Act6_拡散のファンタジア

■前書き■

朝霞、及びオイフェミアのキャラクターデザインを行いました。

下記のURLからご覧いただけます。

https://www.pixiv.net/artworks/91617256

https://www.pixiv.net/artworks/91617207


Date.日付02-August-D.C224D.C224年8月2日

Time.1100時間.11時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-The Royal Capital 王都

Duty.Situation check使命.状況確認

Status.Green状態.平常

|Perspectives.Lacrancia Veno Mystia《視点.ラクランシア・ヴェノ・ミスティア》


荘厳な装飾が施された謁見の間には物々しい雰囲気が張り詰めている。礼服を身に着けた法衣貴族が数名、王座に座る私をを囲むように並び立ち、連絡武官の報告に耳を傾けていた。その内容はつい先日に起きたフェリザリア軍の国境侵犯軍事行動に対する続報である。

誰もが緊張を顔に浮かべているが、第一報が入った時、つまり二日前の混沌とした状況からはこれでもかなり改善されている。最近の緩みきった法衣貴族共には良い薬であったか。


「詳細調査の報告が入りました。フェリザリアに浸透している魔術師からの連絡によりますと、今回の侵攻はフェリザリア女王、カミーラ・ケリン・クウェリアの勅命であるようです。動員されたのはフェリザリア王家軍第一騎士団。かの逸脱者、ケティ・ノルデリアが指揮する軍団です」


やはりそうであったか、と驚くこともなく情報を咀嚼する。第一方の次点で逸脱者ノルデリアが戦線に投入されていたことは既に把握していた。そしてノルデリアは現フェリザリア女王の筆頭相談役。つまりはノルデリアが投入されることなど女王の勅命以外ではありえない。だがタイミングとしては不可解であった。何故収穫の時期でもないこの時を狙ったのだ。確かに現在は真夏であり、雪も無いことから軍事的な行動は行いやすいであろう。だがそれであれば二ヶ月程前の収穫の時期でも良かった筈だ。それに今国境線での軍役に着いているのは愛娘ベネディクテと姪であるオイフェミアだ。身内贔屓を一切なしにしても、あの2人を同時に相手にしたいと思う国家なぞ殆ど存在しないだろう。彼女らの戦力的価値はそれほどまでに大きい。オイフェミアは世界最強の逸脱者の1人であるし、ベネディクテも逸脱者には届かないにせよミスティアきっての英傑の1人だ。どう考えてもリスクが大きすぎる。第一フェリザリアに総力戦を行う余力など無いはずだ。ミスティアとフェリザリアの国力はほぼ同程度である。現在北方魔物部族連合が拡大している現状で本格的な戦争を行う余裕など両国共に無い。例え今回の侵攻に成功していたとしても、その後の我が国による報復行為は容易に想像できる筈だ。


「フェリザリアの侵攻理由は確認しているか?」


私は報告を行っている武官に対しそう問いかける。武官の女騎士は冷や汗を垂らしていた。そんなに怯えることは無いだろうに。


「陛下、申し訳ありません。現状侵攻理由についての情報は入っておりません」


ふむ。と口に手を当て考える。そして思い当たる事が一つ浮かんだ。もしかして奴らはベネディクテとオイフェミアが国境線にいるこの時をあえて狙ったのか?わざわざノルデリアまでを投入するとなればその説がかなり濃厚に感じる。国境線に展開していたミスティア側の戦力は500ほど。数としては多くない。奇襲をしかけ、オイフェミアとベネディクテを捕虜とできれば政治的に強力なカードとなるだろう。それならば紛争も起きていない国境線に1500もの戦力を配置していた事にも理由がつく。ふざけおって。

だがしかしそうなれば別の疑問が浮上した。どうやってベネディクテとオイフェミアは3倍にも迫る敵軍を退けたのだろうか。撃退した、という報告だけ先行して上がってきているがその仔細についてはまだ聞かされていない。オイフェミア単騎でも1500の一般部隊を撃退することは可能であるが、今回の相手方にはノルデリアが存在していた。広域魔術の発動時間を稼げるとは思えない。それにどうやらベネディクテもオイフェミアも重傷は負っていないらしい。知らぬ間に愛娘と姪が強くなった、などという楽観的な思考ができれば楽なのだが、そんな都合のいい話でも無いだろう。

