを取り囲む様に椅子が並べられ、部屋の最奥には魔術球という道具が設置されていた。魔術球の使い方は多々あるのだが、こういった場の場合、資料の表示用として用いられる事が多い。魔術球に魔力を流し、適切な手順を用いれば空間に文字や資料を投影することができるのだ。
とはいえなかなかに面倒くさい手順が必要な道具であり、燃費も悪く万能なものではない。そして何より高い。故にこういった場でしかお目にかかれないものではある。
室内にはオイフェミア、ベネディクテ。そして簡易な礼服のようなもので身をまとった男の姿があった。
あれが件のアサカという男傭兵だろう。日焼けした肌に私達とは違う骨格をしている。東方の果てに似た姿の民族が当地する土地があったはずだが、彼は異世界からの
「アリーヤ!よく来てくれた」
ベネディクテがそう声をかけてくる。
「断る理由も無いしねぇ。お久しぶり~。オイフェミア殿下も大事ないようで何より」
「アリーヤ、取ってつけたような敬称は無しで大丈夫ですよ。貴女もお元気そうで何よりです」
オイフェミアの言葉を受けて苦笑いする。ベネディクテのような親友なら別であるが、オイフェミアとはあまり直接的な関わりはない。だから一応は……と思うのだが、まあ私は畏まった態度などは苦手である。彼女もそれを理解している為、このやり取りは顔を合わせる度の恒例行事でもあった。
視線をずらし、彼女たちの横にいるアサカであろう男を見る。すればベネディクテが先に口を開いた。
「ああ、アリーヤは初見だったな。紹介しよう、フェリザリアの初動攻撃から私とオイフェミアを救ってくれた……」
「アサカ・ヒナツ」
私が彼の名前を挟めば、男は少し驚いたような表情を向けてきた。そしてベレー帽を取りながら私に身体の正中線を向ける。
「お初にお目にかかります。俺……私の名前は朝霞日夏です」
「ご丁寧にどうも~。でも畏まった態度は苦手なの。できれば普段どおりでお願い。私はアリーヤ・レイレナード。よろしくね~」
続いて私の副官も挨拶と名乗りを行う。とは言えアサカ以外とは面識があるため軽くであるが。
「他の人員が揃うまでしばし待っていてくれ。喉は渇いているか?」
「大丈夫よ~」
そう言いながらアサカの隣の席へと座る。驚いた様子アサカであるが、お構いなしに聞きたいことを口にする。
「ねぇ、アリシアとはどこまでいったの?」
それを聞いて飲んでいた紅茶を吹き出したのはベネディクテであった。オイフェミアも取り繕えていないポーカーフェイスでこちらにチラチラと視線を向けてくる。このムッツリめ。どうせ知っている癖に中々のスケベである。
「……妹さんでしょ?直接聞いたら良いじゃないですか」
「だってアリシアは絶対答えてくれないもの。ねえ、どうなの?」
アサカはあからさまに嫌そうな顔をしつつ口を開く。
「俺だけの問題じゃないので黙秘権を行使します」
「え~」
そう口にしつつもそれ以上の追求はしない。別に私としても嫌われたい訳ではないし、彼は口が軽い方ではないということがわかっただけで十分だ。これで喋っていようものなら信用は地に落ちる。大げさと思えるかもしれないが、むしろこういう小さいことの方が人間性が良く出るものだ。
ともかく現状私のアサカという男に対する評価は及第点である。いや、最低限味方でいても問題のないレベルという所だろうか。まあ何にせよこれからもこの男と関わっていく機会は多いだろう。私も彼も、人殺しのロクデナシなのだから。
「少ないですね」
