Act13_変革のアティチュード

Date.日付13-August-D.C224D.C224年8月13日

Time.1442時間.14時42分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-The loyal Capital王都

Duty.任務.Government affairs政務

Status.状態.Green良好

Perspectives.視点.|Lacrancia Veno Mystia《ラクランシア・ヴェノ・ミスティア》


「以上が今期の税収見込みです。王家領に限定して言えば問題は無いでしょう。ですがやはりフェリザリア国境、モンストラ戦線外縁に領土を持つ貴族領内では、住民たちに不安が伝播しているようです。実際問題として各貴族達は軍備を増強して事態の変化に備えており、それに伴って軍事費の増大も見られます。それが税の増加として顕著に現れ始めていますので、当然とも言えましょう」


「また王家の財政状況ですが、即時に問題は無いとはいえこのまま戦況が泥沼化すれば2年後にはマイナスになる見込みです。早期に何かしらの対応が必要でしょう」


内政を任せている臣下の法衣貴族がそう報告してくる。ここはミスティア王城内に存在する私の執務室。各書類に目を通し、サインをする物にはサインをしながらの報告を聞いているが、もはや慣れたものであった。

手を止め小休止をいれる。出されていた紅茶に一口つけ、今の報告についての思考を回し始めた。確かに彼女らの言う通り、財政問題に対しては早急に手を打たねばならない。現状我が国の各貴族の財政状況を圧迫しているのは軍事費であった。4大貴族は言わずもがなであるが、その他の中小貴族にとっては尚更死活問題である。特にフェリザリア、モンストラ戦線近隣の貴族にとっては喉元の刃に他ならない。


「それについては私も同意する。が、実際案はあるのか?軍事予算の縮小というのは無しだぞ。どの貴族もこの状況では納得しまい」


「私共も理解はしております。フェリザリアとの紛争状態に突入した今では特に」


「やはりフェリザリアとの和平交渉を急ぐべきでは無いでしょうか。彼の国との問題さえ解決できれば、各貴族共に内政に回せる資金も人手も増えましょう」


「そうだな…。レティシアには無理をさせることになるが、報復攻撃は早期に行っておきたい」


「ええ。それにウォルコット侯爵家はミスティア有数の大貴族でありますが、既に深淵戦線、モンストラ戦線の二戦線の維持を担当しております。更にはウォルコット侯爵軍の即応大隊2つがフェリザリア国境線の警戒に投入されている現状が続いては、いくらウォルコット侯爵といえどもいい顔はしないでしょう」


顎に手を当て思案する。確かにその通りだ。軍事力だけで言えばミスティア最大のウォルコットとはいえ、兵站線の維持には限界がある。無論資金にも。王家もアルムクヴィストもモンストラ戦線の維持で余力は無い。問題が発生した時にアテになりそうなのは二ルヴェノ伯であるが、彼女の領地は南方である。無論配置転換にも金が掛かるし、即座にできるということでもない。更には二ルヴェノ伯は南方防衛の要である。当然反発も強いだろうし、戦略的にも無理が過ぎた。第一緊急事態に動ける一線級の軍隊が無いのは怖すぎる。もし連合女王国との関係が悪化した際、即応できるのは二ルヴェノ伯ぐらいなものなのだ。


「となれば早急に動く必要があるな。ウォルコット軍侵攻に際し、支援可能なうちの部隊はあるか?」


「お言葉ながらモンストラ戦線から呼び戻す必要があります。王都周辺に駐屯している防衛部隊を動かす訳にもいかないでしょうから。そもそも彼女達の主任務は防衛であり、その為の訓練を受けております。輜重部隊としても侵攻部隊としても圧倒的にノウハウ不足です。仔細は軍事統括者であるベネディクテ殿下に伺った方が宜しいかと」