であれば何かしらのイレギュラーが発生したのだろうか。


「ベネディクテから戦闘の仔細についての報告は上がってきているか」


「はい。アルムクヴィスト公爵軍は歩兵216、近衛隊13、騎兵18、魔術師8を損失。ベネディクテ殿下の近衛隊からも2名の戦死者が出ました」


なんだその大損害は。壊滅判定ではないか。だが3倍軍+逸脱者を相手にしたと考えれば最小限の犠牲に留まったのだろうか。第一報の直後にウォルコット侯爵家に派兵要請を出したのは正解であった。

その続きは無いのかと武官に顔を向ければ、手元の資料を見ながら困惑した様な表情を浮かべている。


「ですが我が方の反撃によってフェリザリアの士官クラスの7割を撃破したとのことです…」


「どういうことだ…?」


私の顔にも同様に困惑の色が浮かんだ。士官の7割を撃破?何を行えばそんな事ができる。まず最初にオイフェミアの魔術であるかと推測するが、それは違うだろうと早々に結論づける。通常の攻撃魔術の射程は長いもので50mほど。その間合いにまでノルデリアを退けながら近づくことなど可能な訳がない。戦略攻勢魔術ならば超遠距離攻撃も可能であるが、あれにはかなりの詠唱時間がかかる。戦場のど真ん中で行えるものではない。ベネディクテも優秀な騎士、戦士であるが的確に士官を7割削ることなどできないだろう。


「報告によればオイフェミア殿下が現地で雇った"傭兵"による戦果とのことです…更に俄には信じがたい話ではありますが、その傭兵は男であると…」


謁見の間が静寂に包まれる。私も、法衣貴族達も、誰もが理解し難いといった表情を浮かべていた。それはそうであろう。どう考えても、誰が聞いても可笑しいと感じる内容の報告だ。その存在にせよ、士官を仕留めた方法にせよ何もが不可解。なんにせよこの一件に関するイレギュラーはその"傭兵"とやらで間違い無いのだろう。

ウォルコット侯爵軍が現地に到着するのは今日の夕方ぐらいであろうか。すぐにでもベネディクテとオイフェミアから直接報告を聞きたいが、彼女たちが王都へと戻ってくるのは早くても2日後となるだろう。この目でその男傭兵とやらを見ておくべきだろうか。今後の情勢をいち早く理解するにはその必要がありそうである。


「ベネディクテとオイフェミアに伝えろ。"引き継ぎ作業の後、その傭兵も連れ王都へ帰還せよ"と」


「畏まりました陛下…」


法衣貴族共の顔に驚いた表情が浮かぶ。気持ちは理解できる。だがこれが手っ取り早く、かつ確実に状況を判断するためには一番だ。


「貴様らの懸念も充分に理解している。その傭兵が刺客ならば、それは最もな警戒だ。だが冷静に考えてみろ。あのオイフェミアが雇った傭兵なのだぞ。私はその傭兵の事は何も知らんが、オイフェミアの事は信頼している」


法衣貴族共のざわめきが静まる。生唾を飲み私の言葉の続きを視線で促してきた。


「法衣貴族気取りの馬鹿共や貴族派閥の中にオイフェミアの事を恐れ、どうしようもない低俗な罵りを行う者はいる。だが少なくともこの場にいる貴様らはそれほど愚かでは無いだろう」


王座に詰めている法衣貴族、私が信を置く家臣たちは皆真剣な表情で頷いた。この者たちは古くから王家に仕えている家系の現当主達。多くがアルムクヴィスト公爵家に何度も救われている。もちろんオイフェミアの事も幼い頃から知っていた。人の心を全て見ることのできる魔術の天才。そんな彼女が本当はどういう人間かを正しく理解している数少ない者達だ。


「私はミスティア女王としてその傭兵を召す事とした。各員、準備を進めよ」


家臣達が礼をし、謁見の間から退出していく。事態が錯綜しないように己の仕事を果たしに行くのだろう。

ともあれ今回の報告で、ベネディクテとオイフェミアが雇い入れるような男傭兵に興味が刺激された。果たしてどんな存在なのやら。逸脱者であるにしろそうでないにせよ、この目で直接見極めさせてもらうとしよう。



