第9話 意外な展開と僕の胸騒ぎ

 なんだか、やたら自分は若いという悪霊。

 前は会話になかった単語だ、僕に理を、いやことわりのヒントを出したからかなあ。


 そんな事はお構いなしで、ユウが強気で続ける。


「悪霊の年齢なんか興味は無いの。で、あんたはゾンビが苦手なんだよね?」

「この亡者達は好かん」

「ふむふむ、実は今度の日曜日に、渋谷に遊びに行く予定なの」

「なんだ? 今、渋谷という場所には、亡者が出ると言ったばかりではないか?」

「うん、だからあんたは、憑いて来ない方がいいわ」


 僕が感じた、悪霊が急に真顔になった……と、悪霊が首を振る。


「そんな危険な所に、ユウを一人で行かせるわけにはいかん」


 何か深く考え始めた悪霊。

 

 本来は僕からは表情が分らない悪霊の真っ黒な顔。

 だが付き合いが長く、強い霊感があるユウには、今どんな表情を悪霊がしているか。ちゃんと分るらしい。

 そして僕も、ユウの彼氏になってから、傍にいる事が多くなったせいだろう、悪霊の感情を感じること多くなってきた。


「ゾンビが苦手なら、私に憑いてこなけりゃいいだけの話」


 悪霊が考えるのを止めてユウを見る。


「ユウはそんな危険な場所に、何をしに行くのじゃ?」

「え? あ、えっと、買い物よ。あとゲーセンとか……カラオケとか」


「いかん! 危険な亡者どもがいる場所に、遊びに行くなどもってのほか。遊技は家でやればいい」


 はぁあ、とため息をついたユウは、ここが正念場として、推し始める。


「買い物はどうするのよ? 一人暮らしになってからは、時間が無くて買い物に行かないから、着たきり状態なのよ。忘れているかもしれないけど、私も一応、女子なんですが?」


「別に忘れてはおらん。おなごは着飾るのも仕事じゃ」

「お、分ってくれた?」

「大事なものだが、我が持っている着物を用意しよう」


「はあ? もしかして戦国時代の着物をわたしに着れと?」

 そうじゃ、と頷く悪霊に大きく首を振って否定する。

「あんたねえ……私はただでさえ霊感が強くて、学校で気味悪がれるのに、そんなの着たら、何て言われるか……」


 争う二人の言葉に僕は、思い出す、悪霊が言っていた、理、許嫁の娘の事を。

 たぶん、あの子に繋がりがありそうだ。


 (でも、悪霊って物質的なものを人に渡せるのかな)


 大きな疑問だったが、特級の霊能力者であるユウの場合、霊的なものでも、その手に取れる事が、もう少し先で僕の目の前で行われることになる。


 僕に波動が伝わる、ユウが本気になった、普通の人間にはその表情と動きから感じる感情だが、僕にはユウの霊の波動が、怒りが、痛いくらいぶつかってきた。

 額から髪をかき上げテッペンに集め、しばらくその体勢でためる(攻撃アップ効果!)を実行してから、一気に言葉を放出する。


「あんたさ! なんで中三女子が、おっさんの霊と協力プレイで、ゾンビを倒さないといけないのよ! だいたいこれって、十八禁のゲームじゃない!?」

「どう言おうが、とにかく我は反対じゃ」


「あんたに止められても、私は行っちゃうけど? どうする? 憑いてくる? でもゾンビが出るかもねえ。あんたの嫌いなゾンビが一杯ね」

 ユウの言葉でため息をつき、再び腕組して悪霊は雄々しく言った。

「怖いからといって、亡者との対決を避けるのも武士としては恥ずべきもの」


 急に態度が変わった悪霊に、僕とユウがビックリ。


「ええ! やっぱり憑いてくる気なの!? ゾンビは怖くないの?」

「この亡者どもが襲ってきたら、命を賭しておまえを護ろうぞ!」


 パサリ、頭のテッペンにまとめた髪を解放したユウ、明るい茶色の髪が肩へと落ちる。


「あらら、武士の意地スキル発動? 困ったな~~良い作戦だと思ったのになあ」

 両手を胸に組んだ、雄々しき悪霊の姿にため息をつく。

「はぁあ~~結局憑いてくるのね……」


 何気なく手にしたゲームのパッケージを見たユウ、新たな作戦のヒントがあった。

「うん!? まてよ。これ、使えるかも!」


 両手をポンと打った。


「大丈夫! あんたが、憑いて来なくても危険は無いわ!」

「何? どういう意味じゃ?」

「ほらこれを見て!」


 ゲームパッケージの表に書かれた文章を悪霊に見せる。


「十八才禁止?」

 のぞき込んだ悪霊が呟く。

「そうそう、ゾンビはね、十八才以下は襲わないのよ」

 ユウはゲームのケースをひっくり返す。


「ほら、ここに細かく書いてある“このレーティングの対象は十八才です”って。レーティングはこの時代で公に決めた証なの。ここに印があるでしょう?」


「れーてんぐ? この “CERO”がお上の印じゃと?……う~む。そうは言っても……な」

「あのさ、逆にあんたが憑いて来たら、ゾンビが襲ってくるかもよ」

「なぜじゃ?」

「あんたが年を経ているから」


「だから、我は若いと言っておる」

 今度は、ためる+ためる(攻撃力アップ効果Ⅱ)で攻撃力をさらにアップしてから言葉を放つ。


「あんたの年齢なんか、ゾンビに分る筈無いでしょう! 付き合いの長い私だって、あんたの年齢なんか見当もつかないのにさ。兜に、鎧に、真っ黒な顔じゃあ、誰も判断つかないって。ゾンビは、悪霊のあんたの年齢なんか分からず襲ってくるわ。これは絶対よ!」


「しかし……そう言われても……心配じゃ」


 困った表情をした……と思われる悪霊に、再び、ためる+ためる+ためる(攻撃力アップ効果Ⅲ)で追撃。


「いつもあんたは言っている! 世の中の“ことわり”は守るものだと!」


 数百年前の人間であった悪霊は、ことわりについて良く話す。


 世界には秩序があり、森羅万象、雨が降り、雪が積もり、作物が育つ、子が生まれ、親となりそして死んでいく。そんな当たり前の事にも、全てに、理(ことわり)は存在すると。


 そして、ことわりを守らなかった時、この世に大きな災いが起こると。


「そうじゃ、世の中のことわりは破っては決してならん!」


 悪霊の言葉にニヤリ……いける! これで押すぞ……と確信したユウ。


「ほら、よく見て、十八歳以上推奨だと、ここに書いてあるでしょう? ゾンビだって世の中の、ことわり、CEROは守るわ」


 印籠のようにゲームケースを目の前にかざすと、悪霊はますます考え込む。


「ふ~~む、確かに、そうかもしれないが……」

 よし! いけた! 黙ってしまった悪霊を前に、ガッツポーズで勝利宣言。


「これで決まりね! 今度の日曜日は私に憑いて来ない事! いいわね?」


 ユウは勝ち誇ったように、僕とのデートを宣言したが、なぜか大きな胸騒ぎ覚えた。そして、悪霊がいない、つまりは僕がユウを守らないといけない、その重圧のようなものを感じていた。

(ただの買い物だよ。なにが起こるっていうのさ。大丈夫だよ……たぶん)


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