「ふむ、お前の言う通りだ。ベネディクテに相談無しで軍を動かせば後で恨み言を言われそうだしな」


そこでふと思い出す。ベネディクテが重用している傭兵部隊レイレナード、彼女らであればフットワークも軽い上に練度にも心配は無い。逸脱者アリーヤ・レイレナードと、その妹であるアリシアをレティシアのバックアップにつければ戦力的な不安は無くなるだろう。兵站線に関してもレイレナードに任せれば問題はあるまい。問題は報酬であるが、正規軍を動かすよりも安上がりに済む。レイレナード部隊には協力を仰ぐべきだ。まあ懸念事項としては傭兵の権力拡大を助長すると他の貴族共からは思われかねないことだろうか。アリーヤ自身は今の騎士位より上位の貴族位には一切興味がない様であるが、そうは言っても納得できるものでもないだろう。兎も角報復攻撃に際しての依頼は行うべきである。ベネディクテであれば彼女達と個人的な交流もあるし、他の手を打つよりは動きやすい。自分の中でそう結論を出し、臣下に声をかけた。


「ベネディクテを呼んでくれ。仔細を詰めたい」


「承りました。確かオイフェミア殿下と共にいらしたはずです」


「オイフェミアも王城に来てるのか。ならばオイフェミアも一緒に頼む。二人とも火急の政務は入っていなかったな?」


「伺っておりません。では要件をお伝えしに行ってまいります」


「頼んだ」


臣下の一人が退出するのを見送ってから椅子に深く腰を掛ける。その様子を見て、残った臣下が声をかけてきた。


「お疲れですか?」


「まあな。フェリザリア侵攻以降、やることは増える一方だ」


「心中お察ししますよ。実際我々の仕事も増えておりますしね。大変ですよ色々と。ラクランシアに比べればまだマシでしょうけどね」


臣下が苦笑しながらそう返答した。もうこいつとは15年以上の付き合いだ。主君と家臣という関係性以前にお互いに気心も知れた友人でもある。周りに人が居ない時は敬称を省略して呼び合う仲だ。今のように本音をさらっと言う所は昔から変わらない。まあそれが好ましくて側に置き続けているのは間違いないのだが。


「そういえば例のアサカだが、今はモンストラ戦線に出向いているのだったか」


「ええ。なんでもレティシア侯爵から戦況分析を依頼されたとか。異世界から来たる戦士の視点から見た戦況は確かに気になる所です」


確かにそうだ。我々とは全く理の違う世界からやってきだろうアサカという男。話によれば彼の者が元いた世界は男女比が1:1という不可思議な世界であるという。そのため軍事に携わる者の殆どは男なのだとか。私達の価値観からすれば全く意味のわからない事である。というか想像がつかない。この世界では男が軍事、政治に関わることは稀なのだ。まあヴェスパーという例外中の例外もいるにはいるが、あれはあくまでイレギュラーである。

閑話休題。

兎も角としてアサカの報告には私も興味があった。もしかすれば何かしらの発見もあるかもしれない。それに、報告云々は除いても彼とは個人的に話をしてみたかった。戦力的な面もそうであるが、それ以上にベネディクテとオイフェミアがあれだけ懐く存在も珍しい。まあ理由はなんとなく理解はできる。あれの雰囲気は亡き我が夫、ケニーに似ているのだ。その他にも、男としてあれだけの戦功をあげられる存在が珍しいとか、そもそもの人柄とかもあるのだろうが、現状私個人としてはアサカという男に対する知識が不足している。娘達のお気に入りなら、国家の主君としても、個人としても邪険には扱いたくない。そのためにはアサカという男を正しく認識しておきたい。