Date.日付02-August-D.C224D.C224年8月2日

Time.1100時間.11時00分

Location.所在地.Kingdom of Felizaliaフェリザリア王国-Border fort国境砦

Duty.Stay alert任務.警戒

Status.Green状態.平常

|Perspectives.Ketty Nordelia《視点.ケティ・ノルデリア》


大敗だ。現状はその一言に尽きる。数でいえばそれほど多くの人員を失った訳ではない。損害率でいえばミスティア側の方が圧倒的な被害を被っただろう。だが問題なのは我々が失った人員はただの兵卒ではないということにある。士官教育を受けた部隊指揮ができる騎士階級の7割を削られたのだ。空前絶後、前代未聞の大損害である。王都で阿呆な貴族共から色々言われる事は間違いない。死ぬほど面倒くさい。だが今回ばかりはそれも致し方ないだろう。なんせフェリザリア最強の第一騎士団、"ノルデリア軍団"が行動不能追い込まれたのだ。これは再建に多大な時間を要する事は間違いない。幸いなのは私の軍であったということだろうか。これで他の貴族連中の軍が混じっていれば目も当てられなかった。まあそもそも他の奴らの練度では今回の奇襲侵攻を行うことすらできないだろうが。

敗北の直接的な原因はあの超遠距離からの攻撃である。バァン。その音と共に超高速の飛翔体が着弾するあの攻撃。あと一歩でオイフェミア・アルムクヴィストを拘束できたというのに、なんと間の悪い攻撃だったか。私も不意を打たれた為一撃被弾してしまった。エンチャントの施された甲冑を貫くほどの一撃を貰ったのは実に久しぶりであった。あの攻撃によって盤面をひっくり返されたのだ。

だがしかし、あの攻撃は一体何だったのだろうか。私が驚いたのはその威力も勿論だが、その射程と精度、弾速である。僅か数秒の間で10騎ほどの騎兵を500mほどの距離から殺傷する攻撃とはどういうものなのだ。少なくとも私の常識には存在していない。逸脱者たる私が全てのバフを用いて全力射した弓であってもあの攻撃の半分以下の射程であろう。まあとはいっても本気で弓など引けば先に弓が壊れる。絶対に壊れない弓があるのならば同程度の射程を確保することも可能かもしれないが、あの精密狙撃は不可能だ。エンハンサー構造強化技術の一つ、ホークアイで視力を強化したとしてもあそこまでの精密狙撃なぞできる気がしない。そもそもどれだけの力で弓を引いた所で、投射物が矢である以上風の影響をもろに受けるのだ。そんなものを連続で高速射し目標に命中させるなど気が遠くなる。時間をかけゆっくりと狙えばできないこともないだろうが、少なくともあの速度で連射は無理だ。

ではあの攻撃は魔術だろうか。答えはNOである。攻撃魔術というものは強力であるが万能ではない。戦略級魔術でも無い限り射程は精々50mほど。500mという十倍距離の行使では目標に到達する前に魔力飽和を起こして霧散するだろう。

それにあの時対峙していたオイフェミア・アルムクヴィストの反応も不可解なものだった。あの女も我々と同じく事態の把握ができていない様子だったのだ。であればあの攻撃は私達も、そしてミスティア側も把握していなかった第三勢力の攻撃ということ。そして私達にとって最悪だったのは遭遇時点では第三勢力であっただろう何者かがミスティア側に着いてしまったこと。その結果が指揮官の7割を損失するという大損害である。的確に指揮官たる騎士階級だけを狙撃していくあの攻撃に為すすべもなく撤退を決断した。

本当にあの存在は何なのだろうか。遠距離であったがその姿を見ることができた。私に第一撃を浴びせた時、その人物と目があった。伏せていた為容姿の詳細はわからないが、あれは男ではなかろうか。

そう考えると自然と笑みが漏れる。私に傷を負わせる男なぞいることも想像していなかった。居てもそれは人族ではなく、魔族の統括者たる上位のドレイクやディアボロといった存在だろうと思っていた。だが現実は異なった。詳細な容姿の確認はできていないが、あれは間違いなく人間の男である。まさか人間の男でここまでの存在がいるとはな。純粋に興味が湧く。できれば直接話してみたいと思うのだが、今後あれが戦場に現れることはあるのだろうか。まあ無ければ無いで、そのうち私から会いに行くことにしよう。ついでにミスティア各貴族軍へのお礼参りでもできればこの上ない。