副官の呟きが耳に入る。真夏の生温い風が頬を撫で、髪が汗で張り付く。不快感とともに、5kmほど先で展開するミスティアの部隊へと視線を向けた。報復攻撃が行われる事はとっくに承知していたため、それに対しては驚きは無い。だが副官の言う通り、砦攻めにしては全くもって戦力不足である敵に対して疑問が募る。現在ここシャーウッド砦には私の第一騎士団と別の貴族が指揮する第八騎士団が集結しつつある。全部隊の配置が完了していないとはいえ、その数はざっと9000。それに対してミスティアの侵攻部隊はどう多く見積もっても3000に満たない規模である。こんな数で砦攻め?敵ではあるが、ミスティアの軍事統括者である第一王女、ベネディクテは馬鹿ではない。寧ろ私は彼女の事を同じ戦士として評価している。戦略の天才と称されるあの女がなんの策も用意していない訳がないのだ。
さて。先程も言ったことではあるが、私たちはこのミスティアによる報復攻撃を予期していた。その為本来であればミスティア国内に潜伏している我が国の諜報員から事前に敵方の戦力の大まかな情報が齎される予定だったのだ。だが1週間ほど前にミスティア内で大規模な諜報員狩りが行われたらしく、現在我が国のミスティアにおける諜報網は壊滅状態である。普段であれば顔には出さないものの、内心舌打ちくらいはする所であるが、今回ばかりは致し方なし、というのが私の感想であった。
というのも、その諜報員狩りを主導で行っていたのはあの"魔女姫"オイフェミア・アルムクヴィストなのだという。実際に対峙して理解したことだが、あの女は一般人が対処できる範疇を逸脱している。いくら諜報員というその手のプロであったとしても、他人の心を容易に覗き見て操作できるあの女が相手ではどうしようもないのだ。訓練を受けたプロといっても、それは通常の存在に対処するための訓練である。その枠を逸脱した怪物相手では練度なぞゴミクズ同然である。
そうは言ってももちろん既に斥候は放ってある。もうじき帰還するはずであるが。
「ノルデリア騎士団長」
そう思考していればタイミングよく斥候が戻ってきた。数は減っているし、全身血だらけであるが。捕捉され、戦闘に陥ったか。
「まずは休めと言いたいところだが、状況が状況だ。報告を頼む」
視線を向けそういえば斥候を行っていた野伏は生唾を飲み乾いた声で話し始める。
「報告致します。展開中のミスティア軍において3つの旗を確認。うち2つはウォルコット軍のものです」
苦虫を噛み潰したような顔をする。事前の個人的な予想通り、ではあるがよりにもよってウォルコットか。私と同じ、戦士としての逸脱者、"単騎師団"レティシア・ウォルコットの軍である。なるほど、数が少ない理由が理解できた。たしかにウォルコットという逸脱者がいるならば額面の数の差等あてにはならないだろう。それにしてももう少しは頭数を用意すると思っていたが。だが生憎とこちらにも私という逸脱者はいる。であればそれに対する対策もあるだろう。
「なるほど。残り1つは?」
「それが……旗は傭兵部隊レイレナードのものでした。それも第一大隊のものです……」
周りに隠す気も無く舌打ちをする。なるほど。そういうことか。"単騎師団"レティシア・ウォルコットと"烈火"アリーヤ・レイレナードの逸脱者2人を戦場に投入するのなら、一般部隊の数なぞどうでも良いと言うわけだ。寧ろ足かせにすらなりうる。アリーヤという女は戦術的殲滅に長けた存在だ。厄介極まりない。これは、私が直接前面に出て抑えるしか無いだろう。砦内で戦闘しようものなら私達以外誰も居なくなる。だがあの化物女どもを2人相手にしつつ拠点防衛もするとなると……無理である。良くて大損害、悪くて壊滅だろう。また貧乏くじを引いたと内心で悪態をつくが、そうはいっても状況は変わらない。やれることをやれるだけするしかないだろう。
「理解した。斥候部隊の損害は?」
「申し訳ありません。私以外の者は全滅です……」
「レイレナードの騎兵部隊に狩られたか?」
「いえ……」
口を濁した野伏に違和感を抱き改めて身体を向ける。すれば野伏は苦虫を噛んだような顔で口を開いた。
「遠方でパァン、という破裂音が聞こえたかと思えば、次々に仲間が血を吹いて死んでいったのです。その攻撃の主の姿を確認することすらままなりませんでした。ですが、あれは恐らく……」
