短編集

水無月 昴

夜空に流れる閃光


レトロな列車の中で、夕涼みをしていた。家の浴槽にヒビが入り、そのヒビからお湯が流れ出て行くようになって4日が経った。修理は既に手配が済んでいるものの、田舎にある我が家では来るまでに5日はかかるという。5日も風呂に入らないのは不衛生だと考えた私は、一緒に住んでいる小学生の妹を連れて街の銭湯まで列車に乗ってはるばる少旅行をしているわけだ。

 片道2時間の道程を往復すれば、銭湯に滞在している時間よりも電車での移動の方が長くなるのは想像するまでもなかった。


「お兄ちゃん。お祭りしてるよ」


妹が指さした方を見ると、川を挟んだ向こうの神社で祭りが行われているのが見えた。よくは見えないが、様々な出店が並んでいる。


「綿飴屋があるよ!美味しそうだな〜」


目が悪く眼鏡を掛けている私と違って目が良い妹には店や道行く人が見えているらしく、目を輝かせて車窓から流れていく祭りの景色を眺めている。


「あっ……」


列車がトンネルに入り、楽しそうに外を眺めていた妹が寂しそうな顔をして座席に腰を下ろした。人の少ない車内、妹と二人で銭湯から帰る途中のこのトンネルは、長く感じる。手元の小説を閉じて妹のまだ少し湿っている髪を軽く撫でてやると、心地よさそうに大人しく撫でられていた。


「お風呂、早く直るといいね」


「……そうだな」


妹の言葉に、少しだけ迷ってからそう答えた。ひと夏の少し変わった小旅行、その短い時間は私と妹が家以外で過ごす数少ない時間だったから、どうしても名残惜しいように感じてしまう。

生まれつき私と妹は身体が弱い事と私の職業が作家だという事もあって外に出ることは兄妹揃って少ないのだ。祖父母と暮らしている両親とは滅多に合うことはなく、狭い家に二人暮らしをしている。

 列車の座席に座り直すと、ギシリと木の軋む音がした。なかなか持たない間をどうにかして繋ごうと言葉を探していると、列車がトンネルを抜け眩しい光が差し込んできた。俯いている妹の肩を叩き、窓の外を指さしてやる。


「花火だ!お兄ちゃん!花火だよ!」


妹が嬉しそうに再び車窓にしがみついて外を眺める。列車に乗り込んだ時には夕日が輝いていた空は既に日が沈み、今は鮮やかな花火が空を彩っている。

 猛スピードで走る列車から見るそれは鮮やかに駆け抜けていく閃光のようで、とても眩しく綺麗だった。小説を書いてばかりで外に連れて行ってやることも出来なかった私は、妹とのこんな時間が来るのを待ち望んでいたのだろうか。そう思う程に心底嬉しそうな妹の顔を見る私の顔まで綻んでしまっている。明日、あの祭りに連れて行ってやろう。閃光に彩られた華やかな笑顔を咲かせる妹を見てそう思った。

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