第2話 彼女の部屋

「さて、答えてもらいましょうか? あなたは何物?」


 実はさっきの同級生だった、高校生の男が少女にしていた、同じ質問。

 それに僕が効かれた事は、名前、年齢、学校、家族構成など、一般的なものなのだが、なぜか、彼女に心まで透視されているような、ざわざわ感が生まれていた。


「まあ、分かったわ。ついてきて」


 彼女は方向を変え公園から外へ向かう、その背後からは悪霊は消えたが、有無を言わさぬ迫力が感じられて、これ以上おかしなことが起こるのは困るが、平和主義の僕は、ただついていくしかなかった。



「はぁーーはぁーー結構キツイなあ~~この階段……ふぅ」


 僕は永遠に続くかと思われる、古いビルの内階段を息を切らしながら、登っていた。僕の目の目をネイビーレッドのチェック柄のプリーツスカートから伸びる、ほどよい太さの太腿を手で押さえながら、少女が汗もかかあずに階段を登っていく。


 彼女の名前は、茉莉花優紀(まつりか ゆうき)親しい人はユウと呼ぶそうだ。

 僕はあまりに長い階段に、思わず、愚痴ともとれる質問をした。


「あと、どれくらい? ちょおと、へばってきたんだけど」

 息も乱さずに少女は答えた。

「今、四階だからあと六階かな。ここ東京のど真ん中なのに、家賃やすいのよ」


 10階でエレベータがないって、そりゃ安いだろうけど、建築基準無視だよな。

 たらりと流れる汗を右手でふき取りながら、僕は会話中でも歩みを止めない少女ついていく。


「あの~~ちょっと、ちょっと疲れたので、少し休憩を……」

 僕の休憩要請は、僕の前を登る少女に一瞥された。

「それで? 休憩? ただ、ビルの内階段を登っているだけなのに?」


 軽いブラウン系の髪の毛、長さは肩に少しかかる程度。前髪はおでこを半分出して右に流す。色白できれいな卵形の輪郭に少しツリ目の目は、大きな瞳。


 身近で見ても超が付くほどの美少女だが、すこし吊り上がった何でも知っているような目に、僕は意見を変えるしかなかった。

「いや、休憩というか、挨拶をしたいって、歩きながらは無理だろう?」


 挨拶を口実にしてみたが、少女は動きを止めずに、言い放つ。


「あなたの名前はさっき聞いた。私の事はユウと呼べばいいわ。あなた……浅井……一応年上だから、浅井くんでいいでしょう?」

 いや、くんずけって、ジャニーズ以外は、目上の人に使わないから。



 ラストの階段を登り切り、最上階の10階の廊下にたどり着いた。


 それまでは暑くてしかたなかったのに、冷房が効いてない10階の廊下は、なぜか寒いほどで、一気に汗がひいた。


 10階まで一気に登ったユウの、淡い茶色の前髪が垂れる額にも、微かに汗が吹き出る。持っていた鞄を左手で抱え、右手でロックを外しハンドタオルを取り出した。右手で前髪を書き上げて、額の汗を拭き始める。

 きれいな卵形の輪郭を拭き終えたユウは、右手で部屋の鍵を取り出した。


 チャリン、チャリン、取り出した部屋の鍵には、不自然な数のお守りがついていた。


「おいおい、そのお守りはどうゆう事だよ?」

 思わず目の前の異様な数なお守りを問うと、ジロリときれいな瞳で見られた。

「キーホルダーだよ。鍵無くしたら大変でしょう?」


 普通だというユウが裏腹に、ギユウッ、お守りを強く握り絞め、丸襟のブラウスの赤いリボンの辺り、大きくはないが形のよい胸に押しつける。そしてお祈りの言葉を呟いてから、部屋の扉の鍵を解除する。