最悪だ。思わず天を仰いだ。私に傷を追わせ、先の侵攻時に我が軍を敗退に追いやった元凶、"魔弾"までもが参陣しているというのか。逸脱者級の3人がわざわざ参陣してくるとは。ミスティアの本気度が伺えると言うもの。もしくは他戦線での対応で人員を割けないかのいずれかか。
どのみち私達にとって最悪なのには変わりないが。
魔弾と言うのはフェリザリア内で渾名されたあの存在の事であるが、言い得て妙だと思う。このままでは状況はかなり厳しくなることだろう。
だから手を打つ。かなり極限状態であるが、やれることはある。
「了解した。お前は休め」
野伏は了解の意を示し下がっていった。副官が眉間に皺を寄せながら声をかけてくる。
「最悪ですね」
「ああ。だがやれるだけの事はやるさ。むざむざ敗走なぞフェリザリア貴族の名折れだろう」
副官も私の言葉に同意するようで意思の強い瞳に変わりは無いが、それ以上の憂いを感じさせる。
「そうですね。一般部隊は下げますか?」
「いや、どのみち籠城した所で破壊されるのは目に見える。だからさ、進むしか無いんだよ。私と5000で打って出るさ」
「ですが最低でも烈火と単騎師団が相手ですよ?ノルデリア団長はともかく、他の兵は……」
「わかってるさ。だが奴らのどちらかに砦に張り付かれた時点で終わりだ。そうなる前に敵の一般部隊を壊滅に追い込む。そうすればここでの勝敗はともかくとして、連中はこれ以上の侵攻が不可能になるだろう。先の市街地が焼かれるよりはましだろう?」
複雑な心境をそのまま顔に張り付かせ、副官は応えた。
「まあ……そうですね。ですが魔弾はどうするんです?」
「それについては考えがある。"猟犬大隊"は到着しているか?」
「はい。ゼータ様隷下の部隊が到着しております」
「ならゼータを呼んでくれ。猟犬らしく、"魔弾"に噛みついてもらおう」
猟犬大隊。フェリザリア女王カミーラ直属の特殊部隊である。練度はザールヴェル世界において最強の一つに数えられ、また勇猛果敢。そして猟犬大隊の指揮官であるゼータは逸脱者に届かないにせよ、私に深傷を負わせた存在でもある。とはいえ、ここでの勝敗は正直望み薄であるが、それでも連中に徹底的に傷を与えてやろう。なんせここにはフェリザリア最強の私と、その次に強いゼータが揃っているのだから。
私にも青い血の流れる貴族としての自負はある。ここの損害で後方の都市が難を逃れるのであれば本望だ。他貴族からのやっかみも減るしな。まあ最も、貴族位を蹴ったゼータからすれば甚だ迷惑な話ではあるのだろうが。
だがやってもらわねばならない。我らはフェリザリアを代表する最強。その責務は、私達が思っている以上に重いのだ。
戦争というのは好きではない。寧ろ戦争が好きな人間というのは破綻者に他ならないだろう。正直に言えばミスティアの政治的しがらみのせいで民が疲弊しているこの現状は忌々しい。大規模な北方魔物部族連合への対処も、深淵に対する征伐も国内の一定の貴族から強い反発があるため満足に行えていない。まあ彼らの気持ちも理解できなくはない。モンストラ戦線への対処も、深淵戦線の対処も、私やアリーヤ騎士、オイフェミア殿下などの逸脱者が主力として参戦しなければ事態の進展は難しい事は目に見えている。だが逸脱者たる我らが動けばそれだけ周辺の"人族国家"に付け入る先を与えることに他ならない。今回の逆侵攻を行うに至ったのもベネディクテ殿下とラクランシア陛下が強く提言した事も理由の一つではあるが、それ以上に"貴族社会"の面子、そしてフェリザリアの逸脱者ノルデリアの存在が大きな理由の一つだ。
どういうことかといえば貴族社会の面子というのはそのままの意味で、柔な対応では今後同じような事を行ってくる国家や勢力が現れないとも言えない。それに対して逸脱者を2人投入してでも報復を行うというのは、フェリザリアへの対処と同時に周辺各国への示威行為でもあるのだ。