だがしかし、今後の事を考えると至極面倒である。貴族共からの批判への対応もそうなのだが、それ以上に面倒なのはこの後に確実に行われるミスティアの報復行為だ。オイフェミア・アルムクヴィストとベネディクテ・レーナ・ミスティアが動かせる軍事力の殆どは北方地域の防衛に投入されているらしい。あの女達であれば北方の魔物程度鎧袖一触だろうに、しがらみが多い国は大変そうだ。まあどの道今回の軍事衝突で多少なりとも消耗していることだろう。彼女たちがもう一度出てくる可能性は低い。要するに報復行動を行うのは別の貴族である可能性が高いということ。ではその実働は誰が行うのかと考えた時、直ぐに思い当たる人物が存在した。レティシア・ウォルコット。ミスティアに存在するもうひとりの逸脱者。私と同じく武人としての逸脱者である。そして更に厄介なのがレティシア・ウォルコットは魔術と剣技のハイブリッド型であるということ。懐まで近づけば相性のいいオイフェミア・アルムクヴィストと違い、ガチンコで正面から殴り合わなくてはならない。きっとそれ自体は楽しいのだろうが、巻き込まれた部下が死ぬのはいただけない。兎も角これ以上部下を殺さぬためにもなにか手立ては考えなければいけないだろう。

考えることは山積みだ。だがまあ、どうせこの後にやってくるウォルコット軍を迎撃しなければ自分の領土へ戻れないわけであるし、それまで考える時間はたっぷりある。もうしばらく娘にも会っていない。果たして私の顔を覚えてくれているだろうか。


だがしかし、クソみたいな結果の今回の作戦で良かった点が2つだけある。それはオイフェミア・アルムクヴィストと直接戦えたことだ。今まで外聞などでその力は耳に入っていたが、実際一戦交えるとそんな噂なぞアテにならんものだと改めて実感した。決して蔑みではない。寧ろ逆、あの女聞いていた数倍ヤバいということを実体験として理解できた。特にあの魔術防壁の強固さと魔力量、魔力放出量には驚かされた。通常であれば私の弓に被弾した者なぞ身体の一部が消し飛んでも可笑しくないのだが、オイフェミア・アルムクヴィストの場合は刺さっただけにまでその威力を減衰された。あれでは例え槍を命中させていたとしても数手打ち込まなくては魔力防壁を打ち砕くことはできない。放ってきた魔術、ディメンションソードにしてもそうだ。常人であれば一撃で魔力欠乏からの死を引き起こす様なディメンションソードを放って、まだまだ余力を残していたように思える。あれでは奇襲でもない限り肉薄することは難しい。私単騎ならなんとかなるだろうが、大軍同士のぶつかり合いでは明確な驚異となる。

できればベネディクテ・レーナ・ミスティアとも矛を交えたかった。かの王女も逸脱者には届かないと言われるにせよ、英傑な事に間違いはない。ミスティアの宝剣、サンクチュアリを装備し、各種バフを付けたあの女であれば逸脱者である私ともしばらく打ち合えるだろう。

2つ目の良かった点はあの謎の攻撃を行ってきた男の存在を認知できたことだ。私の個人的な欲求は兎も角としても、国の戦略上の明確な驚異とこの程度の損害で認知できたなら安いほうだと思う。まあ死んでいった兵士達の命は決して軽くはないが。だがそんな彼らも無駄死にではなかった。

望むならばまた戦場で見え、手合わせを願いたい。先は一撃被弾してしまったが、次に会う時はリベンジしたいものだ。それにあの攻撃の原理についても気になる。それは私人ノルデリアとしても、貴族ノルデリアとしても知っておきたい事柄だ。


いつの日か彼女たちとまた戦えることを祈りながら、正午前の時間は過ぎていく。



Date.日付02-August-D.C224D.C224年8月2日

Time.1100時間.11時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-Ammunition depot弾薬庫

Duty.Standby任務.待機

Status.Green状態.平常

|Perspectives.Hinatsu Asaka《視点.朝霞日夏》


呼吸を整え、神経を鋭角化させる。ハンドガードを握る手はしっかりとそれを保持しつつ、だが力まないように脱力を忘れない。左目を少し半目にする。そうすることで効き目であった左目から右目へと焦点が移り、スコープ越しの光景が更にクリアとなる。

