第3話 調査開始

 夕方の繁華街、猛は事件のあった現場にいた。


 これから出勤するホステスや、キャッチに勤しむホストなどでごった返している。混沌とした街だが、活気がある。善と悪が交じり合い、陰と陽でお織りなされている不思議な街だ。


 猛は事件が発生した場所に立ってみた。周りを見渡し、ふと目に入ったのは花屋だった。

 住宅街の花屋とは違い、繁華街の花屋の書き入れ時は夕方からだ。待ち合わせ前にあわてて花を買う客が意外と多い。猛は花屋のドアを開けて中に入った。


「いらっしゃいませ~」

 店員が元気よく声を掛けてきたが、視線は作りかけの花束を握っている手元に落としたままだ。

 猛は、忙しく花束を作っている店員のいる作業台に歩み寄った。

「忙しいところごめんね、ちょっといいかな」と爽やかな微笑みをその店員に放ちながら猛は顔を近づけた。

 視線を声のする方に向けた店員は猛の顔が思いのほか近くにあったことに一瞬驚いたが、すぐに猛の笑顔に見とれ、満面の笑みに表情が変わる。

 猛は、その笑顔を確認すると「あっ、その花束作ってからでいいから、ちょっと話きかせてくれるかな?」と店員の目を真っ直ぐ見つめて言った。

 店員は少し頬を赤らめ、「はい、ちょっと待ってくださいね。すぐ花束作っちゃいます」と言い作業に戻った。

 猛に見つめられて緊張したのか、作業の手が急にぎこちなくなる。


 花束を作り終え、待っていた客に手渡し、会計を終わらせると、店員は猛のところに急いで戻ってきた。

 先程の花束の客が店を出るためにドアを開けると、「カラン、コロン」というベルの音が店内に響く。

 店員は条件反射のように「ありがとうございました~」とちょっと間延びした声でベルの音に応えた。


 猛は自分の名刺を店員に渡し、先週の金曜日にこの付近で起きた傷害事件のことを訊いてみた。

 店員は事件のことより猛に関心があるようで、猛の名刺に見入っていた。

 猛の質問が聞こえていないかのように店員は「調査員って何をする人なんですか?」と猛に質問してきた。


 猛の名刺には「海藤調査事務所 調査員 海藤猛」と書かれている。

「弁護士から依頼を受けて事件の調査をしたり、探偵みたいなこともするよ」

 猛は、質問になかなか答えてくれない店員に苛立つことなく話を合わせる。

 人は、会話が弾み楽しい気分になったときに重要な情報をポロリと漏らすことがある。猛は無駄話をしているようでいて実は相手から情報を引き出すことに長けている。


「探偵さんなんですか?」と店員は身を乗り出して訊いてきた。

「探偵というか、弁護士に頼まれて事件の事実確認をしてるんだけどね。映画やドラマに出てくる探偵みたいにカッコ良くないよ。ひたすら地味に聞き込みするだけ」と猛も少し顔を近づけて答えた。

 店員は少し照れて伏し目がちに頬を赤らめている。


「で、先週の金曜日の夕方、何か見なかった?」と猛は会話を本題に戻した。

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