「それはそれとして、どうするんですか?」


「何がだ?」


「ベネディクテ殿下も、オイフェミア殿下もアサカ殿に熱があるのはわかりきっているでしょう。それがどういうベクトルの感情にせよね」


「…まあな。亡き父に求めていた父性を、アサカに求めているのだろうか」


「いやーあの感じはそういうのじゃなくって、もっと甘酸っぱい…」


「…何だ?」


「はぁ。そういえばラクランシアは朴念仁でしたね」


どういう意味だと内心思うが、言葉にはせずに不機嫌そうな顔を作る事によって遺憾の意を示す。対してこいつは深く溜息をつくだけであった。


「それで実際どうするのですか。オイフェミア殿下が信用している所を見れば、現状でミスティアに有益な存在なのは間違いないでしょう。あの子は私人と公人の線引はできる子です。無論ベネディクテ殿下も。ですが、アサカ殿はまだこの世界に来てからの日が浅い。今後どう靡くかもわからないでしょう」


「そういうことか。心配するな。如何に娘たちのお気に入りといえど、国に有害ならば排除するまでよ。使えるなら使う、邪魔なら消す。今までも、これからも、誰に対してもな」


そう返せば彼女はなんだか釈然としない様子であった。再び大きな溜息をつく。おい、流石に不遜だぞ、おい。その後少し呆れた様に口を開いた。


「そんな事はわかってるんですよ。私が懸念してるのはその時両殿下と大いに揉めるだろうということです」


「父性を求めているだけの男一つで、そんな事になるか?」


「…駄目だこりゃ。じゃあ聞きますけど、ケニー様がご存命の時に、前女王陛下がケニー様を排除しようとしてたらどうしてました?」


「母上がケニーを消す理由がないだろう。まあ、全力で反対するだろうな。それでも強行されそうになったら、王城を直属の部隊で制圧することも辞さない」


「そうでしょう。つまりそういうことですよ」


何言ってるんだこいつ。なんで配偶者の話を例えとして出すのだ。私が納得のいかない表情を浮かべていれば、彼女は呆れながら口を開く。


「相変わらず人の恋愛感情が絡んだ途端ポンコツになりますねあんたは!ああ!ケニー様との喧嘩の仲裁に深夜叩き起こされた事を思い出してムカついてきた!まあそれは良いとして、つまりベネディクテ殿下とオイフェミア殿下はアサカ殿に恋慕しているってことですよ」


寝耳に水であった。まさか、この短期間でそんな訳…。いや、自分とケニーのなり染めを思い返し、有り得る話だと言うことをようやく理解した。好き勝手言われているが、私は実際恋愛に関しての機微にとてつもなく疎い事は事実であるので言い返す事ができない。ケニーを夫に迎える過程で散々ぱら迷惑をかけた事も言い訳のしようがない事実であるので、その弱みもあったが。


「…なるほどな。なるほどなぁ…」


「まあ理解したんならそれでいいです。要するに私が御免こうむるのは、痴情の縺れしかり、そういった事が原因で国が二分されることです。まさかとは思いましたが、直接伝えておいてよかったですよ。この恋愛下手」


散々な言われようである。だが何も言い訳ができないので、不機嫌そうな面を取り繕うだけで何も言わなかった。いや言えなかった。その程度にはあの当時、こいつには迷惑をかけた。実際流血沙汰も起きたしな。


「わかったよ。それに関しては気をつける。私だってできれば娘達のお気に入りとは仲良くしたいんだ。だが私とほぼ同年代の男とはな…ベネディクテ達とは一回りも歳が違うではないか」


私は今年で32歳である。正直まだまだイケる歳だとは思うのだが、どうにも王家お抱えの男娼等を抱く気にはならない。別にケニーへの負い目は無い。私を置いて先に逝きやがったのだ。少し位許せ馬鹿が。

だがどうにも男を見る時はケニーと重ねて、比べてしまう。それが原因でかれこれ3年も性行為をしていない。ケニーが居た頃は、毎晩毎晩愛を確かめあっていたのに。そろそろ処女膜が再生しても可笑しくない。まあ神聖魔術で治癒魔術でもかけない限りない話であるが。そういえば一部の特殊性癖持ちの夫婦では、神聖魔術で処女膜の治療を施し、疑似初体験プレイを行うのだという話を聞いたことがある。至極どうでもいいな。