目標を見据える。距離450m。地上1m、縦横30cm。風速は右へ3m/s。経験と計算から導き出されたそれらの要素に従って照準をずらす。イケる。そう確信し、息を止めた。トリガーを引く。撃鉄が落ち、火薬が爆ぜる。それにより暴力的な初速を得た7.62mm×51mm NATO弾は文字通り目にも留まらぬ速さで目標へと飛翔する。スコープ越しの視界が空を写す。ある程度離れた距離での狙撃では、銃の反動によるマズルジャンプ銃口の跳ね上がりで着弾を確認することができない。そのため本職の狙撃手スナイパーには観測手スポッターといわれるバディが存在するのだが、生憎俺は選抜射手マークスマン、そしてここは異世界、そんな者が存在するはずもない。

マズルジャンプから視界が戻り、再びスコープ内に目標を捉える。7.62mm×51mm NATO弾が直撃した30cm程の木の板は跡形もなく砕け散っていた。

ふぅ、と息を吐く。当たる確信はあったが、やはり実際この目で確認すると安堵感を覚えるものだ。こればっかりは何十万発撃っても変わらない。


「凄い…また初弾で命中だ…」


頭上から少しハスキーがかった綺麗な声が聞こえた。最早聞き慣れつつあるベネディクテの声である。さて、現状何をしているのかといえば射撃訓練とは名ばかりの的あてである。地球に居た時は休憩時間、ネット小説を読んで時間を潰していたため今朝6時頃目覚めてから暇でしょうがなかった。だがここは異世界。スマホなぞ繋がるわけもない。そのため昨夜ベネディクテとオイフェミアが陣地へと戻る前に『安全は勿論確認するから、弾薬庫周辺で射撃してもいいか?』と聞いた所『構わん。どうせいずれお前の土地となるのだから好きにすると良い』と言われた。いずれお前の土地になるってなんだよ。俺はそんなモンゴルみたいな事はしねえよ。まあ兎も角許可も得れたので暇つぶしがてら450m距離での射撃訓練を行っていたのだ。そうすればベネディクテとオイフェミア、あとラグンヒルドさんが昨日の様にやってきて『ぜひ見学させて頂いてもよろしいですか?』と言ってきたので現在の状況ができている。俺はT-90に吹き飛ばされた時と同じ様に、弾薬庫の屋上で伏射し的あてを行っている。その近くには最早自分で弾薬庫から引っ張り出してきた椅子に座り、アラサーの射的を見ながらラグンヒルドが淹れた紅茶を飲む美少女二人の姿。あんたら結構、というかかなり偉いんだろ。仕事はええんか。とはいっても正式に傭兵となるまで武器の整備か射的くらいにしか暇つぶしが無いため、喋り相手が居てくれることは素直にありがたい。若い少女に暇つぶしの相手を求める29歳のおっさん。字面だけだと行政執行機関の世話になること間違いない。


「風も殆どないし、今日は撃ちやすいよ」


「あれだけの高速飛翔体でもやはり風の影響は受けるのですか?」


オイフェミアがそう問いかけてくる。彼女たちからすれば毎秒850mなんて未知の速度だろうし、そう思うのも仕方がない。

いや、そう言えば一昨日ベネディクテが雷魔術を放っていたな。雷の速度は毎秒250km程度。弾丸なんぞよりもよっぽど高速な物を放っていらっしゃった。まあ雷が風の影響受けるわけもないだろうが。


「受けるよ。今日ぐらいの風じゃ問題にならないけど、嵐みたいな強風だとかなり風の計算が必要になってくる」


「そういうものか。まあ確かに矢も風に左右されるしな」


オイフェミアは少し考えた様な素振りを見せた後に椅子を立ってこちらへと近づいてきた。柑橘系の香りが風にのって漂ってくる。香水でも付けているのだろうか。


「ちょっと思いついたことがあるんです。弾丸を一発貸していただけますか?」


何をする気なんだ?そう思いつつも、7.62mm×51mm NATO弾を一発手渡す。それを受け取ったオイフェミアは弾丸を握り込むと目を閉じた。次の瞬間、握った手から淡い緑色の光が漏れ出す。待て、マジで何をやった。


「えっと、オイフェミアさん?何をなさったので?」


そう問いかければ彼女は握っていた弾丸を手渡してくる。訝しげにそれを受け取って確認してみれば、弾頭の横部分に北欧のルーン文字の様なものが刻まれている事に気がついた。なんだこれ、エンチャントか?


