つれづれにかきつらねる

雪代作楽


私は未成年である。そう、未成年なのだ。なんの権力も、権利も、アルコールやニコチンを摂ることを許されていない未成年なのだ。


でも私は、アルコールもニコチンも摂る。権力や権利がなくても、それは私にとっての権力なのだ。これは私が私に許す、唯一の権利だ。



幼少期から、厳格な親の元で育った。と言えば聞こえはいいだろうか。現実問題、彼らはただの毒親であった。子を管理下に起きたがる彼ら。そんな彼らの2人いる子供のうちの唯一の女の子が私だった。女の子らしく、その合言葉で可愛らしいものを強要された。そんなもの私は、好きじゃなかった。でも、彼らの提案を退けるには、私はもう既に彼らに染まりきっていた。ノーと言えば怒られた。彼らは出資者で、私を形成するニンゲンだった。


大学生になり、無理を通し一人暮らしを始めた。新しいことの連続だった。大学入学してできた彼氏に、私の洗脳状態を思い知らされた。親がおかしいと初めて認識したのは、そして、お酒を知ったのはこの頃だ。


ふわふわする。ぐるぐるする。酒に酔った父親のようになるのは嫌で、セーブしながら飲んでいた。酒に酔ったあの人はいつも、陽気に私のことを愛していると言っていた。妻を、私にとっての母を褒めちぎり、兄を見下し、平生では私より兄を愛するその人はそういって私を縛った。あれに囚われていた。私は何度も酔った状態になることはあったが、1度として、人前で限界まで飲むことはしなかった。理性を保っていた。誰にも見せたくなかった。限界の私なぞ、要らないから。そう、必要ない。見せたくない。壊れたくなかったのだ。誰かに、私が確かに感じた失望と疲れを感じさせたくなかった。


しかしまァ、酔っていると自覚すれば本音を言いやすくなる。酒は私にとってスイッチなのかもしれない。自分を甘やかすだけの。




居酒屋バイトがしたい。両親にそういった時、返されたのは水商売をやるなら仕送りはしない、という言葉だった。愕然とした。水商売、と言われたことに。酒を出す場所はたとえ、某イタリアンのファミレスでさえも禁止された。


しかし私は、居酒屋で働いた。それはもうじき1年経とうとしている。そんな日々の中で、とある先輩の退社式があった。このご時世だ。なるべく人数を減らすと厳選された3人のバイトと5人の社員で行った。そこで、初めて、タバコを吸った。噎せた。喉が焼けるように熱くなって、身体が必死に拒絶した。不味いと咳き込む私に、喫煙者(ヘビースモーカー)達はケラケラと陽気に笑い、タバコを咥えながら「辞めておけ」と言ってきた。金を食うだけだ、と、健康に悪いだけだ、と。でも私は辞められなかった。最初は模造品を使った。水蒸気だけのものだ。ニコチン、タールなど入っていない、そんな煙草モドキ。最初はそれで我慢できていた。彼氏が煙草が嫌いだから、絶対に吸わないと、しかし、無理だった。


ある日の親からの連絡、何度も掛かってくるそれを拒み続けた。夥しい数の着信とメッセージが届いた。なんとか適当な理由をでっち上げ話を切り上げた。そこで限界に達した。唯一私が頼れるのは彼氏だった。しかし、親のことで散々彼氏には迷惑をかけた。だからもうこれ以上頼るのはだめだと思った。ぐちゃぐちゃになる精神。死にたい、と漠然と思った。酒を飲んだ。そしてコンビニに行き、初めて紙タバコを買った。自分が堕ちた、と感じた。それが何故か嬉しくて、寂しくて、帰り道は何も発さずに涙を流した。


家に帰ると外出着のままペタリとフローリングに座り込んだ。そして、狂ったように飲み、吸った。何故か涙が止まらなかった。泣きすぎて、過呼吸を起こし、嘔吐いた。頭が痛い。わかっていた、水を飲まねばならない状態になっていたのには気づいていた。だが代わりに酒を飲んだ。角ハイをストレートで飲んだ。当然のように気分が悪くなった。ざぁっと全身から血の気が引いて、度の合わないメガネをかけた時のように目の前がぐるりと歪んだ。気持ち悪さに耐えかねて、必死で服を緩め、脱いだ。その間もタバコは、酒は手放せなかった。クーラーをつけ、キンキンに冷えた部屋の中で、下着だけを着て、フローリングに寝転がっていた。やけに冷静な脳みそが私に警告をした。このままでは死ぬ、と。私はその警告を無視した。五月蝿い、いっそ殺してくれ、と。やがて、多少の気力が湧くと同時に、太ももに感じる熱さに気づいた。タバコの燃えカスが落ちていた。ぼんやりと焦点の合わぬ瞳でそれを見つめながらユニットバスである洗面に向かった。鏡の前に立っていたのは生気のない乾ききった女だった。ハイライトの無い茫洋とした瞳がこちらを見つめていた。ゾッとした。誰だ、と思った。平らな顔がコンプレックスだったはずだ。だというのに、どうしてこんなに落窪んだ目でこちらを見る。これは、この原因は両親だ。彼らが私を追い詰めた結果だ、と。だが、両親を毒親と気づいていなかったらこんな気持ちにならなかったのでは、そんなことが頭を過ぎった。それも一瞬。そのことを想像した自分が気持ち悪くて、すぐ隣のトイレにしがみついた。ぼんやりとトイレに貼ったスタンプを見つめながら何度も嘔吐いた。呪いは消えない。両親の前で、自分の意見を言う度に消される日々に、止まない干渉。心地良いと思ってしまう瞬間があったことが私の一生の恥だ。愛なのだと思ってしまって居たのが私の恥だ。嗚呼、嫌だと泣いた。誰か助けてくれと嘆いた。嫌、助けてほしかったのは、彼氏相手だけだった。でも、彼をもうこれ以上毒親に関わらせたくなかった。甘い決意をした。

嗚呼、過去形だ。

大人になりたかったのだ。


「もういっそ、ころしてくれよォ」


限界量を超えたアルコールとニコチンの摂取で掠れ切った声が、弱々しく便器の中で木霊した。



翌日は最悪だった。パンパンに腫れ上がった顔。揺さぶられ続けていると錯覚するほどの頭痛。永遠に続く気持ち悪さ。後悔した。しかし、同時に自分が3時間以上寝れない不眠であったはずなのに、それが一時的にとはいえ改善された事にも気づいた。これでしか眠れないのかと絶望もした。


無理やり全てを立て直そう。

と思った。強くならないといけない。何事も。


そう思って私は、僕になろうと思った。



2021.5月

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