更には歳を重ねてきたからなのか、ここ数年性欲がかなり溜まっていた。自分で慰めるのにも限度がある。一度何処かでスッキリさせたい。でないと爆発しかねない。


話が脱線した。アサカと私がほぼ同世代という話であった。アサカはベネディクテの話を聞くかぎり29歳らしい。私の3つ下。ベネディクテよりも私との方がよっぽど歳が近い。もしベネディクテが本当にアサカにそういった感情を抱いているのなら、ややこしい事になるのは必至であろう。妄想の類であるが、アサカとベネディクテが婚約しようものなら、3歳年下の義息子ができるという意味のわからない状況になるのだ。

…いや、存外妄想ではないかもしれない。ベネディクテとオイフェミアであれば、アサカに功績を積ませ、本当に貴族位を受勲させるくらいやりかねないのだ。そうなれば身分の差の問題はゴリ押しできる。

……マジでやらないだろうな。


「歳はあまり関係無いでしょう。あのぐらいの年頃の娘からすれば、アサカ殿ぐらいの歳が一番魅力的なのでは?」


「わからんが、そういうものか。そういえばお前の旦那は10歳上だったか。実体験か?」


「そうそうあの年頃の男は抱き心地がちょうどよくてね……じゃないんですよ!私の事はどうでもいいんです。つまりは心の準備と、どうするか考えておいてってことですよ」


「了解した。私もお家騒動なぞ御免だ」



Date.日付13-August-D.C224D.C224年8月13日

Time.1630時間.16時30分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-The loyal Capital王都

Duty.任務.Government affairs政務

Status.状態.Green良好

Perspectives.視点.|Benedikte lena Mystia《ベネディクテ・レーナ・ミスティア》


「つまりは通常通りの合戦を行っては、戦力が足りないと?」


「その通りです母上。現在王都周辺に展開しているレイレナード部隊はアリーヤ指揮下の第1大隊です。彼女達は800人規模の最精鋭ではありますが、攻城戦となれば人数は不足しています。報復攻撃に参加できる部隊はウォルコットの即応大隊が2つとレイレナード第1大隊。合計で3000に満たない数となるでしょう。対してフェリザリアのシャーウッド砦にはノルデリアの第一騎士団に加え、第八騎士団が増援として到着しているとの報告がレティシアより入っております。第一騎士団は先の戦いで損害甚だしいとは言え、数はそう減っておりません。更に第八騎士団ともなれば、合計で1万近い数を相手にすることになるでしょう。攻城戦を仕掛けるにしては、全く頭数が足りておりません」


「言いたいことも現実も理解はする。だがこのまま講和会議など開けるわけも無かろう。フェリザリアもこちらが2つの戦線で手一杯だとわかってて攻勢を仕掛けてきたのだ。この状態であのフェリザリア女王、カミーラが講話の席に着くと思うか?」


「勿論つかないでしょう。第一騎士団は痛手を負ったとは言え、ノルデリアは健在。更に国境線の数でも有利となれば、彼女達が引く理由も無いでしょうから。ですから我々もここでなんとしても一撃を加えなければならない」


「……具体案はあるのか?」


母上が顎に手を当てながら視線をぶつけてくる。常人の価値観であれば、睨んでいると思われても仕方のない様な鋭い視線だ。多くの者であればここで言葉に窮してしまうだろうが、私たちは親子である。そして共に青い血の流れた貴族だ。一切淀むこと無く言葉を返す。


「ええ。相手方が数の利を持つならば、こちらは質の利で戦います」


「ほう?」


「まずはレティシアが第一の矢としてシャーウッド砦に攻撃を仕掛けます。その際ウォルコット即応大隊は敵戦力を正面に張り付かせる為に、レティシアと共に攻勢に参加してもらいます。とは言っても数は圧倒的にこちらに不利です。損害を抑えるためにも無理な攻撃は行えません。騎兵部隊を前翼に展開させるなどして、包囲を匂わせる程度が無難でしょう。要するにここでの目的はレティシアとウォルコット軍に相手を釘付けにする事です。相手も包囲への警戒、そしてレティシアへの対応の為初手から籠城するような事はしないでしょう。ノルデリアを有する彼女らであれば、逸脱者を城の中に入れさせてしまうということが、何を意味するかは理解しているでしょうから」