「その弾を用いてもう一度撃ってみてください!狙うのはあちらで!」


そういって彼女が指差す方向は細い木が一本だけ生えている丘。射的の的から45℃ほどズレた方向である。


「まあかまわないけど…」


受け取った弾薬をマガジンに込め、チャージングハンドルを引いた。先に装填されていた通常弾が薬室から弾き出され、エンチャント弾(仮)が送り込まれる。

俺は言われた通りに木の方へと銃口を向けた。周囲に人や生物が居ないことを確認し、オイフェミアへと視線を向ける。すれば彼女はニコニコしながら頷いた。

良くわからんが可愛いのでOKです。C.C.Cなら即日クビになるような感情をいだきながら、トリガーを引いた。周囲に木霊する破裂音。弾丸は狙った気へとまっすぐ向かって――行かなかった。


「は?」


射出された弾丸は大きく弧を描くように機動を曲げ、先程まで狙っていた的へと寸分狂わず命中する。木板の砕け方から見るにだいぶ威力減衰は起きているようだが、非装甲目標を殺傷する程度ならば充分に可能な勢いに見えた。

隣に立っているオイフェミアが嬉しそうにキャッキャと飛び跳ねている。その様子は大変可愛らしいのだが、俺の頭の中には疑問符と驚愕が大量に浮かんでいた。


「オイフェミア…まさか妖精魔術か…?」


ベネディクテが少し呆気に取られた顔をしつつそう問いかける。妖精魔術?やはりエンチャントの類だったのだろうか?


「そうです!妖精シルフに協力して貰って弾丸に風のエンチャントをかけたんですが、上手く制御できましたね!」


ニッコニコでそう応えるオイフェミア。対する俺は空いた口が塞がらないといった状態だった。マジで?弾丸の方向を制御できるとかそれなんていうファンネルミサイルですか。

魔術とはこうも凄いものなのか…。


「アサカ、勘違いしてるかもしれんから一応言っておくぞ。そもそも常人であれば妖精シルフを呼び出す事もできないし協力してもらうこともできない。それに風魔術での指向性の制御には多大な演算リソースを使用する。あれだけの高速飛翔体であれば尚更だ。つまりこんな芸当できるのはこの馬鹿だけであるから勘違いはしないように」


ベネディクテが半ば呆れた様な表情でそう教えてくれた。その様子を見るにオイフェミアがこの様な突発的な行動に移ることはそう珍しいことでも無いようである。

それに対しオイフェミアは少しむくれた様子で口を開いた。


「馬鹿ってなんですかベネディクテ!これはシュートアローの上位魔術の開発に成功した歴史的な瞬間ですよ!もっと喜んでくださいよ!ね!ラグンヒルド!」


「私は殿下の成功を喜ばしく思いますが、魔術教会にいる友人は『隔月のペースで生み出される新魔術を記録解明する我々の身にもなってくれ…』と言っていましたよ」


「え、ほんとに…?」


俺の思っている数倍以上、このオイフェミアという少女は天才なのだろう。新しい魔術を生み出すことがどれほどの難度なのかは判りかねるが、野球で隔月ペースで新しい球種(しかも実用できる)が増えていくと考えればそのヤバさは何となく分かる。いや、なんとなくと言うか普通にヤバいな。

だがしかし普段はすました様子のオイフェミアがこう喜んで跳ねている姿を見るとこの子もやはり歳相応の娘なのだと理解できた。妹を思い出す。そう言えば俺が居なくなって元気にしているだろうか。C.C.Cからの保険金なども出るし、給料の殆どを仕送りで一方的に送りつけていたから、今後数十年は余裕で遊んで暮らせるだけの額はあるだろうが。だが本当に独りぼっちにしてしまった事を改めて自覚し、ナーバスな気分に陥る。

センチメンタリズムとノスタルジックな感情に苛まれながら、夏の昼上がりは過ぎていくのだった。

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