第34話 マリの重さのない剣

 浅井君が捕らわれているビルの前で、光の十字架が再び再現し輝きを強める。

 ユウが交霊を行う時、その全身は白い光に包まれる。


 両手を広げたユウの姿は、その荘厳さも合わせて、まさに聖なる十字架のように見えた。浅井君が拉致されていると思われる。


 ユウはこのビルに存在する生き霊と会話を始める。会話と言っても、自分の身体に霊を降ろして、意識を共用し記憶をスキャンする。

 かなり強い霊力がないと、次々と憑依する生き霊を、自分の身体に入れては外す行為を繰り返すなど出来ない。

 しかも、霊一体でも莫大な記憶を持っている、その中から必要な情報だけを取得するのは、経験も必要とした。まさにユウのみが行える異能な力。


「浅井君が……いた! 見つけた!」

 二分程で大変な作業を終えたユウが、霊体を通して明莉にその情報転送する。

「情報が来た、ちょっと待って。ここの二階の一番奥の部屋ね。そこに浅井君がいる。ビルの見取り図とマッチングを開始する」


 PCで図面データを見ている明莉。ユウからの情報と、表示されるビルの見取り図を合わせて、正確なナビゲーションを行う。


「この部屋は窓が無いわね。最短は……二つ離れた部屋の窓。そこから入るのが良さそう。ユウ、今その部屋に人はいる?」

「ちょっと待ってね!」

 再度、ユウは光の十字架で情報を再度検索する。

「進入しようとしている部屋は、今は誰もいないみたいね……あと、九條の霊体はキャッチできない。もしかしたら眠っている?」


「分ったわ。ユウご苦労様」

 明莉が頷き、ロープをマリに渡した。

「あそこの窓から入るから、このロープを結びつけてきて」

 マリがアカリに自分で言いたくない、ちっちゃいを発する。

「分ったけど、窓についている鉄格子はどうする? いくら私が、ちっちゃく……ても、あの隙間からは入れない」

 わざとマリが言いたくない、ちっちゃいを聞くためにアカリが聞き直す。


「え? なんだって? マリが何? 聞こえないわ」

「ちっちゃくても入れない……もーー! 自分で言っちゃったじゃないか!」

 明莉は意地悪だと呟いてから、軽々と二階へ飛び上がり、マリは鉄格子の太い鉄の棒にロープを結びつけた。


「あの鉄格子は、これでマリに切ってもらうわ」

 マリが二階の窓から飛び降りた時、明莉が取り出したのは布に包まれた長い棒のような物。


「それ、ヘリのパイロットから預かったやつ?」

 ユウが明莉に尋ねると、持っている黄色い布のを開けた明莉。

「それ刀? それどうするの?」

 ユウが不思議そうに呟く。

「これが重さの無い刀“朧”よ」

「重さがない? そんなものは世の中にあるわけないよ」

 ユウの言葉に明莉が解説を始めた。


「推論を基に反ヒッグス粒子を集積して武器へのコーティングに使用する。理論上は重さが無くなる」


 ユウだけじゃなく、朧の持ち主であるはずのマリもポカンとしている。


「……やっぱりあんた達には難しいか。えーとね、雨の日に傘を差さないで歩くとする。服は直ぐに濡れて重くなるよね。それは服が水を含んだから。でも防水加工を施せば、水を吸わずに服は重くならない。朧に重力に対する防水加工がされているわけ。重力を弾いているから、重さを含まないの。この説明なら分った?」


「なんか、明莉に騙されたような感じはする……」

 二人の答えに、それで十分だと頷く明莉。


「The proof of the pudding is in the eating. Shouldn't you show them what you can do?」


「はぁあ?」

 呆気に捕らわれたユウに、明莉が朧を差し出す。


「論より証拠ってことよ。ユウ持ってみて」

「こんな重そうな刀……あれれ、凄く軽いわ……これおもちゃの刀なの?」

「ちゃんとした刀よ。持ち運びに便利でしょう?」


 笑みを浮かべた明莉、


「持ち運びに便利はいいけど、こんなおもちゃみたいな刀で大丈夫なの?」

「うん、私達なら、おもちゃの刀の方が役に立つわ、でも最速の剣の達人のマリにはこれが最高の武器なる」

「なんで? それなら、そんな難しそうな理論を持ち出さなくても、おもちゃの刀でいいじゃない?」


「まあ、見てて。はいマリ、朧を渡すね」

 明莉から朧を受け取ったマリは、柄の部分を両手で掴んで目を閉じた。


「重力を感じないから気が付かないけど、これは長さ四尺五寸幅一寸三歩、総重量は二十キロ以上の大太刀。それを超高速で撃ち出せばどうなるか……」

 明莉の解説の途中でマリが口を開いた。

「二人ともさがって。いく! 動くなよ」

 マリの言葉に従い、二人は会話を止め後ろに下がる。


 露出を開けっ放した星の写真のように、朧の光の軌道が、何重と重なりながら、光の真円を空中に何度も描き来だした。


「もう、動いていいぞ」

 マリの言葉で明莉が、ビルの二階から地面に垂れているロープを拾った。

「さあ、ユウ上るわよ!」

「え、え? 何にもしてないじゃん!?」

 スルスルと上る明莉の後を、懸命についていくユウ。

「キツイ~~やっぱり、私の体力は中学生の平均の下だわ……」


 たどり着いた二階の窓には、鉄格子がはまったままだった。


「やっぱり……なによ! 全然切れてないじゃない!」

「ユウが切れてどうするのよ。大丈夫ちゃんと切れているわ」


 明莉が鉄格子の一本を握ると力を込めた。するとスッと、音もなく手前に鉄格子が外れた。


「おお、切れてる! 切り口がツルツルね」

「あまりに素早く、薄く硬度の高い刀で切ったから、力を込めないとくっついたままなのよ」


 鉄格子を三本ほど外した明莉が、下にいるマリに聞いた。

「窓のガラスは?」

「大丈夫、切ってある」

 頷いた明莉がスカートをめくり、内ポケットからガムの包みを幾つか取り出し、全部を口に含んだ。


「あんたのスカートってドザエモンみたいに、色んな物が入っているわね」


 ユウが感心していると、明莉が口からガムを取り出し、ガラスに貼り付けた。

 それからトントンとガラスを叩く。ポコと真円に切られたガラスは簡単に外れた。ガムのおかげで下に落ちなかったガラスを、慎重に取り外す明莉。


「あんたら、立派な泥棒になれるわ」


 ユウが変な感心をしていると、明莉が切り取ったガラスと鉄格子を渡して寄こした。開いた穴から中へと入る。


「中はどうなの? 大丈夫、明莉?」

 返事の代わりに、穴から明莉の手が、ニュウと伸びて手渡せと手招きする。

 その手に鉄格子とガラスを渡すと、いったん引っ込んだ手がすぐに、入れと手招きする。


「さあいくぞ!ユウ」

 一気に二階に飛び上がったマリが、ユウの肩に手を置いた。

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