「つまりは陽動というわけだな?だが相手がそれを読んで籠城した場合はどうするのだ?」


「それならそれで幸運と言えるでしょう。そのままレティシアをシャーウッド砦まで突入させれば良いのですから。逸脱者二人の戦場となった砦で、他兵士ができることなど何もありますまい。つまりこの戦いにおいてのノルデリアの最大の足枷は、彼女の友軍なのです。だからノルデリアは味方に損害を出さない為にレティシアの前へ出てくるしか無い」


「話が見えてきた」


「ウォルコット軍がヘイトを買っている間に、レイレナード部隊には戦場の左翼より北上してもらいます。第1大隊の4割は騎兵でありますので、機動力で相手の対応を上回れるでしょう。恐らくは相手は数を活かし全翼に部隊を展開させておりますが、そこで放たれるのが第二の矢、アリーヤです」


「レティシアを囮としてのノルデリアの誘引、そしてアリーヤ・レイレナードによる敵主力の殲滅が目的か」


「その通りです。アリーヤは逸脱者の中でも機動力、そして破壊力に秀でています。彼女個人、更には乗騎たる幻獣ティルグリスを止められる者なぞ、ノルデリアの他には居ないでしょう」


「だがこちらの意図を読んだ敵が右翼を前進させた場合はどうする?ウォルコット軍とレティシアといえども、ノルデリアの攻撃と合わせられれば数で潰されるぞ」


「ええ。ですから右翼の前進妨害には、アサカを投入します」


母上とその臣下が驚いた視線を私に向けてくる。気持ちは理解できる。彼女たちにとってアサカはまだ未知数の存在だ。いくら先の戦いで逸脱者ノルデリアを退け、フェリザリア軍撤退の直接的要因を作ったとはいえど、彼の実力について不透明な部分が多いのはたしかである。

だがしかし、私とオイフェミアは知っている。あの絶望の戦況を変えた彼の技術を。弾薬庫で幾度となく見せられた彼の長距離狙撃技術を。そしてそれを可能にする銃の性能を。


「しかしベネディクテ殿下……アサカという男一人でどうにかなるのですか?殿下の立案内容では、アサカ殿がしくじればウォルコット軍どころか、我が国の最大戦力を二人も失いかねない結果に……」


「その点に付いては心配ありません」


真横から鈴の音の様な耳優しい女の声があがる。オイフェミアだ。彼女は毅然とした表情で、言葉を続ける。


「私共はアサカの、彼の強さで一度窮地を救われました。そして、この目で、彼の力は目にしております。これは贔屓ではありません。私とベネディクテの二人で考え、導き出した勝つための策です。アサカであれば、単騎でもフェリザリアの右翼を抑えられる。そう確信しております」


言い切ったオイフェミアを前にしても、母上とその臣下は釈然としない表情であった。だがこの兵数差を覆す為には、これが一番確実なのだ。オイフェミアをこの戦いに投入できるのならばそれが一番であるのだが、流石に王都から離れた国境線沿に逸脱者を3人も集結させるのは馬鹿げている。間違いなく他国の付け入る隙になるだろう。だから、オイフェミアには王都に居てもらわなければならない。そもそもオイフェミアまでもが戦場に赴く事自体、貴族共は納得しないだろうが。対外的にも、内政的にも懸念事項は、極力潰しておきたい。


「皆様の疑念はごもっとも。ですがアサカには1500mを超える距離での攻撃可能手段と、その技術があります。そして私とオイフェミアは、この目でそれを確認しました」


そう。先にも言ったが、別に贔屓目でアサカを作戦に参加させようとしているわけではない。いやまあ、この戦いで武功を積ませれば貴族位を与える上でこの上ない材料になるという思惑もあるにはあるのだが、別にそれが目的ではないのだ。