「おいおい! それ、なんだよ! ふつう自分の部屋に入る時に、お祈りなんかしないだろ? もしかして、問題物件? 10階建てエレベーターなしよりやばい!」


 僕の叫びの途中で、ガチャリ、静かに鍵を開けた音が響いた。


 スッと扉が開く。


 カーテンを閉め切った部屋の中は薄暗く、湿った空気が漂い微かに埃の臭いがする。ユウの掃除嫌いのせい、閉めきった部屋のせい、そんな事では説明できない。

 もう七月、初夏だというのに、異様な程の冷たい空気が、ねっとりと部屋を流れている。


「もう帰ってきたのね。それにしてもそろそろ、私から離れてくれないかな」

 ユウはため息をつき、なにか、がいる事に十分失望してから、玄関から大きな声を出した。


「それと、あんた、またわたしの邪魔をしたでしょう? またも彼氏が逃げ出したわよ!」


 なにか、は部屋の中央にあるソファに座って、テレビの画面を見ていた。

 人の姿をしているのは漠然と分るのだが、それ以上はハッキリしない。

 何故はっきり見えないのか?

 カーテンを閉めきった部屋が暗い、そんな物理的な理由ではなかった。


「なんとか言いなさいよ! この悪霊め! なんで私に取り憑いて邪魔をするのよ!」


 ユウの強い言葉で、ぼんやりと映っていたアレが、姿の輪郭を現し始めた。

 当世具足、戦国の世の鎧。張子を付けた当世兜を被り胴丸を着た、部屋の中央に座るソレは、生きた者ではなく、鎧武者の姿をした霊体だった。


「ユウ、まず帰ったら、普通は“只今、帰りました”であろう?」


 逆に注意され、ムカツキ度が大幅にアップしたユウは、武者姿の悪霊へと駆け寄り、その顔の辺りを人差し指で強く指さす。指された悪霊は座ったままでユウの立ち方向を向いた。


 悪霊の顔は黒い霧のような感じで、その表情は分らない。


 どちらを向いているかは、赤く光る丸い目と立物、兜の正面の飾りが手掛かりになった。


「これ! 部屋に入る時は靴は脱ぐものぞ!」

 悪霊がユウの足下を見て再び注意を則する。

「うっさい! ここは私の部屋であんたは居候なの! そんな事より私の彼を脅かしたのか、と聞いてるの!」


「おまえの男を脅かすじゃと?……さて、何の事だか、我にはまったく覚えが無いの。先ほど公園で見た高校生など初めて見たぞ」


 問いを軽くスルーし、再びテレビの方を向いた悪霊に、ユウがわなわなと怒りに震える。


「ところでユウ、これは、中々面白いものじゃな」

 悪霊が持っているのはゲームパット。

 ユウが悪霊の足下を見ると、ゲームの真新しいケースが落ちている。


「あんたまた買ったの!? よく配達の人がビックリしないわね」

 ユウの腕組みをした姿を、テレビを見ていた悪霊が一瞥した。

「これか? これは、いつものあの子が持ってきてくれたのじゃ」

「ええ? もしかして……あ~わたしが、ついうっかりあんたがゲーム好きだと、ハチに言っちゃったからだわ」


 ゲームのパッケージを拾い上げたユウが、タイトルを読み上げる。


「戦国SARABA……戦国時代へ思いを馳せる爽快アクションゲームって……あんたね!」


 均整でピンクの薄い唇が大きくため息をついた。


「我の知り合いも沢山出てくる。知った名前があるのは親密感が出てよいの。実物はこんな美男では無いがな。特にこいつなど、絶対にあってはならん事になっている……実際に本人に見せたいくらいじゃ……ハハハ」


「ハハハ、そうでしょう、そうでしょう。戦国ゲームは最近女子にも人気だから、武将の容姿はかなり美化されているの……って、そうじゃなくて! この~やろ~あたまにきた!」


 悪霊からゲームパットを奪い、ユウは中央のボタンを押した。


「な、何をいたす! 時代が時代なら、ここで手打ちにするところ……」

 ゲームを強制終了した事に、悪霊が不服を申し立てる。

「今は現代よ! 何か文句ある? 悪霊のくせにゲームなんかすな!」

 中央の電源ボタンを長押したままユウが言い返す。


 プツリ、ゲーム機の電源が切れた。

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