"お前たち、変なことすればこうなるぞ?"という、非常にわかりやすい形で周囲に意思を示すことができる。だから国内貴族からの反発も少ない。特に他国と隣接している弱小貴族にとっては我らの"逸脱者の傘"というのは生命線であり、精神安定剤でもあるのだ。
次にフェリザリアとノルデリアだが、これもミスティアにとってはわかりやすい驚異である。隣接した同じ人族の大国。どんな阿呆でもこのまま放置すれば"マズい"というのは理解できる。故に大国である人族国家への対応でも我ら逸脱者が動く事に対して不満を抱くものは多くはない。これは人族国家、そして逸脱者の事を知っているから、その驚異が認識できているに過ぎない。
だが北方魔物部族連合も、深淵の魔神共も同じかそれ以上にこの国にとっては驚異であるのだ。だというのに、多くの貴族はそれに気がついていない。要するに深淵の魔神や魔物などへ対する知識不足。更に平たく言えば魔物や魔神の事を多くの貴族は舐めて、侮っている。
"あんな文化も持たぬ蛮族に逸脱者が動くこともない。実際逸脱者がいなくても防衛できているではないか"
阿呆らしいと感想をいだきそうになるが、これは致し方ない部分もある。というのもモンストラ戦線や深淵戦線での軍役の大半は王家派閥、つまりは王家、アルムクヴィスト公爵家、そしてウォルコット侯爵家が担っている。これはその戦線地帯がそれらの家の領土であるからだ。まあ地政学的な問題や政治的な問題、練度的な問題も多分に含まれるのも否めないが。要するに地方領主派閥の大半は実戦経験が少なく、その驚異の認識が甘くなってしまっている。
最近ではこの問題を解決しようと、ベネディクテ殿下が地方領主派閥の貴族の幾名かにも2大戦線での軍役を命じる事も増えてきてはいるが、国家全体に魔物や魔神の驚異が浸透するのには今しばらく時間がかかるだろう。
要するに私が直接戦闘に参加はせずとも、戦場への対処に辟易しているのはそういった理由がある。更に言えば、直接戦闘できないことこそが最も大きなストレスだとも言えるだろう。部下や同胞に対して些か礼を失した考えだとは理解しているが、極論私が単騎で戦った方が個人的には都合がいいのだ。そのような背景もあり、今回の侵攻戦は"気がのらないが、乗り気"という矛盾の内に参陣している。うちの通常軍にもそれなりの疲弊が見えてきているのが実情であるため、どうか今回の事変を切掛として深淵戦線、モンストラ戦線への認識が変わることを祈るばかりだ。まあそこはベネディクテ殿下とヴェスパー公爵の政治的手腕に期待するとしよう。
閑話休題。現在位置はフェリザリア-ミスティアの国境に存在するフェリザリア側のシャーウッド砦の手前5km地点。輜重兵や通信管制兵などの後方支援部隊はこの位置に待機させ、本隊はこのまま侵攻を行う予定であった。ここは周囲を見渡せる丘の様な地形となっており、もし後方部隊への襲撃が発生しても早期発見が容易であるためだ。そしてシャーウッド砦とこの丘の間には小さな森林が存在しており、現在は前進前の索敵中である。といってもその索敵を担っているのは私の軍では無く……
「鉄の鳥が飛んでる……」
臣下の一人がそう呟いた。つられ、彼女の視線の先へと目を向ける。そこには曇り空を背景に飛ぶ何かがあった。臣下は鉄の鳥、と呟いたが、外見は鳥とは異なる。もっと無生物的で、強いていうならば昆虫の方が近いだろう。最も、私の知りうる昆虫であの様な形のものは無いが。
あれは右翼に展開しているアサカ殿が運用している"無人偵察機"なるものらしい。ドローンとも彼は言っていた。全長は40cmほどであり、地上から操作し、上空から監視や偵察を行うための"道具"だという。
そう、道具だ。魔具でもアーティファクトでも無く、ただの道具。卓越した魔術師であれば使い魔を用いて同じ様な上空監視方法を取ることも可能であるが、あの無人偵察機は訓練すれば誰でも扱える代物なのだそうだ。そんなものが平然と存在する世界の戦争とはどういうものなのか。その思考は直ぐに中断した。考えずともわかるからだ。兵器の発展はつまり、戦争の巨大化を招く。恐らく、そこに広がるのは地獄だ。