私とオイフェミアはアサカと知り合ってしばらく彼の射撃訓練を見てきた。そこで見せてくれた射撃で用いていた銃の一つにバレットM82A1というものがあった。私の胸ほどもある大型の銃であったが、彼はその銃を用いて、1km先の目標を狙撃したのだ。アサカは「まぐれだよ」といつもの調子で言っていたが、話を聞く限り相当に使い慣れた武器の一つであった事は疑いようもない。そのバレットを使わないにしろ、超遠距離から飛来する彼の死はフェリザリアにとって大きな抑止力となるだろう。使えるのもは何でも使う。でないとこの先の戦いでは多大な出血を強いられる。たとえそれが想い人であろうとも。自己嫌悪が著しいが、これが貴族の務めなのだ。使えるものを、大事だからと、大切だからとしまっていては、結局全てを失う。私達には、国を、領地を、そして民を守る責任がある。


「……分かった。貴方達の目を信じましょう。ベネディクテ、フェリザリアにさらなる増援の兆候はないのだな?」


「カミーラ女王直属の猟犬大隊の行方だけが不明です。懸念事項としては猟犬大隊の介入でしょうか」


「ふむ……であれば王都竜騎兵にも即応できるように厳命しておこう。あくまで、最後の手段だが。ベネディクテ、オイフェミア。各方面と仔細を詰めるように」


「承知しました。それでは、失礼します」


そう言って私とオイフェミアは母上の執務室を後にした。締めた扉の前で思わず大きな溜息が漏れる。


「お疲れ様ですベネディクテ。これで、アサカと私たちは運命共同体ですね」


横を見やれば疲労を若干にじませているオイフェミアの顔があった。冗談っぽく言っているが、全く冗談ではない。


「私達の首が飛ぶ……とまではいかぬだろうが、求心力は大きく下がるだろう。だがアサカには自分の命の為にも、やってもらわねばならない」


「……最低ですね、私達」


「……全くだ。また彼への謝罪が増える。…嫌な女達だよ、全く」


「……食事会の話…いつしましょうか」


「……どうあがいても報復攻撃終了後になるだろうよ。まあ本当にできるかどうかは、次の戦い次第だ」


そうだ。今後どの様になるかは、全てレティシアとアリーヤ、そしてアサカの奮闘にかかっている。勝手に国の趨勢すらも委ねることになってしまう事に多大な罪悪感が募る。

だが彼女らには力がある。それは私も、オイフェミアもそうだ。力がある者は、その責任を全うしなければならない。アサカは不幸な事件でこちらの世界に来てしまっただけではあるが、既に歯車の一つになってしまった。嫌な考え方だ。最低だ。とことん自分が嫌いになる。

しかしやってもらわねばならない。勝手な言い分だろう。「衣食住の提供はするから、フェリザリアの右翼を一人でどうにかしてくれ」とか、頭がおかしいんじゃないか。


まあしかしこの案が全面戦争を回避しつつ、成功率の高い一番のプランなのだ。吐きそうである。オイフェミアなぞ投入してみろ。内政とか云々の前に、それこそ絶滅戦争の開始となりかねない。

朝には楽しく妄想全開でアサカ愛人化計画の為の食事会をプランニングしていたと言うのに、なんでこんな事になったんだ。決まっている、フェリザリアの馬鹿どもを殴り返さないといけないからだ。それは面子的にも、講話的にも必要事項な訳で。つまりアイツラが大体悪い。まあそもそもこの報復攻撃は決定事項だったわけで、私達が嫌なことを後回しにしていただけとも言える。馬鹿めが。

自分自身への怒りやアサカへの罪悪感などが入り混じったグチャグチャな感情を、拳として廊下の壁へと振りかぶった。



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