アサカ殿が無人偵察機を用いているのは、彼からの提案があったにせよ私が頼んだからに他ならない。理由はふたつある。まずひとつ目は私とアリーヤ殿の魔力消耗を抑えるため。いくら常人とは桁違いの魔力を保有する逸脱者とて、これからノルデリアと事を交えるのであるから万全は期しておきたい。私もアリーヤ殿も使い魔の心得はあるものの、できればそこにリソースは割きたくないというのが本音であった。あれは魔力もそうだが、脳の演算リソースを多分に使用する。端的に言えば疲れるのだ。ふたつ目は、アサカ殿の価値を戦闘前に図りたかったということ。オイフェミア殿下とベネディクテ殿下が信用し、尚且つ自分で依頼を出しといて今更何を言っているのか、と思うかもしれないが百聞は一見にしかずである。私は彼の戦闘能力も、その他もまだ直接目にしたことはなかった。何ができて、何ができないのか、それは話で聞くよりも実際に目で判断した方がいい。
もし彼が索敵漏れを起こした場合こちらも損害を被る可能性が高い為リスキーな選択ではあるが、そもそも自分から提案しておいてこの程度ができなければこの侵攻戦の前提条件が霧散する。ならば本格的な戦闘が行われる前にコケたほうが断然マシであった。
『レティシア様、右翼アサカ殿からの報告です』
脳内に声が流れた。各部隊の通信を管制する臣下の声だ。通辞のピアスは便利な魔具であるが、それぞれの通信にはペアとなるピアスが必要である。それを全てつけていては邪魔になるため、各部隊からの通信を管制する部隊を配置しているのだ。
『2時の方向、距離600mに敵の斥候らしき存在を4名確認。排除の許可を求められています』
「構いません。それと右翼での交戦の判断は一任すると、伝えてください」
『了解しました』
総指揮官という立場も面倒くさい、というのが本音である。だが立場的に全体の指示を行えるのが私だけというのも事実。アリーヤ殿もアリシア殿も優れた指揮能力を持っているが、彼女達はあくまでも傭兵。貴族の軍が参加している戦場で傭兵が指揮を行うとなっては、どうでもいい不満がたまりかねない。
管制官にそう伝えた10秒ほど後、右翼で乾いた破裂音が響いた。一発では無い。続けて2回、3回と響いた音は、曇天も相まって雷のようにも聞こえる。
『報告、3名殺傷、残り1名は光に包まれ消失』
「緊急用の転移魔術……?余程高位の魔術師を斥候としてよこしたようですねノルデリアは。他の敵の姿は?」
『我、敵影見留ず、です』
「そうですか。では全隊に進発指示を。参りましょう」
私は管制官にそう伝えた。少しの間を置き、再び脳内に声が響く。
『こちら通信管制、攻撃参加全部隊進発開始。繰り返す。攻撃参加全部隊進発開始』
その声と同時に各方の大隊長から声が上がる。
「進発指示だ!」
「全隊前へ!」
馬と人の足音が響き出し、地面が揺れる。さて、状況は開始された。アドレナリンが体中に分泌され始め、独特のしびれを感じる。フェリザリア最強、ノルデリアとこれから殺し合うというのに恐怖心などは一切ない。ただあるのは、どんなものかという期待にも似た感情のみ。
いずれにせよ、直ぐにわかることだ。ともかくは軍に出る被害は最小限に留めるように立ち回ろう。自らに忠誠を誓ってくれる有能な臣下達を無駄に殺す趣味もなし。だがまあ、余裕があればになってしまうのが心苦しいが。きっと今回は私も無傷では済まないだろう。無論死ぬ気は一切ないし、死なぬ自信もあるが。願わくば、ここにいる全員が生還して欲しいが、それもまた夢想。まあいつも通り、やれることをやれるだけやるのみだ。殺しに行くとしよう。
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